カウント3。 ピピ、ピピピ。 軽い電子音が聞こえて、どんよりと嫌な気持ちが広がる。 布団に潜りこんでも、音から逃れられない。 起きろ起きろと、急き立てられる。 思わず壊してしまいたくなるぐらい、忌々しい音。 目を、開けたくないな。 起きるのがだるいな。 寝起きは別に悪くない。 最近寝不足気味だから、やっぱり眠いけど。 でも、それ以上に、朝が来てしまったのが、嫌なだけ。 また、朝が来てしまった。 ゼロに近づく、朝が来る。 学校、サボっちゃいたいな。 外に出たくないな。 怖い、な。 もう、何も見たくないな。 このまま、お布団にくるまっていたい。 みんなみんな、夢になっちゃえばいいのに。 出会いも、別れも、全部全部、夢だったらいいな。 もう、何も考えたくない。 ずっと、眠っていたい。 ピピピピピピ。 放っておかれた目覚ましが、自分に意識を向けろと主張する。 ああ、うるさい。 なんてうるさいんだろう。 ピピピピピピピ。 うるさいうるさいうるさいうるさい。 なんてうるさいんだろう。 どうしてそんなに主張するんだろう。 どうして、黙っていられないの。 どうして、ただそこにいるだけで、満足できなかったの。 どうして、見ているだけで、満足しなかったの。 「みのり!早く起きなさい!!」 ドアの向こうから、苛立った声が聞こえる。 ああ、起きなきゃ。 痛む頭を押さえて、起き上がる。 体が、重い。 いまだ存在を主張しつづける目覚まし時計を苛立ち混じりに軽くはたく。 ぴたりと音がやんで、部屋の中が静かになる。 カーテンの隙間から、朝日が差し込んでくる。 シャッと軽い音を立てて、カーテンを開く。 太陽の光が一斉に部屋を明るく照らす。 ああ、今日もいい天気だな。 うん、あったかくて過ごしやすそう。 さあ、朝だ。 今日もまた、友ちゃんに会えるんだ。 なんて嬉しい。 なんて楽しい。 今日も、一日いい日。 一緒にいれる、いい日。 今日は友ちゃんのバイトがない日。 放課後も、頼んで遊んでもらおう。 ああ、なんて楽しい日なんだろう。 今日も一日、幸せ。 いっぱいいっぱい幸せ。 ベッドから降りると、壁に立てかけたスタンドミラーにパジャマ姿の自分が映る。 よれよれのパジャマに、ぼさぼさの頭、寝不足のクマの浮いた顔。 ぶっさいくだなあ。 だめだめ、私はいっぱい幸せなの。 さあ、笑え。 笑え。 笑え。 うん、笑えた。 だから大丈夫。 二人でいれば幸せ。 だから、今日も一日、幸せ。 「あのね、今日もね、友ちゃん、バイトないよね?」 「どこいく?」 即座に返ってくる言葉に、嬉しくなってしまう。 友ちゃんが本当に優しい。 前から優しいけど、最近はもう少し怖くなるぐらい、優しい。 へにゃへにゃに蕩けてしまいそうで、顔がしまらない。 「えへ、えへへへ、えへ」 「なんだよ、気持ち悪いな」 「だって、友ちゃん、優しいんだもん。えへ、えへへ」 「前から思ってたけど、お前、笑い方、変だよな」 「え、変!?嫌!?」 それは困る。 友ちゃんに嫌な気持はさせたくない。 友ちゃんが嫌だっていうなら、笑い方直さないと。 けれど友ちゃんはちらりとこちらを見て、唇の端を持ち上げた。 「お前なら、嫌じゃない」 ほっとすると同時に、友ちゃんの手がこつんと頭を叩く。 それは、友ちゃんが機嫌のいい時の癖。 「むしろ、それでいい」 そう言って優しく笑う。 あんまり表情の動かない友ちゃんの、大盤振る舞いの笑顔。 