「ふはー」 なんか、我ながらおっさんくさいな。 でも、お風呂に入るとこんな声が出ちゃうんだよなあ。 あー、なんか今日は疲れたな。 体の力を抜くと、温めのお湯に手足の強張りが溶けていく。 一日の終わりの、憩いの時間。 あ、無駄毛、剃らないとな。 なんで指毛とか生えてるんだろう。 こんな毛いらないし。 何を保護してるんだろう。 美香とかつるつるだけど、元々薄いのかな。 いいな。 あの子、胸も大きいし、柔らかそうだし。 足も細いし、綺麗な形だし。 私は、腹筋してるからお腹は締まってるけど、太腿太いし、O脚気味だし。 二の腕もたくましいし。 胸小さいし。 手だって足だって、筋肉つきまくって、堅い。 全然女の子らしくない。 よくあいつも堅い堅い言ってるし。 好きだって言ってるけど、本当は嫌なんじゃないだろうか。 顔だって、いい訳じゃない。 体だって、スタイルいいとはとてもじゃないけど言えない。 こんな体、見せられない。 こんな体、見せたくない。 見せた途端、がっかりされるんじゃないだろうか。 『えっちしちゃった』 ほがらかに言った美香が思い出される。 あんたはいいよね。 そんな可愛くて綺麗だったら、見せても全く恥ずかしくない。 なんでそんなに簡単に、好きな人に体なんてさらけ出せるんだろう。 えっちなんてしたら嫌われてしまいそうで、がっかりされてしまいそうで、そんなことできるはずがない。 自分に自信があるから、そんなことできるんだ。 ていうか早すぎだろ。 まだ1カ月ちょいだぞ あいつら何やってるんだよ。 性の若年齢化反対。 乱れた性の現状を憂う。 『もう藤原君に近づかないでねって牽制の意味もあるんだけどさ』 美香が笑う。 悪戯っぽく私を上目遣いに見て、挑戦するように言う。 『由紀も少しぐらい素直になってもいいんじゃないか、って思って』 私はこれ以上ないほどに素直だ。 どこまでも素直だ。 『あんまり意地張ってると、野口君に捨てられちゃうよー』 意地を張ってる訳じゃない。 そんな訳じゃない。 ただ、まだ怖いだけ。 本当にあいつでいいのかっていう不安はある。 許したら、飽きられるんじゃないかって怖さがある。 あいつが信じられない。 自分に自信がない。 あいつに好かれている自信がない。 あいつに満足してもらえる自信がない。 「………うう」 今はまだこのままでいたい。 それじゃ、駄目なのだろうか。 このままだと、飽きられてしまうだろうか。 捨てられてもいいって、言えればいいのに。 ただ、前みたいに、ふざけていられればいいのに。 付き合うって、面倒くさい。 付き合うって、疲れる。 前みたいに、楽に話せればいいのに。 「まだ警戒してるの?」 「するわボケ」 ファミレスで夏休みの宿題を片付ける。 もうすぐ夏休みも終わりだ。 なんか部活と野口と美香で、あっという間に過ぎて行った。 残るは積み上がった宿題ばかり。 「素直じゃないな」 「………」 いつものように、反射的に言葉が出てこなかった。 素直じゃないのかな。 やっぱり私、面倒臭い女だろうか。 いつまでもこんなじゃ、嫌われてしまうだろうか。 「あの、さ」 「うん、それ公式違う。31ページの方」 「え、あ、あ、なるほど」 何気に、野口は頭がいい。 特に理数系が得意なので、理数系が苦手な私は正直助かる。 もうこいつは宿題終わってるみたいだし。 要領いい奴。 「うん、それで?」 「え」 「何話そうとしたの?」 突然話を戻されて、一瞬何のことか分からなかった。 少し前に話そうとしたことを思い出して、言おうかどうか迷う。 「勉強も手に付かないみたいだし、とりあえず先に気になってること言えば」 「………」 確かに私はさっきから上の空。 せっかくこいつが教えてくれているのに、このままじゃ時間を無駄にするばかりだ。 ああ、本当に美香があんなこと言わなきゃよかったのに。 あの女は、いっつも私を振り回す。 「それで?」 再度促す野口に、私は仕方なく、ずっと胸につかえていたことを吐きだすことにした。 このままでいても、集中できないし。 「………えっとさ、藤原君と美香のこと、聞いた?」 「あのバカップル?どんなこと?」 「………いや、聞いてないならいい」 藤原君言ってないなら、私から言うことじゃないよね。 男の子の方が、そういう話しないのかな。 「あいつらがヤったってこと?」 「聞いてるんじゃん!」 「あんたがどう言うのか、聞きたかったから」 「この変態!」 ああ、もう本当にこいつは。 なんでもうこう変態なんだ。 直接的な言葉に、顔が熱くなってくる。 「で?」 「え?」 「あいつがらヤったからどうしたの?とりあえず藤原がすげー浮かれててテンション高くてウザかったけど」 相変わらず藤原君の扱いがひどいな。 これでも昔好きだったはずなのに。 まあ、私もベタ惚れだったあの頃よりひどい扱いになってるけど。 なんかそういうキャラなんだもんな、あの人。 「………その」 「うん」 「あんたもさ、その、えっと、したいしたいって言うけど」 「うん」 なんて言ったらいいんだろう。 しなきゃ、飽きる?とか、なんか私どれだけ自分の体に自信あるんだよって感じだし。 