フェティッシュ(初恋)



「俺、やっぱり芙美さんが好きだなあ」

二人でリビングでお茶をしている時だった。
加賀谷が私をじっと見てそんなことを言った。
何度となく言われた、軽くて中身のない言葉。

「………あなたの言葉は、本当に嘘くさい」
「ひどいな、本当なのに」

くすくすと無邪気に笑うそばかすの男は、悪びれない。
だからこそ、私はこの人の言葉を心底信じる気にはなれない。
どこまでも真剣味を、感じない人。

「俺はね、芙美さんの目が好き」
「………目?」

祖父にも何を睨んでいるんだと言われた、この釣り気味の目のことだろうか。
人に与える印象がよくないことは、自分でよく分かっている。
不快に思うことはあっても、好意的に思われることはないだろう。
からかわれて、いるのだろうか。
私の不審げな言葉に、加賀谷はけれどじっと楽しそうに私の目を見ている。

「そう、俺を見る目がね、好きだよ」
「私はあなたをどういう風に見ているんですか?」
「汚らしいものを見るような、見下した目」
「………」

加賀谷はやっぱりにこにこと無邪気に笑っている。
やっぱり、からかっているようにしか、思えない。

「それが、好きなんですか?」
「うん。前にも言ったよ。芙美さんのクールな言葉と、蔑んだ目が好きって」
「………変態ですね」
「そうかもしれない」

そう言えば、以前にも言っていたかもしれない。
私の冷たい態度が好きだ、と。
確かに私は、彼に友好的な態度なんてとったことは一度もない。
ただ必死にこの人を遠ざけ傷つける言葉を探していた。
それでもめげずに、この人は私に近付いてくれたのだけれど。

「確かに前は、あなたを蔑んで、見下していました」
「うん、知ってる」
「………でも、今はそれほどではありません」

嫌悪感は、消えない。
この人に触れられるのは、気持ちが悪い。
この人の言葉は、信じられない。
けれど、傍にいてくれることに、感謝している。
この毛足の長い絨毯のあるリビングで二人でご飯を食べる時間に、安心を覚えている。
この人が私に近付きたいと言っていた言葉が、嘘ではないと知っている。
だから、前のように、彼を蔑み見下す気は、ない。

「うん、それも知ってる」

加賀谷は優しく笑って、頷いてくれた。
知っているなら、いいのだ。
彼への感謝は、嘘ではないのだから。

「芙美さんが安心して俺の傍で寝ているのも、俺を睨みつけているのも、どちらも好きだよ」
「………やっぱり、あなたの言葉は嘘くさい」

でもやっぱり信じられないのと、照れくさいので、そんな風に返してします。
天の邪鬼で素直じゃない、私。
千津のように、天真爛漫に好意を表わせたら、何かがもっと変わっていただろうか。

「全部全部、本当だよ。芙美さん芙美さん、俺はきっと、芙美さんのその性格が一番好きなんだろうね」

彼は私のそんな態度を気にせず、私の手を握ってくれる。
温かさにぞわりと鳥肌が立って、気持ち悪い。

けれど、私はその手をそっと握り返した。