「俺ってさ、そこまで変態じゃないと思うんだけど」

昼食を終え、人がいなくなってきた食堂で、四人で他愛のない話をしていると、野口が唐突にそんなことを言いだした。
いつも冷たい無表情か、にやにやと意地悪そうな笑顔を浮かべている親友は、今は真面目で真剣な顔をしている。

「は?」
「え」
「えー、変態だよー」

咄嗟のことに反応できなかった三田や俺と違って、隣の雪下はにこにこと笑いながら朗らかに言う。
野口はやっぱり真面目な顔で、雪下をじっと見て更に続ける。

「そうかな。なんか皆から変態変態言われてるけど、俺って割と普通じゃない?」
「お前から変態を抜いたら何も残らない」

三田がぶすっとした顔でそっぽを向いて言った。
今日の二人はなんだかちょっとぎくしゃくしている。
また喧嘩なのだろうか。
この二人はいっつも喧嘩ばっかりして、こっちがハラハラさせられる。
最近では少し慣れてきたけど。

「そうかなあ。だって、皆さ、ある程度は思ってない?好きな人が出来たら一人占めしたい、ずっと一緒にいたい、何もかもを知りたい」

それは、分かるかもしれない。
俺だって雪下を一人占めしたい、ずっと一緒にいたい、何もかもを知りたい。
三田にすらヤキモチを焼いてしまう心の狭さにたまに驚くぐらいだ。
雪下の一番は、俺でいたい。
野口は頬杖をついて、気だるげに続ける。

「自分以外見て欲しくない、むしろ外に出て欲しくない、閉じ込めたい、いっそ目を潰したい、手足を縛って犯しつくしたい。自分以外の世界なんて閉ざしてしまいたい」
「…………」
「や、やめろ!」

思わず黙り込む俺と、本気で怯えているようで青くなっている三田。
野口から距離を取るように身をひいている。
相変わらず野口は、冗談にせよ、ちょっと行きすぎなところがある。

「それで、どこが変態じゃないの?安心して、立派な変態だよ」

そしてやっぱり動じてないのは雪下一人。
にこにこと愛らしく笑いながら棘のある言葉を放つ。

「いや、まあ、これはちょっと言い過ぎただけだけど」
「じゃあ、本気じゃないの?」
「6割ぐらい本気だけど」
「やめろ!」

更に身をひく三田。
6割というのは多いのか少ないのか。
本当に野口は冗談が過ぎる。

「え、と、それで、野口は、何が言いたいんだ?」

青い顔をしている三田がなんだか可哀そうになって、間に入る。
雪下と野口に任せていては、収拾がつかなくなりそうだ。

「ああ、そうそう。ずっと一緒にいたい、二人でいたいって思うだろ?」
「まあ、それは、うん」

それは、思う。
縛って閉じ込めたい、までは思わないけど。

「俺はそれをストレートに言うだけで、あまり変わらないと思うんだよね。そんなに変態じゃなくない?」
「ううん、十分変態だよ。口に出した時点でアウト」
「まあ、多少はアブノーマルでも、そこまで言われるほど変態じゃないと思うんだよね」

まあ、そうなのか。
そうなのか。
そうなのかなあ。

「三田だって、俺とずっと一緒にいたいとか、俺に他の人間見て欲しくないとか思うだろ?」
「そ、それは、まあ………」

三田はちょっと顔を赤らめて、視線を下に向ける。
そうやって照れる様子は、いつも可愛らしいと思う。
一時付き合ったこともある女の子は、強そうな外見と裏腹にどこか弱くて女の子らしい。

「藤原だって、雪下のこと閉じ込めちゃいたいとか思うだろ?」
「え、と」

閉じ込めたい、なんてそこまでは思わないけれど、確かに一緒にいたいとは思う。
二人でずっと一緒にいられたら、それはなんて楽しいだろう。

「いっそそれくらい行動力あるならいいのになー。藤原君が閉じ込めてくれるなら私は大歓迎だけど」
「え、ええ!?」

雪下がちらりと俺を見上げて悪戯っぽく笑うと、心臓が跳ね上がった。
うわ、やばい、心臓がずきずきする。
ていうか変なことを考えて反応してしまいそうだ。
静まれ、静まるんだ、俺。

「あれ、じゃあもしかして俺と雪下って相性いい?」

野口はふとそんなことを言う。
その言葉に三田と俺が思わず立ち上がった。

「おい、ちょっと!」
「の、野口!」

そんなの許せない。
いくらなんでも、ありえない。
ていうか野口が本気出したら俺は絶対負ける気がする。
もしかして野口って雪下に気があったのか。
でも、絶対これだけは譲る訳にはいかない。

