「三田とはどうしてるの?」 「1週間会ってない」 「なんで?」 「セクハラが過ぎて避けられている」 作ってくれたアイスティーをテーブルに置きながら、野口は平然とそう言った。 礼を言ってアイスティーを啜るとかすかにオレンジの味がした。 なんとなく、何があったのか想像がつくような気がする。 なぜか親友は、自分の彼女をいつも怒らせるようなことばかりする。 「………なんていうか、自業自得っていうか」 「うん、分かってやってるから問題ない」 なんで分かってるのにやってるんだろう。 三田はとても素直な子だから優しくしたら普通に仲良くなれると思うんだが。 付き合い始めて半月もたってないのになんでもう喧嘩してるんだろう。 まあ、付き合い始める前から喧嘩ばっかりだったけど。 「野口、本当に三田につっかかるよな」 「だって、楽しいだろ?」 そこでにやりと野口が笑う。 こいつの笑い方はどことなく性格悪そうに見えるが、これはとても機嫌がいい時の笑い方だ。 ここのところよく見せるようになった、満足そうな笑顔。 「最近、本当によく笑うようになったな」 「楽しい恋してるから」 さらりと言い切られて、なんかこっちが照れくさくなる。 こいつはこういうことを真顔で言い切る。 ノロケって感じでもないし、照れもないから、なんか堂々としててちょっとかっこいいとすら思える。 「三田のこと、本当に好きなんだな」 「好きだよ」 「………そっか」 野口は彼女を大事にしているようだ。 本当に好きみたいだし。 それなら、よかった。 「三田が俺と片付きそうでほっとしてる?ふった罪悪感が薄れそう?」 俺が安堵のため息をついたのに気付いて、野口が意地悪く聞いてくる。 相変わらずの厳しい言葉に、ずきずきと胸が痛む。 「そういうんじゃ………」 「ない?」 更に追い詰められて、言葉に詰まる。 ただ、三田に幸せになってほしい。 笑っていてほしい。 彼女はとてもかわいくて、いい子だから。 だから、三田には、笑っていてほしい。 でも、これは、俺は自分の罪悪感を誤魔化したくて、そう思うんだろうか。 騙して振り回して傷つけてふった彼女が、もう俺のことで傷つかなければいいと思うのは、俺の勝手なのだろうか。 「………ちょっとは、あるかもしれないけど」 でも、それでも、俺は彼女に笑っていてほしいと思う。 素直でいつも頑張っていた可愛い子。 彼女は、いつも元気でいてくれる方が、似合う。 「でも、俺は三田のこと、友達として好きだし、だから、早く幸せになってほしいと思ってるし………」 「とっとと幸せになってもらって、なかったことにしたい?」 「そんなんじゃ!」 「ない?」 片肘をテーブルについて手に頬をのせた男が、楽しげに上目遣いに見てくる。 さっきと同じ言葉。 そしてもう一度、俺は言葉を失う。 俺はなかったことにしたいのだろうか。 彼女を傷つけた、彼女と一緒にいた、2週間を。 確かにあの日々は、辛かった。 でも、楽しかったとも、思うんだ。 それは、きっと、たぶん、嘘じゃない。 「………分からない。でも、彼女に笑っていてほしいって思うのは、本当だ」 「安心しな。俺が幸せにするから。俺は好きでもない女と付き合う程博愛主義じゃない」 「………」 その言葉がぐさぐさと胸に突き刺さる。 好きでもない、ってことでもなかった。 確かに最初は全然なんとも思ってなかった。 でも付き合っているうちに彼女がかわいく思えて、愛しく思えた。 俺のために頑張って色々努力していた彼女は、本当にかわいかった。 このまま付き合ってもいいんじゃないかな、って思った。 でもやっぱり、雪下を忘れることは出来なかった。 三田の親友だった雪下は、三田と付き合い始めてから接する機会が増えた。 話すたびに、どうしても好きだと思った。 かわいくて女の子らしいのに、意外と毒舌でたくましい性格。 優柔不断なところがある俺は、雪下のようにはっきりとした言葉を口にする子に憧れる。 三田にも惹かれつつ、どうしても雪下を諦められなかった。 優柔不断な最低な男。 「やっぱり、俺って、本当に、駄目な奴だよな」 「うん」 「………」 「別に色々な女に惚れるってのは駄目じゃないと思うよ。いい女に種付けしたいと思うのは男の本能だし」 どうしてこいつはこうストレートな物言いしか出来ないんだろう。 まあ、そういうところがこいつといて楽なところなんだけど。 「お前の駄目なところは、それを隠し通せないこと。浮気するなら最後まで隠し通せばいいんだよ。それすらできなくて中途半端に誰にでも優しくしてフラフラする。結果全員を傷つける。わあ、最低」 「………」 「ま、これからは雪下一途に生きればいいんじゃない?」 一緒にいて楽は楽だけど、やっぱりこいつの言葉は痛い。 だって、誰も傷つけたくなかった。 三田も好きだった。 泣いたり傷ついたりするところは、見たくなかった。 でも雪下を諦められなかった。 確かに俺は最低だ。 