「野口ってさ、藤原君がタイプなんだよね」 四人でランチを取るいつもの休み時間。 ふと由紀がそんなことを言いだした。 「は?」 「うん」 意味が分からず変な声を出す藤原君。 正直に頷く野口君。 ていうかやっぱり野口君ってそういう意味で藤原君好きだったのかな。 そうかなあと思ってはいたもののやっぱりそうなのだろうか。 あのバーであったおじさんとも怪しかったしな。 まあ、野口君なら意外でもないか。 よかった、藤原君が最初に付き合ったのが野口君じゃなくて由紀で。 彼氏の元カレが野口君なんて絶対嫌だ。 「………じゃあ、美香は、タイプじゃないの?」 由紀が恐る恐る聞いてくる。 また何を言い出したんだ、この子は。 「ええ!?」 「やめて」 「ないな」 慌てる藤原君。 思いっきり嫌そうな声で答える私。 あっさりと首を横に振る野口君。 「どうして?美香と藤原君って、同じように綺麗で性格良くて恵まれてるじゃん。あんたの好きなタイプでしょ?」 どこからつっこんだらいいんだろう。 藤原君と私が同タイプって言われるのもつっこみたいし、由紀がまた明後日な方向にヤキモチやいてるのもつっこみたい。 本当に恋する女の子だなあ。 「俺、好きなのは天然だもん。養殖はあんまり」 そしてこの野口君の返事にもつっこみたい。 ていうか野口君のタイプって言われるのは嫌だけどそこまであっさり違うと言われるのも腹が立つな。 「ちょっと、人を粗悪品みたいに言わないでよ」 「粗悪品なんて言ってないだろ。なんていうの、ファルスネーム?シトリントパーズって言うけど本当はシトリン、みたいな。でもシトリンはちゃんとした宝石、みたいな」 「廻りくどいけど、正規品じゃないみたいな扱いしてるよね。私は偽ブランド商品でもなんでもないんだけど」 「いや、だから本物は本物だって」 人をコピー品扱いするな。 本当にこの子は口が悪い。 「………なんか、雪下と野口って、な、仲悪い?」 藤原君が恐る恐る私たちの顔色を伺っている。 私と野口君は同時に首を横に振った。 「ううん」 「そんなことないけど」 別に仲が悪い訳じゃない。 お互いにこやかに接する必要性も見当たらないだけだろう。 藤原君の親友で由紀の彼氏だし、まあ一緒にいて楽しいからいい友人ではあると思う。 「………とりあえず、タイプじゃないんだ」 「うん、全く。大丈夫だよ。今一番好きなのあんただし。そんな見境なく嫉妬しないでよ。嬉しくて興奮する」 「アホか!」 由紀がかわいらしく真っ赤になって俯く。 本当に女の子だなあ。 まあ、黙ってあれこれ考えて暴走して自滅していた頃より、本人や私の前で直接聞くようになった分だけよくなったのかもしれない。 由紀はよく暴走するから。 「ところで、美香が養殖って何?」 「藤原みたいな本気で悪意に晒されたことない能天気馬鹿と違って、雪下の性格のよさって、割と苦労してきたってのもあるでしょ。容姿とか環境にも恵まれてるってのもあるけどね」 「美香が、苦労?」 由紀が不思議そうに首を傾げる。 こういうところ、由紀は無神経。 私が何も苦労してないと思っているのだろうか。 自分のコンプレックスで思い悩むのは仕方ないけど、だからって笑ってる人が皆幸せ、なんて妄想はなんとも自分勝手。 そしてそれ以上に私を文章化してカテゴライズしようとする人が嫌い。 私の過去も私の苦労も全て知ったように言わないで。 「私、野口君のそういう人のこと見下して偉そうに決めつけるところきらーい」 「ごめんね」 そしてそれを知っていて改めようとしないところも嫌い。 ま、この子は私に嫌われても痛くも痒くもないんだろうけど。 「………な、仲悪くないよな」 「ないよ?」 「ないよ」 また同時に首を振る私。 別に嫌いじゃないし、仲悪くもない。 気を使わなくていいのは、楽かもしれない。 「………あんたたち、気が合ってるよね」 そしてまた由紀が勝手にヤキモチを焼く。 かわいいけど、面倒くさい子。 