そういうんじゃないんだけど。 ヤりたい?とか、すごい私積極的みたいだし。 でも、いつまでもこんな風に勿体ぶってたら、嫌になるかな、とか思う訳で。 「………」 「………」 なんと言ったらいいか分からず、つい黙り込んでしまう。 ヤりたい訳じゃない。 まだ怖い。 でもヤらなかったら捨てられるのは、怖い。 「はあ」 そこで、野口が軽くため息をつく。 私の態度に呆れたのかと、俯いてた視線を上げると、野口は相変わらず涼しい顔をしていた。 眼鏡の奥の冷たい目が、冷静に私を見ている。 「あのね」 「………うん」 なんだろう。 何を言われるんだろう。 胸が、ドキドキして、苦しい。 なんだか、指先が冷たくなってくる。 このファミレス、クーラーが効きすぎた。 「セックスってさ、基本疲れるんだ。特に処女相手とか」 「は?」 「男の快感って、物理的には結局突っ込んでる間だけだし、そこに辿りつくまでは女にご奉仕一杯しなきゃいけない訳だし、結構疲れる。ぶっちゃけオナニーの方が楽で気持ち良かったりする」 今度は逆に顔と体が一気に熱くなる。 こいつはこんな公共の場所でいきなり何を言い出すんだ。 ていうか直接表現過ぎる。 なんでこいつはいつもいつも涼しい顔で、シモネタ全開なんだ。 「まあ、女の都合なんて考えずに突っ込んだりする場合とか、経験豊富な人とかプロのお姉さんとか男とヤる時は別として」 ヤったことがあるのか。 経験豊富な人とか、プロのお姉さんとか男とかと。 ああもう、つっこみどころが多すぎて、どこからつっこんだらいいか分からない。 下がったり上がったり感情の波が激しくて疲れる。 こいつといると、本当に疲れる。 私が一人で動揺しているのも気にせず、野口は頬杖ついて先を続ける。 「処女相手なんて、慣れてないし痛がるだろうし気を使うだろうし、正直かなり面倒」 「な、わ、悪かったな!」 「でもさ、俺はあんたとセックスしたい」 処女で悪かったな、面倒で悪かったな、と罵ろうと思った瞬間、そう続けられた。 相変わらず野口は涼しい顔。 こういう時はもう少し照れたり感情を込めたりしてもいいんじゃないだろうか。 なんて、少し外れたことを考える。 ああ、もう、動揺してるな。 「………」 「あんたが照れたりする顔とか、痛がる顔とか、感じたりする顔とか想像すると、それだけで勃っちゃいそうだし、色々サービスしたいって思う。もう舐めまわして触りまくりたいって思う」 「あ、う………」 変態変態変態。 初心者相手に、なんでこいつはこんな変態なんだ。 「あんたが好きだから、一緒にセックスしたら楽しいだろうなあって思う」 そこで、野口はようやくちらりと笑う。 楽しそうな、心底性格悪そうな冷たい笑い。 どうしてこいつって、本当にこんな性格悪そうなんだろう。 ていうか悪いんだけど。 「やっぱりさ、好きな奴とするのって違うんだよね。経験豊富な人とやっても、なんとも思ってなければ、ただのスポーツ、オナニーと一緒」 経験豊富な、なんとも思ってない人とヤったんだな。 やっぱりヤったんだな。 プロのお姉さんともヤったんだな。 性の若年齢化反対。 乱れた性を憂う。 この一人風紀違反。 「でも、あんたとヤるって思うと、それだけでなんか背筋ゾクゾクするし、脳みそ痺れる感じがする」 本当にどうしようもないエロ野郎だって思うのに。 発言の全てが変態くさいのに。 「で、何が言いたいかって言うと、一緒に楽しくなりたいの。セックスって共同作業だと思ってるし、あんたがヤりたいって思うまで、別に無理強いする気はないよ」 なんで私は、変態って言って殴り飛ばして逃げないんだろう。 お前みたいな見境ない男、大嫌いだ!って言えないんだろう。 「………な、鳴くまでまたないって言ったくせに」 「待たないよ。だから健気に一生懸命口説いてるだろ?でも、義務感とか捨てられるかもって感じでヤられても、何も楽しくないってこと」 「………」 「嫌々足を開かれるよりは、楽しいセックス想像してオナニーする方が俺はいい。まあ、童貞の頃だったら何がなんでもヤりたいって思うかもしれないけど。現在そこまで切羽詰まってない」 ああ、もう、この真昼間の明るいファミレスで、こいつは何を言ってるんだろう。 野口はくすくすと笑って、私の顔をじっと見ている。 きっと、真っ赤になっているだろう、私の顔を。 「あんたがその気になるまで、口説き倒すから安心して」 「そ、その気になんか………」 「ならない?」 ならない!ってなんで、言いきれないんだろう。 なんでなんでなんで。 ああ、もう分からない。 何もかも分からない。 こいつといると、テンションのアップダウンが激しすぎて、本当に疲れる。 顔が熱くて、胸が痛くて、喉が渇く。 ドリンクバーの薄いコーラを飲み干す。 「て、思ってたんだけどさ」 「へ?」 野口もメロンソーダを啜ってから、ぽつりと先を続ける。 そして考えるように口元に手を当てる。 「うん」 「何?」 「今泣いて嫌がるあんたを無理矢理押し倒してヤるってのを想像したら、それはそれで燃えた」 「この変態!!!」 そしてやっぱり変態発言で締める野口を殴り倒した。 ああ、やっぱりまだ駄目だ。 こんな男は信用できない。 |