でも、偉そうな上からの物言いにさすがに腹が立っていい返す。 「お前は、隠し通せるのかよ」 「俺、恋したら心はいつでも一途だから」 さらりと言い返されて、何も言い返せなくなる。 まあ、そうだよな。 こいつが俺みたいにうじうじ悩んでるところなんて想像できない。 即断即決して、なんでもきっぱりはっきりしそうだ。 落ち込む。 思わず項垂れてしまうと、小さく喉を揺らして野口が笑う。 「三田はもうお前なんてふっきってるよ」 「………そうだよな、お前も、いるし」 「そう。三田の中は俺でいっぱい。きっと今も、三田は俺のことで頭がいっぱい」 この前の海のことを思い出す。 野口のことで悩んで泣きそうになっている三田は、抱きしめたくなるぐらい頼りなくてかわいかった。 「俺も三田に集中する。お前が心配する必要はこれっぽっちもない」 野口も、前よりも笑うことが増えた。 三田と一緒にいるこいつは、とてもリラックスしているように見える。 表情が柔らかくて、いつも楽しげだ。 「寂しい?」 「………ちょっと」 二人とも、大事な人達だ。 大事な友人だ。 四人で遊ぶことが多くなったとは言え、それぞれ二人きりでいることも多かった。 もうそれがないのだと思うと、ちょっと寂しさを覚える。 「俺がいないのと三田がいないのどっちが寂しい?」 野口が無表情で聞いてくる。 問われて、しばらく考える。 これからは三田と過ごす時間は減る。 そして、野口と過ごす時間も減るだろう。 「………どっちも」 「へえ」 「三田は、やっぱりかわいくて、一時は本当に心が動きかけたし、好きだった」 だから、決して恋ではないけれど、誰か別の男のものになるって思えばちょっと悔しくて、寂しい。 俺には雪下がいるし、彼女に笑っていてほしいとは思うのだけれど。 「でも、お前が三田にかかりきりになるのも、寂しいな。ずっと一緒だったから」 そして親友が、自分より彼女を優先にするのはちょっと寂しい。 なんだかんだ言って、野口は俺を優先させてくれていた。 こうやって過ごす時間は気が楽で、楽しい。 それが減るのは、やっぱり寂しい。 野口が首を傾げて、小さく笑う。 「だって俺はお前に惚れてたし。俺一途だから好きな奴一筋になるからお前最優先だった」 「またそういう冗談言って」 こいつはいつもこういう冗談を言う。 際どいからやめた方がいいって、何度も言ってるんだけどな。 「でも、そうだよな。お前、ずっと俺に気使ってくれてたし、結局慰めて、力貸してくれたし」 胸に刺さることばっかり言うし、冗談がきついところもあるけど、結局どんな馬鹿馬鹿しい相談でも乗ってくれる。 俺は空気読めなくて優柔不断なところがあるから、はっきりしてくれる野口は、とてもありがたい。 「ありがとう。お前も、三田と、なんていうか、うまくいってほしい。俺の勝手かもしれないけど」 ちょっと寂しいけど、二人が一緒に笑ってくれてるなら、それはとても嬉しい。 二人が幸せなら、俺も幸せだと思う。 雪下と俺と、野口と三田で四人でずっと遊んでいられたら、本当にいいと思う。 「俺、お前のことも、大好きだから」 感謝と好意を伝えると、野口は呆れたようにため息をついた。 どことなく不機嫌そうだ。 なんかまた俺は変なこと言ってしまっただろうか。 「やっぱお前って、性質悪いな」 「ええ!?」 「今すごく押し倒して犯したくなった。やめてよ、俺、心は一途だけど下半身は特にそうでもないんだから」 何を言われたのか理解できなくて、少しの間考えてしまう。 そして言葉の意味を理解して、一気に顔に血が上った。 「お前ってどうしてそう涼しい顔でシモネタばっかりなんだよっ」 同性に対しての冗談としては本当に性質が悪い。 誰にでもこんなこと言ってたらいつかひかれるぞ。 本気でとる人間が出てくるかもしれないし。 相手が俺だから冗談って分かってるからいいけど。 でも、野口は相変わらずの涼しい顔。 「自分に正直だから」 「そんなシモネタ好きだから、三田が怒るんだよ!」 こんなのずっと言われてたら、確かに怒るだろう。 女の子にこんなシモネタはきつすぎる。 野口は考えるようにちょっと天井を見て、それからこっちに視線を戻す。 「ちょっと違う」 「へ?」 それから、そんなことを言った。 どういう意味か分からず、変な声が出てしまう。 「シモネタが好きというか、シモネタを言って慌てふためく三田を見るのが好き」 野口は無表情で、言いきった。 「………」 「今も多分一週間ずっと俺の行動に振り回されてぐるぐるしてる三田を想像するとたまらない」 そして嬉しそうに、目を細めて笑う。 とても楽しげに。 「三田って、かわいいよな」 俺は野口が好きだ。 三田も好きだ。 二人が笑っていてくれれば、とても嬉しいと思う。 二人が一緒にいてくれれば、とても幸せだと思う。 でも、本当にこいつに三田を任せていいのか。 ちらりとよぎった不安は、気付かないふりをした。 |