かわいいってことは、得なことも多いけれど、いいことだけでもない。 私は小さい頃からかわいいと言われて、周りからそりゃもう溺愛されて生きてきた。 お父さんもお母さんも一人娘である私にメロメロだし、双方の祖父母からも、親戚の中で一際かわいがられた。 だから私は結構傲慢だった。 人がかわいいって言ってくれるのは当然。 人が私に何かしてくれるのは当然。 むしろ私のことをかわいいって言わない人の方が、変な人。 それくらい痛いことを考えていた。 自分の容姿がいいってことは、それなりに自覚している。 かわいいって言われるのは好きだから手入れも欠かさない。 私に与えられた素質でもあるから、大事にしたいと思ってる。 誰だって汚いものよりは綺麗なものを見ていたいはずだ。 だから努力しているし、それを認められ褒められるのは好きだし、当然だと思ってる。 でも、ただ与えられただけのものを誇って奢っている私は馬鹿だった。 とんでもなくアホだった。 最初の挫折を味わったのは、男女の別が出来てきた幼稚園。 私は男の子からいじめられ、女の子からはぶられた。 今までちやほやされてきた私は、何がなんだか分からなかった。 なんで皆が私のことを嫌うのか分からなかった。 どうしてかわいい私のことを苛めるのかが分からなかった。 愛されて育って自信満々で気の強かった私は、誰にも相談できなかった。 苛められてる、嫌われてる、なんて言ったら負けだと思った。 だから、毎日こっそり泣きながら幼稚園に通った。 幼稚園が嫌いで嫌いで仕方なくて、仮病もよく使った。 私に甘いお父さんとお母さんはすぐに休ませてくれた。 それでまたずる休みなんて言われて苛められもした。 あの頃のことは、思い出したくもない。 小学校に入った頃には、すっかり自信を失くしていた。 お父さんやお母さんが私をかわいいって言ってくれても、私はきっとかわいくないんだ、みんなに嫌われるんだって思ってた。 そんな風に自信を失くして引っ込み思案になった小学校低学年。 同じように大人しい友達に囲まれて、私はひっそりと過ごしていた。 それでもちょっかいを出してくる男の子と女の子も多かったけれど。 そして変わったのは小学校高学年ぐらいになってから。 男の子と女の子が、お互いを意識し始める頃だ。 今度はなぜか男の子が優しくなってきた。 女の子は敵意を向けたり、すり寄ってきたりしてきた。 私はすっかり混乱した。 自分は何も変わってないのに、周りの態度がどんどん変わっていくのだ。 特に男の子は人のことを苛めたり優しくしたり忙しい。 いい加減苛々して、幼稚園から一番私に構ってきたガキ大将タイプの子に、きついことを言ってみたりした。 馬鹿じゃないの、とか近づかないで、とか。 するとガキ大将は泣きだしてしまった。 そしてごめんと謝られた。 意味が分からなかった。 後になって、仲裁に入った先生から彼はあなたのことが好きで苛めすぎちゃったのよと言われた。 それもまた意味が分からない。 なぜ好きなのに苛めるのだろう。 けれど試しに私を苛めていた子達に、笑いかけてみた。 そして親しく話してみた。 男の子たちは喜んで構ってくれるようになった。 色々言うこと聞いてくれたり、遊びに誘われたり、ものをくれたりするようになった。 これもまたものすごい豹変ぷり。 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。 だから適当に笑って、適当にあしらってみた。 すると今度は女の子たちの当たりがきつくなってくる。 男の子に囲まれる私に、ぶりっこだの、男の子の方が好きなんでしょ、だの言ってくる。 今までそんな直接言われたことなかったけれど、きっとそれが昔から女の子が私にきつかった原因。 嫉妬だった言うことを理解した。 そして分かった。 私はやっぱりかわいいのだ。 そしてかわいいからこそ、こんな扱いを受けるのだ。。 