「二人とも落ち着いて落ち着いて。特に由紀。野口君喜んでるから」

話に出された当の本人はため息交じりに落ち着いている。
そして俺たちを座るように促す。

「あ、え」
「私と野口君がどーこーなるとか本当にありえないよね。ていうか本気でやめて。鳥肌たっちゃう」

にっこりと笑いながら冷たく言い放つ彼女は、やっぱりどこか野口に冷たい。
いや、雪下にそういう気が一切ないって分かるのはとても嬉しいしありがたいのだが、いつもちょっと怖くなってしまう。
優しくて明るくて朗らかな彼女は、俺の親友を前にする時だけ毒が痛烈になる。

「ゆ、雪下、野口のこと、本当に嫌いじゃないんだよな?」
「ないよ?ね、野口君」
「うん。俺、雪下には友情を感じてるし」

けれど二人は顔を見合わせて、ね、と言い合っている。
そういう姿を見ると仲が悪くないんだなとおもってほっとする。
同時になんか分かり合ってる感じがして嫉妬もしてしまうのだけれど。
ああ、もうぐちゃぐちゃだ。

「で、何が言いたいの、野口君」

雪下が笑いながら、野口に振る。
そうだ、そういえば野口が何を言いたいのかを聞こうとしていたのだ。
落ち着け、俺。

「まあ、そういう俺がいつも口にしてるような欲望はみんな隠してるだけで、持ち合わせてるんだと思うんだよね」
「ふんふん」
「だから俺が特別変態って訳じゃないと思う」
「うんうん。まあ、自分がそう思うのは自由だよね」

そこで野口は隣の三田の手を取った。
そして眼鏡の奥の切れ長の目で、じっと三田を見つめる。

「な、なんだよ!」
「だから三田、昨日のアレは全くアブノーマルじゃない。安心して。大丈夫、みんなしてるから」

一瞬、三人とも静まりかえる。
そしてその後、みるみるうちに三田の顔が赤くなっていった。

「な、な、な、な!」
「ね、だから、今度は逃げないでね?」

三田が椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。

「本気でいっぺん死ね!消えろ!二度と顔を見せんな!」
「そうしたら三田が哀しむから駄目」
「馬鹿か!死ね!」

沸騰して頭から湯気が出そうなほど怒っている三田に、野口は全く動じることはない。
握ったままだった三田の手に、自分の唇を押しあてて祈るように言う。

「三田が殺して?そしたら俺、イきながら最高に気持ちよく死ねる」
「ば………っ」

三田が声も出なくなったように息を飲む。
そして一瞬の後、思い切り手を振り払って、野口の頭をたたいた。

「も、もう、あんたなんて、大っきらい!」

そしてそのまま走って食堂から出て行ってしまった。
耳まで真っ赤だった。

「あー、かわいい。本当にかわいい」

残された野口は満足そうにため息をつく。

「………」
「………」

俺と雪下は何も言うことが出来ず、満足げに食堂の扉を見ている野口を見つめる。
本当に、野口は、冗談が過ぎる。
ていうか冗談なのか。

「今日なんか、いつもより振りきれてるね。どうかしたの?」

俺より先に立ち直った雪下が、呆れたように聞く。

「ただの嫉妬。昨日、知らない男と仲良く話してるの見てヤキモチ妬いちゃった。俺ってかわいい」
「あはは、キモイー。由紀泣かしたら私が殺すから」
「大丈夫。基本ベッドの中でしか泣かさないから」

そう言って楽しげにするりと軽い動きで椅子から立ち上がる。。
ひらひらと手を振って去っていく野口は、これから三田を追い掛けるのだろう。
三田は、本当に苦労するんだろうなあ。

「………変態だ」
「変態だねえ」

変態じゃないなんてことはない。
立派な変態だ。
たとえ冗談だったとしても、変態だ。

「私達はノーマルにかわいく恋愛しようね?」
「う、うん」

雪下が俺を見上げて、かわいく首を傾げる。
ああ、かわいいな。
どうしてあの二人はこういう恋愛が出来ないのだろう。
こんなことで、こんなにも幸せになれるのに。
抱きしめて、キスをしたくなる。
普通のことが、普通に嬉しくて、普通に愛しい。
それでいいのに。

「でも私も、藤原君を閉じ込めて一人占めしちゃいたいって気持ちはちょっと分かるかな。私に監禁されないように気をつけてね」

でも、どこか意地悪そうに笑って言う雪下にもドキドキしてしまう俺も、実は変態なのかもしれない。






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