「ジングルベール」 クリスマスってのは、三大宗教の一つの指導者の生誕を祝う日。 無宗教かつ多宗教な、大多数の日本人は本来関係のない日。 だが、各種業界のテコ入れの効果と、お祭り好きでイベント大好きな日本人がとても盛り上がる日。 「主は来ませりー」 そんな節操のない誰でも受け入れる淫乱な性質は、俺としては大好きだ。 何より街中が賑やかで雑多だと、俺みたいなのでも受け入れてくれる。 一人でいても、寂しくない。 そんな大らかさが好き。 この前ディスカウントショップで買ったツリーを飾りつけながら、俺は次々とそれこそ節操無くクリスマスソングを歌う。 ツリーを飾りつけるのは初めてだ。 色々なオーナメントがあって、選ぶのも楽しかった。 クリスマスは好きだ。 街に出てどこかパーティーでもやってる店に入れば、誰でも受け止めてくれるから。 一昨年はバイトの後に、客とどっかの店になだれ込んで朝まで騒いで、そこで見つけた人と一緒に過ごした。 ミツルとも別れた後だったし、一緒に過ごす特定の人間はいなかった。 去年のクリスマスは、恋人がいた。 年上の真面目でいい人だった。 ホテルなんてとってくれてて、甘く過ごしたっけ。 年明けてしばらくして別れたけれど。 家族でクリスマスを過ごしたのは、いつが最後だっただろう。 中学校の一年目はもう一人だったはず。 その前はどうだったかな。 忘れてしまった。 「真っ赤なおはっなのー」 今年はまた恋人のいるクリスマス。 イルミネーションが輝く街の中でを歩いてもよかった。 ホテルをとって一晩中イチャイチャしててもよかった。 まあ、それは彼女の家庭環境では無理だろうけど。 でもなんとなく、それ以上に家で一緒に過ごしたかった。 ピンポーン。 待ちかねていたチャイムが鳴って、玄関先まで赴く。 思いがけず早歩きになって、自分が焦っていることが分かった。 「いらっしゃい」 「………お邪魔します」 三田はやや目線をそらして、不機嫌そうに口をへの字にしている。 ただし本当に怒っている訳ではなく、恋人と一緒に過ごすクリスマスっていうのに照れているのだろう。 内面はものすごい乙女なくせに、それを見せたくないと言うベタさ加減がいっそ新鮮でかわいい。 「入って」 寒い中歩いてきてくれたせいで、鼻が真っ赤になっている。 手をひいて招き入れると、いつも熱い手も冷たくなってしまっている。 可哀そうに。 全部全部温めてあげたい。 「………これはなに」 「え?」 リビングまで訪れると、三田は呆然としたように辺りを見渡した。 そこにはツリーと、ディスカウントショップで思わず一緒に買ってしまった色々なクリスマスグッズが飾られている。 確かにまあ、ちょっと買いすぎた。 やってるうちに悪ノリしてしまったことも確かだ。 「なんで、こんなことに」 「クリスマスっぽくない?」 「いや、クリスマスっぽいけど。ていうかあのケーキはなに。なんであんなでかいの」 「つい」 「後、料理買いすぎ。明らかに買いすぎ。ケーキも料理も食べきれないから」 「大は小を兼ねるし」 三田はクリスマスの準備を一通り突っ込み終わると、沈痛な面持ちでため息をついた。 そして隣に立っている俺をちらりと見上げる。 「………お前、もしかして浮かれてる?」 「うん」 間違いなく浮かれているだろう。 買物に出たら楽しくなって止まらなくなってしまった。 クリスマスに浮かれるなんて、我ながらかわいい。 「三田は浮かれてないの?俺は嬉しいよ。恋人が過ごすってことになってる日を俺に捧げてくれる人間がいることが」 「うわ!」 隣の三田を抱き寄せて、耳元で囁く。 耳の少し下の首筋の辺りが弱いから、そこに息を吹きかけるとびくりと震えた。 「三田がクリスマスに隣にいてくれて、嬉しい」 ぎゅっと抱きしめると押しのけようとしていた三田の抵抗が止む。 それから蚊の鳴くような声が聞こえる。 「………わ」 「ん?」 「私も、嬉しい」 ぎゅーっと胸が締め付けられる。 この単純で騙されやすい乙女思考の女の子が可愛くて仕方ない。 ああ、ベタって素敵だ。 王道は皆に愛されるから王道。 「本当にベタだなあ。もう。だから簡単に流されないでよ」 「な、な、な!」 「あ、でも俺の言ったことは嘘じゃないから。嬉しい。あんたがここにいてくれて、嬉しい」 また暴れ出しそうになる三田を腕の中に閉じ込める。 こんなに大切な存在が、俺のことも大切だと思ってくれている。 想い想われることの、奇跡。 「でも、そんな風に三田が俺に流されてくれちゃうと、このまま押し倒したくなる」 「は!?」 「ご飯の前に、三田にしよう」 「何言ってんの、お前!」 三田が本格的にじたばたと暴れ出す。 ああ、この反応も変わらなくて嬉しい。 可愛くて可愛くて、弄り倒したくなる。 俺に真剣にぶつかってくれる、真っ直ぐで落ち着きのない性格が愛しい。 「そういえば、クリスマスに処女くれるって言ってたっけ」 「言ってねえ!」 「でも処女はもらっちゃったしなあ」 どんなに暴れても、俺が耳元で囁いて笑うと大人しくなってしまう。 だって、君は結局俺のことが好き。 それが何より俺の幸福感を煽る。 「ね、何してくれる?」 クリスマスは、好き。 街中が賑やかで雑多だと、俺みたいなのでも受け入れてくれる。 一人でいても、寂しくない。 でも、街に出るよりも、今はここにいたい。 その他大勢の人に受け入れられるより、大切な人に受けれられる方がいい。 ただ一人が受け止めてくれるなら、それが素敵。 |