「あんたって、ピアスしてたんだ」

今日も一緒に映画を見に来ていた。
こいつと遊びに行くようになってから、ものすごい映画を見ている気がする。
まあ、奢りが多いからいいんだけど。

並んで歩いているとふと見慣れぬものが目に入った。
野口の耳に、キラキラとシルバーが光っている。

「実は開いてたんだよね。俺も忘れてた」
「なんだ、それ」
「昔の男の影響で開けたんだけど、そいつと切れた後にしなくなった」
「…………」

こういう時、私はどういう反応を返したものか。
ひくべきだろうか。
もうひいてるけど。
笑い飛ばすべきだろうか。
いや、笑えない。
怒るか。
なんで。

黙り込んだ私を、野口が楽しそうに笑う。
相変わらず性格が悪そうな笑い方しかできない。

「反応に困ってる?」
「ものすごく」
「私といる時に他の男の話をするんじゃないわよ!って言っていいよ」
「いや言わないし」
「寂しいな」
「ていうかそもそも相手が男って、嫉妬したらいいのか悪いのか分からない」
「相手が女だったら嫉妬するの?」
「し、しない!」

またこいつのペースに乗せられるところだった。
だからこいつに嫉妬するようなことは何もなくて。
だって私はこいつが好きじゃないんだし。
そうだ、嫉妬なんかしない。
もやもやなんて、していない。

野口がくすくすと、チェシャ猫のように笑う。
私はなんだか顔が熱くなる。
これは馬鹿にされて腹が立っているから。

「お前、うるさい!」
「あんたって、本当に新鮮。かわいい」
「嬉しくない!」

こいつは私で遊んでいるとしか思えない。
どう考えても、誰が見ても、からかわれてるようにしか見えないだろう。
まあ、どうせ三番目に好きな人間だ。
そんなもんだ。

そんなこいつと何度も遊びに来ている私も私だ。
今度こそ断ろう。
そうだ、あの一件で友達減っちゃったし、美香は藤原君とデートだし。
暇だからだ。
そうだ。

ずかずかと早歩きで歩くと、野口がゆったりと大股でそれについてくる。
くそ、私も背が高いのに。
足の長さが違うのか。
しばらくそうしていたが、疲れたから歩く速度を緩める。
なんとなく無言で歩いているのも、気づまりになってきた。
野口は全く気にしていないようだが。

「そ、それで、なんでまたつけようと思ったのさ」
「ん?」
「ピアス」

野口がまた隣に並ぶ。
そして自分のピアスに手をやって、弄ぶように引っ張る。
丸いシンプルなピアス。
どこか女性的なデザインだが、野口にはなぜか似合っている。

「もらったからつけようかと思って」
「ピアス?」
「そう」
「………誰から?」
「気になる?」
「死ね!」

試すように聞かれて、咄嗟に返した。
本当にこいつ、ムカつくことしか言わない。
また早歩きで野口から遠ざかろうとすると、野口が笑いながら説明してきた。
別に聞きたくもない。
興味なんてない。

「別に、なんでもないよ」
「聞いてない!」
「バイト先のお客」
「………まずくないの?」
「あんまりもらわないようにはしてるんだけどね。お得意さんだし、マスターももらっとけって言うしさ」

思わずまた歩くのがゆっくりになってしまう。
なんかもう、こいつとまともに話すのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
どこでバイトしているのか、とか。
その客っていうのは男なのか女なのか、とか。
ていうかそれってすごい意味があるんじゃないか、とか。
そんなものをつけるな、とか。
色々言いたいことがあるが、私は黙り込んだ。

落ち着け。
こいつのペースに乗るな。
負けるな。

興味なんてない。
興味なんてない。
興味なんてない。

よし、普通に話す。
そういえば、野口の耳には、今ピアスをつけているのとは別に、くぼみがあった。
ピアスホールは一つじゃないらしい。

「いくつ開いてるの?」

野口の隣に自分から戻り、努めて冷静に普通に話しかける。
笑顔さえ浮かべて見せた。
野口はちょっと残念そうに眉をひそめたが、けれどいつもの無表情に戻る。

「右が3つで、左が2つだったけど、昨日試したらふさがってた。右1つの左が2つ」
「………開けるの、痛くなかった?」
「結構気持ちよかった」
「あんたに聞いた私が馬鹿だった」

ヘンタイだヘンタイだヘンタイだ。
こいつには普通の会話とか常識ってものはないのか。

「開けたいの?」

言われて、もう一度野口の耳を見る。
それはやっぱり、綺麗だった。

美香もピアスをつけている。
服とかに合わせていて、すごくかわいいと思っていた。
ちょっと開けたいな、と思っていたのだ。
前に美香がつけていた、風鈴の形のピアスはとてもかわいかった。

「うーん、かわいいなあって思うんだけど、ちょっと怖い」
「開けてあげようか?」
「いやだ!」

反射的にそう答えていた。
何が嫌だ、とか考えてない。
ただ反射的に出てきた。
だって嫌だ。
とりあえず嫌だ。
野口はそれでも喰い下がる。

「開けてあげるって。あんたに消えない傷をつけるなんて、楽しそう」
「そういう言い方をするな!」
「俺のも開けていいよ。どこにでも」
「絶対嫌だ!」

どこにでもって、どこだよ。
耳以外のどこにつけるんだよ。
ていうかそもそも人に傷をつけるなんて嫌だ。
普通の人ならそう考えるだろう。

「でも、本当に開けなよ」
「なんでそこまで勧めるんだよ!?」

思わず足を止めて、野口を見上げてつっかかる。
人にもらったピアスをしている、とか。
ピアスを開けた動機は昔の男、とか。
なんかそんなものを勧められるのも腹立ってくる。

野口は同じように足を止めて、にっこりと笑う。
嫌な予感がした。

「ピアス開けると、そこが敏感になる」
「うひゃああ!」

腰をかがめて耳元に近付いたかと思うと、避ける間もなく吐息を吹き込まれる。
ついでとばかりに、濡れた感触が耳たぶを襲った。

「な、な、な、な」

耳を押さえて怒りで震える私に、眼鏡の男は体を起してちらりと唇を舐めた。
その赤さが嫌でも目に入る。

「今も敏感そうだな。必要ないかも」
「このセクハラ男!」

私の拳が、野口の顔に入った。





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