男の子にはちょっかいを出される対象になり、女の子からは攻撃の的となる。 試しに笑いかけてみたり下手に出てみたり。 怒ってみたり冷たくしてみたり。 色々実験してみて分かった。 結局私は妬まれる。 どんなにやっても、例え表面上友達でも、裏では何か言われてるし、心底好かれることはない。 私の性格があまりよくないってのもあっただろう。 本当に性格がよければ人に好かれる方法もあったのだろう。 でも私は性格が悪かった。 だから開き直った。 自分の好きなようにすることにした。 それで随分楽になった。 周りがどう変わろうと、私は私。 私は、自分がやりたいようにやり、後悔しなければいい。 それだけなのだ。 それでもやっぱり色々後悔しているけれど、心に残っていることは二つ。 一つは、小学生の頃仲のよかった女の子。 絵がうまくて本を読むのが好きで、大人しい優しい子だった。 私が開き直って性格が悪くなっていくと同時に、彼女は徐々に離れていった。 私は彼女が好きだったから、裏切られた気分になった。 そして馬鹿とか、ひどいとか、友達だと思ってた、最低、とか散々罵って、それからは自分で無視をした。 ずっとずっと無視をした。 たまにこちらをちらちら見ている彼女を、完全に無視をした。 そして彼女ともう話をすることはなかった。 それが当然だと思っていた。 だって向こうが裏切ったんだから。 後悔したのは、卒業の時。 彼女は卒業と同時に引っ越していき、どこへ行ったのかも分からなくなった。 部屋で引き出しを整理していて出てきた彼女の絵に、私は胸が痛くなった。 彼女の絵が好きだった。 一緒に絵を描くのが好きだった。 彼女が貸してくれる本が好きだった。 彼女と話すのが好きだった。 彼女といるのが、楽しかった。 でももう彼女と絵を描くことはない。 でももう、彼女と話すことはない。 彼女と一緒にいられることはない。 あの楽しさは、もう永遠に失われた。 あの時、私が我慢して話していれば、今でも彼女といられただろうか。 もう少しだけ頑張ってみれば、今でも一緒に笑っていられただろうか。 手紙のやりとりだけでも、彼女とつながっていられただろうか。 私は彼女と友達でいる努力が足りなかったのではないだろうか。 そう思った瞬間にようやく沸いた喪失感。 周りがどう変わろうと、私は私。 それなら私は今まで通り、彼女が余所余所しくなろうと、私らしく彼女に接すればよかった。 そうして駄目だったら、そこでようやく考えればよかったのだ。 それなのに私は、悔しさと哀しさで、あっさりと彼女を切り捨ててしまった。 彼女だって言いたいことがあったんじゃないだろうか。 彼女も後悔していたんじゃないだろうか。 人のつながりはこんなにも簡単に切れるもの。 あんなに仲が良くて、ずっと一緒にいられるって信じていたのに、今ではもう居場所も分からない。 なんとなく喧嘩してもいつかは話せるんじゃないか、なんて思ってたのだ。 でも、人とのつながりは、努力しないと続いていかない。 それをようやく、その時で知った。 もう彼女と会うことはない。 でもあの時、もう少しだけでも頑張れば、今とは違う結果があったのかもしれない。 頑張れなかったことを、私は後悔した。 今度彼女と会うことがあったら、今度は頑張りたいと思った。 哀しいことを優先させて、楽しかったことを忘れてしまいたくないと、そう強く思った。 人との仲はこんなにも脆く儚い。 そしてもう一つ。 私は中学校に入って恋をした。 彼はクラスでも一際騒がしいタイプの男の子。 いつでも中心にいて仲間と笑っているような子だった。 その人を自然と惹きつける空気に、私も惹きつけられてしまった。 私は年頃の女の子らしく、彼に好かれようと努力した。 彼女は大人しいタイプが好きってことだったので、精一杯大人しく女の子らしく綺麗な言葉遣い、綺麗な髪、綺麗な態度を心がけた。 私は自分がかわいいってことを知っていたから、うまくいくんじゃないかと思っていた。 