伝わらなくて、もどかしい。 「あ、何これマジうめえ」 「え、マジ、ちょっとくれ菊池」 「やだ」 それは菊池の部屋でゴロゴロと意味もなく無駄に時間を過ごしていた放課後。 バイト代も出たことだし、2人でコンビニで新作商品試食会をしている。 菊池は有名店とのコラボレーションの新作チョコレートを食べていた。 「やだじゃねえよ、くれ」 「無理」 「何が無理なんだよ!」 「いや、ほら、俺が食べたいから」 「理由になってねえ!」 橋本は実力行使とばかりに、腕を伸ばして菊池の手からチョコを奪い取ろうとする。 その動きを察した菊池は、更に身をひき橋本から離れた。 「くそ、てめえ大人しくしやがれ」 「やめてー、橋本君のケダモノー」 「大人しくしてれば痛いことはしねえよ」 「きゃー、壊されるー」 「そう言って本当は悦んでるんだろ。体は正直だぜ」 「いやーん、ばかーん、そこはだめー」 そんな会話を繰り広げながら、一進一退の攻防は続く。 激しい戦いの末、菊池の体がかしいだ隙を見逃さず、橋本は素早く手を伸ばした。 「もらった!」 「うし、ひっかかったな」 しかし体ごと手を伸ばした橋本の体を菊池は軽やかに避けた。 橋本は勢いを殺せないまま、フローリングの床に突っ伏す。 「では、いっただきまーす」 避けた菊池は余裕で、残りのチョコレートを口に放り込んでしまった。 「あー!!!」 鼻をさすりながら体を起こした橋本は、その光景に悲痛な声をあげる。 菊池は口の中でチョコレートを転がすと満面の笑みで飲み込んだ。 「てめ、卑怯者!出せ、出しやがれ!」 「下からなら」 「いらねーよ!」 菊池の襟首を掴んで激しく揺さぶる。 しかし菊池はどこ吹く風で、大声で笑っている。 「ぎゃっはははは、そんなむきになるなよ」 「くそー、食い物の恨みはでかいぞ」 「うーん、じゃあ仕方ないな、教えてやるよ。結構カカオが濃いビターな感じだけど、中に入ってるリキュールが甘い感じでまったりとしてこくがあり、それでいてしつこくなく口の中で溶けるような……」 「うれしくねーよ!」 「えー、せっかく教えてあげてるのにー」 「余計食いたくなったわ!」 そう叫ぶと、橋本は掴んでいた菊池の襟をそのまま引き寄せる。 「え、ちょっと待った、橋本君…」 「こっから食う」 「ばっ」 菊池が避ける間も止める隙も与えず、橋本は菊池の口を塞いだ。 いつもは軽いキスを繰り返すのに、今日は最初から舌が忍び込んでくる。 菊池の舌や、歯をなぞり、本当に口内の残るチョコレートを探っているようだ。 橋本を押し返すように肩に置いていた手は、徐々に力が抜けていく。 「んっ」 「ふっ、ん」 お互い、かすかにあまい吐息が混じる。 菊池の口内を這う舌は、さっき食べていたバナナワッフルの味が微かにする。 そのバナナの風味を追って、菊池も舌を絡める。 チョコの味と、バナナの味。 チョコバナナだ、と熱くなる頭でかすかに思って、ちょっと笑った。 その内、互いにお菓子の味を探るのが目的なのか、舌を絡めるのが目的なのか分からなくなってくる。 収まりきらなくて顎を伝う唾液。 頭に響く水音。 煽られる熱、はやる心、どこか焦るような落ち着かない欲望。 散々むさぼってから、2人は体をはなした。 至近距離で、お互い目を合わせる。 「…チョコ味、分かった?」 「んー、なんとなく。ぼんやりと」 「んじゃ、もっかい」 そう言って、今度は菊池が橋本の肩を抱く。 橋本は逆らわずに菊池に身を寄せた。 この熱が、お互いに通じるように。 伝わらなくて、もどかしい。 |