それはほんの他愛のない話からだった。
帰省もしない私たちは、お金もないし、暇を持て余していた。
その日も居酒屋に飲みにいく金もないので、宅呑みでダラダラと過ごしていた。
その時のメンバーは、男がAとBとC。
女は私とDの二人、計五人だった。

夜中の1時も廻った頃だっただろうか、部屋の持ち主でもあるAが心霊スポットに肝試しに行こうと言いだした。
酒が入ってテンションの上がっていた私とBは快諾。
CとDは多少嫌そうだったが、他の三人が乗り気だったので渋々ついてくることになった。
運転手は下戸で酒を飲んでいなかったC。

心霊スポットと言うのは、車で30分ほど行ったところにある街の山間にある廃墟。
昔一家惨殺があったとか、無理心中したとか、はっきりしないがありがちな噂があるらしい。
どうせデマだろと思いながら、私たちはBの家によってデジカメを持ってきたり、ドンキで懐中電灯を買いこんだりして、噂の廃墟に訪れた。
霊よりヤンキー(古い?)な人達がいた方が怖いよね、なんて笑いながら。

話から想像して山の中だと思っていたが、山の裾にぽつんと立っているだけの普通の家だった。
車も普通に家の前に止められるし、コンビニまでも歩いて20分ほどで行けそう。
まあ、田舎だけあって、隣の家も歩いて20分ぐらいかかりそうだったけど。

崩れかけたブロック塀、草がぼうぼうに生えているこじんまりした庭、その先の昭和時代に建てられたようなトタン屋根のぼろっちい二階建ての家。
木製の雨戸も全部閉まっていて、人の気配のしない家は雰囲気たっぷり。
ドアも木で打ちつけているようで、中には入れないようだ。
月明かりはあるものの、懐中電灯でもやっぱり暗くて、さすがにゾクゾクした。

「で、どうする」
「とりあえず写真撮ろうぜ。心霊写真撮れるかも」

Bの問いかけにAが笑ってデジカメを取り出す。
ビビっているCとDを無理矢理中にいれて、家をバックにAがシャッターを押した。
何枚か写真をとってかデジカメを確認して、やっぱり何も写ってないや、なんて笑う。
そして今度はAを入れて、Bがシャッターを切った。

「ねえ、もう帰ろうよ」

可哀そうなくらい顔が青くなったDが私にしがみついてくる。
Dに気のあるBが大丈夫だよ、なんて言って肩を抱く。
嫌がられているけど。

「じゃあ、家の周り一周して帰ろう」

さすがに震えているDが可哀そうで、私はそう提案した。
何より暑くて虫も多くて、嫌になったし。
長い髪が、汗で髪が顔に貼りついて気持ち悪い。
Cは元々乗り気じゃなかったし、AとBもDの様子にしぶしぶ納得した。
そして草が生い茂る家の周りを、足をちくちくさせながら歩く。

「あ、ここ家の中見えるよ」

家の裏まで来た時、先頭にいたBが指さした先に腰ぐらいの高さから窓ガラスがあった。
随分汚れて曇っているが、中がなんとか見えるようだ。

「うわ!」

いきなりBがのけ反って倒れて、尻もちをついた。

「きゃあ!」

Dがビビって悲鳴を上げて顔を覆う。
私も正直その反応にビビってしまった。

「な、何!?」
「だ、誰か、誰かいる!」

震える声で指さす窓の先。
思わず私は覗き込んでしまった。
すごい怖かったけど、それ以上に好奇心もあった。
幽霊なんて今まで見たことない。

「う」

そして、誰かが、いた。
暗い部屋の中、こちらを見るようにして、黒い影があった。

「だ、誰か、いる!」
「え!?」

私も慌てて飛びのいて、そのまま逃げ出そうとする。
しかしすぐ響いた笑い声に、動きを止めた。

「はは」

振り向くと、Aが家の中を覗き込んでいた。
そして馬鹿にしたように私とBを見下ろして、部屋の中を指す。

「馬鹿、鏡だよ。鏡。部屋の中に鏡がある。曇っててよく見えないから勘違いしたんだよ」
「嘘だろ」

Bがもう一度恐る恐る覗きこんで、そして同じように笑う。

「なんだ、本当だ」

そして私にも見てみろよと言うが、私はもう一度部屋の中を覗き込む勇気はなかった。
怯えて震えているDの手を引っ張って、ずかずかと歩きだす。

「もういいよ。行こう、帰ろう」
「………うん、そうしよう」

今までずっと黙ってたCも控えめにそう言って、私たちの後ろを追いかけてくる。
AとBはそんな私たちの態度がつまらなかったのか、なんだよ情けねえなと言いながらも追いかけてきた。
私はもうすっかりビビってしまったので、そのまま一目散に車に走った。
DとCも息を切らしながら一生懸命ついてきた。
急いで車の中に入り込む私とは裏腹に、AとBが中々来ない。

