それはきっと心から相手のことを思い。



あなたのためにできること <変恋>




二人でダイニングで座りながら、食後のお茶を啜っていた時だった。
特に何も言わず、黙ってお互いテレビに目を向けている。
義也が退屈なCMをただ見過ごしていると、桜がふと口を開いた。

「義也さん、何かしてほしいこととかありますか?」
「は?」

向かいにいる桜に顔を向けると、桜はにこにことテレビを指さす。
それは大切な人に目を向けようといったテーマ性のCMだった。
テーマ性に懲りすぎて、結局なんの宣伝だったのかはあまり印象に残らない。

「で?」

そのCMを見てなんかしら思いついたらしいが、義也は冷たくただそう一言返す。
桜はそんな冷たい態度にも動じず、にこにこと笑ったまま話を続ける。

「義也さんにはお世話になっていますし、何かお返しをしたいと思いまして」
「いらない」
「そんな、遠慮されずに」
「全くしていない」

嫌な予感をひしひしと感じながら、なんとか会話を終わらせようとする。
けれど桜は熱心に真剣な目で義也を見詰めてくる。

「義也さんが謙虚な方だとよく存じています。でも、何かしてあげたいんです」
「むしろお前が何もしないことが俺の最大の望みだ」

一片の偽りもない真実の言葉に、桜は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
義也の嫌な予感はますます大きくなる。

「本当に、義也さんは奥ゆかしいですね」
「だからは遠慮も何もしていない。俺の心からの望みだ」
「そんな、シャイな義也さんのために、私は精一杯考えてみました」
「だから人の話をきけえええええ!!」

ついに絶叫した義也。
桜はその叫びを綺麗にスルーして、足もとに置いていた紙袋から大きな封筒を取り出す。
机に置くと、その中から何かのパンフレットを数冊抜き出した。
義也はそのパンフレットにつられて目をやり、そして眉間に皺を寄せた。
声が自然と、低くなる。

「はい、義也さんのために用意しました」
「………一応聞いてやる、なんだこれは」
「泌尿器科のパンフレットです」
「…………」
「こちらとこちらの病院がなかなか評判がよくて………」

そこまで聞いて耐えきれず、パンフレットを取り上げると思いきり桜の頭をはたいた。
手加減はない。
本気だ。
スパーンというものすごいいい音がダイニングに響く。

「だから俺は○○じゃねえ!!いい加減そのネタから離れろ!!!!」
「す、すいません、そろそろ飽きましたか!?」
「飽きるとかそういう問題じゃねえ!ていうか最初からウケてもねえ!そしてやっぱり意図的にやってるのかお前は!!」

もう一度思いきりはたいても、桜は堪える様子はない。
一息に言い切ると、机に手をつき肩で息をする。
そんな義也に、桜は感心したように賞賛の溜息をもららす。

「最近義也さん、ツッコミレベルが上がりましたよねえ。打てば響くというか」
「誰のせいだと思ってる!あげたくもねえ、そんなスキル!」
「そんな!関西の方にとっては必須スキルらしいですよ!?」
「関西で住む気はない!つーか関西の人に謝れ!」

半ば涙目になりながら、義也は桜に指を付けつけた。
桜は怒りで顔を真っ赤にする義也の端正な顔を眺めると、いたずらをした子供のように茶目っ気のある上目づかいをする。

「ふふ、なんて、冗談ですよ。ちゃんとした贈り物はこちらに用意してあります」
「………いや、本当に頼む、いらないから。お願いだからそっとしておいてくれ……」
「お疲れのようですね。そんなお疲れの義也さんに癒しのグッズです」

誰が疲れさせているんだ、というつっこみは無駄だろうからもう黙っていおいた。
疲れきって、机につっぷして椅子に沈み込む。
もう、どうにでもしろ、という気分だ。

「はい、どうぞ」
「………これは」

再度足もとの紙袋をごそごそと取り出した桜は、今度はかわいらしくラッピングされた有名雑貨店の包みを差し出す。
透明なフィルムから透けて見える中身に、義也は意外そうな声を上げる。
桜はにこにことそれを指さして説明をする。

「お風呂グッズです。入浴剤とか、バスピローとか。義也さんお風呂好きですし」
「…………」
「バイトもお忙しいですし、お風呂で疲れをとってくださいね」
「……………ああ」

意外なほどまともな贈り物に、礼を言ったものかどうか迷う。
とりあえず頷いて受け取ると、義也はなんとも言えない気持ちになって黙り込む。
口を開いては閉じて、どうしたものかと考えていると、3度、桜は足もとの紙袋を探った。
そしてにっこりと何冊かの雑誌を差し出す。

「それで、こちらが夜の癒しグッズです」
「…………おい」
「義也さんマザコン気味ですから、熟女とか年上のお姉さんシリーズを取りそろえてみたのですが」

義也は渡された雑誌類を手に、頭痛をこらえるように眉間を抑える。
何度か自分の怒りを抑えようと、溜息をして、飲み込み、また溜息をして。
そんな努力をして、しばらくして。

そして。

今日も絶叫した。

「だからお前はいい加減シモから離れろおおお!!!!!」



***




それはきっと心から相手のことを思い、だからと言って相手が喜ぶとは限らない。