嫉妬の形は人それぞれ。


やきもち(その手)



「誰?」

兄の同居人兼恋人は、据わった目で俺を睨みつけてきた。
身を乗り出してくるから、思わず一歩ひいてしまう。

「え?」
「誰?一度連れてこいよ」
「なんでだよ!」

旅行のお土産を渡すと言われて立ち寄った兄の家。
守と親しくするようになってから、この家に訪れることが格段に多くなった。
それまでは峰兄と会うのは一年に二、三回あるかないかってぐらいだったので、峰兄に会える回数が増えたのはとても嬉しい。
まあ、家にいないことも多いんだけど。
同居人と遊ぶのも嫌いじゃないから別にいい。
しかし、同居人には時折とても困ることがある。
たとえば今。

「俺に見せられないのか」
「お前に見せる理由が見当たらないよ!」

今度女の子と出かけるんだけど、どっかいいところないかなと、そういうことに結構詳しい峰兄に聞いた途端、これだ。
守はいつもよりもずっと低い声とその黒目の大きな目でじっと睨みつけてくる。

「どんな女だ」
「お前怖いよ!峰兄!」

嫉妬深い女のように詰め寄る友人に、思わず兄に助けを求める。
兄は面倒くさそうに眉を顰めて、それでも助け船を出してくれた。

「やめろ。うるさい。それとうざい女みたいでキモい」
「先輩は鷹矢が心配じゃないんですか」
「ない」

言い切られて、ちょっと傷つく。
まあ、峰兄は俺のこと心配になんかならないだろうけどさ。

「ひどいです。最低です。こんなかわいい弟が心配じゃないんですか」

いつもは言葉遊びのように何を言われても適当に返している守が、珍しく峰兄につっかかっている。
俺のためだっていうのは嬉しい気がするが、ありがた迷惑とはこのことだ。
峰兄は軽くため息をつくと、守に手招きをする。

「守」

守は憮然とした表情で、それでも近づく。
すると峰兄はいきなり守を引き寄せて、その口に軽くキスをした。

「黙っとけ」
「………」

そしてそう命じると、悔しそうに唇を噛みしめながらも守は黙った。
ていうか弟の目の前でこういうことするのやめて欲しいんだが。
どうしてこの二人はこうなのかな。

「ていうか、守はなんで峰兄の女には嫉妬しないの?」

そもそもの昔から疑問をもう一度繰り返す。
俺に執着するよりも、峰兄の方にエネルギーを使ってほしい。
友人としては悪い奴じゃないんだが、たまに愛が重すぎる。
なんで俺のことがこんなに好きなんだろうこいつは。
理由は、分かる気がはするけど。
しかし返ってくる言葉はいつもと一緒。

「先輩に女は標準装備だからどうでもいい」

まあ、そりゃそうだ。
女が隣にいない峰兄なんて、本気で病気なんじゃないかと心配になる勢いだ。

「………じゃあ、守より好きだって相手が現れたら?一緒に住むのもやめるってことになったら?」

守はその言葉に少しだけ考え込む。
いつものように即答ではない。

「嫌だけど、作品見せてくれてセックスしてくれるならいい」

一応嫌なんだなってところでちょっとほっとした。
守はそれなりに峰兄にも執着しているらしい。
いや執着しているのは知っているんだが。
しかしやっぱり一番でないといけないって訳じゃないらしい。

「じゃあ、お前なんて嫌い。二度と顔を見せるなってことになったら?」

守は今度は即答した。

「自由を奪って監禁する」

真面目な顔で言いきる守に寒気がした。

「………」

なんて答えたらいいのか分からない。
普段は普通なのに、どうして時折こうぶっ飛んでるんだ。
聞く俺が悪いのか。

「え、と、あー」
「聞きながしておけ」
「う、うん」

俺が唸っていると、峰兄が見かねたのかフォローしてくれた。
フォローなのかな。
俺は守にこれ以上聞くのが怖くなって、今度は峰兄に水を向ける。

「じゃ、じゃあ、峰兄は、守が浮気したらどうするの?」

こんな質問できるようになったのも、ここ最近だ。
やっぱり前より親しくなった気はする。
峰兄も、ちゃんと応えてくれる。

「女は申告すれば可。男は不可」
「お、女はいいんだ」

やっぱりこの人達の貞操観念が分からない。
でも男は駄目ってことは、峰兄も、守へ対する執着はあるのだろう。
いや、執着しているのは、知っているのだが。

「じゃあ、男と浮気したらどうするの?」
「殴り倒して一から躾け直す」
「………」

峰兄に会えるのはとても嬉しい。
守に会うのも割と楽しい。

でも二人揃っている時に会うのは、少しだけ嫌だ。
そう思った。

嫉妬の形は人それぞれ。
絶対に理解できない形だって、存在する。