「うひー………」 ノックアウトされて、私はその場にしゃがみこむ。 動悸が激しすぎて、苦しい。 私、このままときめき死するかもしれない。 ああ、でもそれはとても幸せかも。 「何してんだよ」 「ドキドキしすぎて、心臓破裂しそう」 「ばーか」 友ちゃんがぐいっと腕を引っ張って、私を立ちあがらせる。 まだほっぺたがあっつい。 心臓の早さが、一向に収まらない。 くらくらして、ふらりとバランスを崩す。 「あ」 「っと、大丈夫か?」 そのままの流れで、友ちゃんの腕に抱きとめられる。 やばい、死ぬ、本当に死ぬ。 このままだと死ぬ。 うわああ、友ちゃんの腕だ。 友ちゃんの腕だ。 「ああああああ、う、うん!平気!ごめんね!」 急いで体を離そうとするが、掴んだ腕を離してくれない。 離してくれないと、鼻血がでそうだ。 頭がくらくらする。 けれど、焦る私とは正反対に友ちゃんが真面目な顔を少ししかめる。 「………お前、顔色悪いな」 しまった、チークを多めにいれたし、コンシーラーでクマ隠したつもりだったのに。 慌ててうつむいて友ちゃんの視線から逃れる。 「そ、そっかな?ちょっと寝不足なんだ」 「今日は、家で休んだ方がいいんじゃないか?」 その言葉に反射的に、友ちゃんの胸にしがみつく。 「やだ!」 「え」 「やだよ!今日は、友ちゃんと過ごしたいよ!」 「そんなの、いつでも……」 いつでも、なんてない。 後三日。 今日を抜いたら、後二日しかない。 いやだ、あと少しでいいから、一緒に過ごしたい。 過ごしたいよ。 いつでも、なんて、ないの。 「やだよ。一緒に、いたいよ………」 あ、と思った瞬間には、涙がこぼれていた。 ああ、駄目だ駄目だ駄目だ。 急いで体を離して顔を拭う。 「ご、ごめん。ごめんね。ごめ………」 情けない。 最後まで笑っていようと決めただろう。 泣いたりしないって、決めただろう。 ぎゅっと強く目をつぶる。 笑って。 笑え。 笑え。 笑え。 よし、笑えた。 「ごめんね………面倒くさくて、ごめんね」 いつから、私はこんなに贅沢になったんだろう。 友ちゃんが気遣ってくれるっていうのに我儘言って。 最後だからって調子に乗って。 自分に言い訳して、どんどん歯止めが利かなくなる。 どこまで迷惑をかけたら気がすむんだ。 「あ、えっと、そうだよね。今日は家帰って……」 「じゃあ、今日は俺の家行こう」 「………え、でも」 「家でのんびりしてたほうがいいだろ?」 家で休む、と言いかけた言葉を途中で遮られる。 見上げると、友ちゃんは目を細めて笑っている。 とても、優しく笑っている。 「でも………」 「二人でいれば、それでいいんだろ?」 こつんと、拳で頭を軽く殴られる。 ああ、また泣きそうだ。 涙が出そうだ。 友ちゃんは、本当にひどい人だ。 どうして、こうやって何度も私を泣かせようとするんだ。 でも、泣いちゃダメ。 これ以上負担をかけるな。 優しい友ちゃんを煩わせるな。 さあ、笑え。 「うん!」 「じゃ、いこ」 友ちゃんが手をとってくれる。 大きくて、温かい手。 手からじんわりと、温かさが全身に広がる。 頬が自然に、ゆるんでくる。 「あ、くそ、今日母さんいるんだった」 「へ?」 「いや、こっちの話。」 具合が悪いこと、気づいてくれて幸せ。 気遣ってくれて幸せ。 一緒にいてくれて幸せ。 幸せ。 とても幸せ。 私は、とても幸せです。 大好きです。 友ちゃんが大好きです。 だから、私は幸せです。 後、残り2。 |