自然教室で同じ班になって、彼と近づくことが出来た。 大人しい子が好きだって言うので、私は彼の話ににこにこ笑っているような可愛い子になった。 そして彼が友人と話しているところを聞いてしまった。 あいつってかわいいけど何話したらいいか分からないよな。 ものすごい衝撃。 私は可愛い子になろうとするあまり、ただの人形になろうとしていたようだった。 そこで私は作戦を変えて、素に近い性格で接することになった。 彼にも元気に話しかけて、笑いかけて、冗談なんかも飛ばしたりする。 彼とは急激に仲良くなれて、今度こそ作戦成功か!なんて思った。 そして今度はこう言われた。 そういう性格だと思わなかった。かわいいのに性格きついよな。もっと大人しかったらよかったのになあ。 どうしろって言うの。 そこでまた私は吹っ切れた。 私はいつのまにか私をあんなに惑わせた、性格をころころ変える人間になっていたらしい。 そして理解した。 私の周りの人達が性格を変えたのは、別に悪気はあまりなかったんだな、ということ。 ただ好かれたくて、ただ戸惑って、相手をどう思うかで、人は性格を変えてしまうのだ。 それなら、私は私を困らせた人達を憎むことは出来ない。 私だって同じで、きっと彼を戸惑わせた。 結局彼とはどうこうなることなく、彼は明るい元気な子と付き合っていた。 現実はそんなもの。 だから、もうやめることにした。 相手によって態度を変えても、結局結果は変わらない。 それに本性隠して大人しくしていても、結局長く付き合うなら辛くなる。 私は私らしく。 私のしたいことをする。 相手によって性格を変えたりしない。 そして相手が大事なら、最後まであきらめたりしない。 やるだけやって、諦める。 本性を隠しても仕方ない。 自分の容姿が敵を作るからと言って、隠したりしても仕方ない。 私の性格や容姿で私を嫌う人がいても仕方ない。 私は私らしくあればいいだけ。 そして、そんな私を好きになってくれる人がいれば、その人達を大事にするだけ。 そして私は今、大事なものを手に入れている。 大好きな彼氏に、大切な親友。 「まあ、藤原君と、由紀のことは本当に何度も諦めかけたけどね」 「え?」 「え?」 突然ぼそりとつぶやいた私の言葉に、藤原君と由紀は不思議そうに首を傾げる。 私は何がなんだか分かってないだろう二人に笑いかける。 「由紀ってば卑屈で被害妄想激しくて私に攻撃的だし」 「な………、まあ、そりゃそうだけど」 コンプレックスに悩んでそれでも頑張ろうとしているところはとっても可愛らしい。 私にはない女の子を感じて、いじらしくて、結局は私のことを好きでいてくれる大事な友達。 ものすごい面倒くさい子だけど、私にはない正直さも卑屈さも不器用さもかわいくて大好き。 「藤原君は優柔不断で決断力なくてドジ」 「………ごめんなさい」 告白する相手を間違えるなんてどんだけ馬鹿。 そしてそのまま付き合っちゃうとか、どんだけ間抜け。 でもそんな情けないところもかわいいって思っちゃう自分もかなりな重傷。 由紀に負けないぐらい、色ボケ状態。 「でもね、私は二人が好きだから、二人から本当に嫌われるまで、諦めないよ」 まるで告白のように告げると、二人は耳まで真っ赤にした。 そんな素直なところが、大好き。 「俺は?」 「野口君は、ライバルなのかな」 「ああ、そうかも。なるほど」 そう、きっと私は野口君にヤキモチを妬いている。 藤原君と由紀の、私の知らない表情を知っている野口君に。 そしてきっと野口君は私にヤキモチを妬いているだろう。 彼の知らない二人を知っている私に。 「でも、好きだよ。野口君も、私のこと好きでしょ?勿論友人として」 「うん」 私の性格や容姿で私を嫌う人がいても仕方ない。 私は私らしくあればいいだけ。 私はありったけの感情で、好きな人に好きだって伝え続ける。 そして、そんな私を好きになってくれる人がいれば、その人達を大事にするだけ。 |