「あいつら、何してんのよ!」

私は苛々して、仕方なくドアを開いて二人を呼んだ。

「A!B!早く!」

二人は家にもう一度カメラを向けていた。
舌打ちしながらもう一度呼ぶと、自然に家に目が向いてしまう。
その時、二階の窓からこちらを見ている何者かの姿が見えた。
ゆらりと揺らめく、黒い影。

「に、二階!二階!誰かいる!」

悲鳴に近い声を上げて、私は車に入り込む。
Cがエンジンをかけて、ゆっくりとバックを始める。
そうしてようやく、AとBが車に入り込んできた。

「おい、置いてくなよ」
「お前らビビりすぎ」

へらへら笑っている二人に腹が立ったが、私は早くこの場から逃げたくて、Cに出してと頼んだ。
Cも黙って車を出す。
震えて私にしがみつくDに、私も同じように寄りそう。
ガタガタと震える体を、止めることは出来なかった。

「本当にビビりすぎ。二階に人とか、見間違いだろ。確かに人影みたいに見えたけどさ」
「家が暗いからそう見えたんだろ」

いつも気が強い私の怯えようが楽しかったのか、AとBが揃って馬鹿にしてくる。
それでもう我慢が出来なくなった。
黙っていようと思ったが、この馬鹿共に気を使うのも馬鹿馬鹿しい。

「デジカメの写真、見てみれば!」
「はあ?」
「最初の写真と、最後の写真!」
「何言ってんの、お前」

最初はやっぱり馬鹿にしていた二人だが、私が何度も言うのでAが渋々デジカメを覗いた。
10枚ほどの写真を次々と繰る。

「で、これが?」

そして気付かない馬鹿。
私は怒鳴るようにして言ってしまった。

「最初、雨戸閉まってたでしょ!全部!なんで開いてんのよ!」

そう、最初にここに来た時は、正面から見える木製の雨戸は全部閉まっていたはずなのだ。
それなのに、一周して帰ってくる時には開いていた。
そして、そこに人影のようなものが見えたのだ。
人影がたとえ見間違いでも、窓が開いていた理由にはならない。

「………」
「おい、A、ホントか………?」

黙ってもう一度デジカメを覗き込むAに、助手席にいたBが恐る恐る聞く。
Aはもう一度確認してから、一つ震えた。

「………最初、閉まってる」
「だ、誰か、本当に中にいたんじゃね?」
「ドアも封鎖されたあの家に!?」

苛々して思わず叫んでしまうと、でも、とかそんな、とかまだぐだぐだ言っている。
本当は皆を怖がらせるのはやめておこうと思ったが、言ってしまうことにした。

「………あんた達、鏡があったって言ったよね。どんなだった?」
「どんなって」
「だから、曇ってあまり見えなかったけど、鏡に映った俺の姿が……」
「多分、私も同じのが見えた」
「え」

家の中を覗き込んで、誰かがこちらを見ていた。
私はそれが鏡であるということは、一目でわかった。
けれど、それでは説明つかないことがあったのだ。

「私が見た鏡の中の人は、髪が短かった。男の人みたいだった」

私の髪は長い。
けれど、鏡に映った人物は髪が短く、がっしりとしていたようだった。

「もう、やだああ!」

Dが声をあげて泣き出して、私の腕にしがみつく。
狭い車内にはエンジン音とDが啜り泣く声が響く。

「………B何持ってんだ!?」

Cの声に、助手席を覗き込んでBの手を見ると、そこには古ぼけて汚れたライターを握っていた。
明らかに、Bの持ちモノではない。

「………いや、記念に、と思って」
「馬鹿じゃないの!戻してきなよ!」
「私戻りたくない!」

結局泣きわめくDが戻りたくないというので、明るくなってからAとBが戻しに行くという話になった。
私だってもうあそこには戻りたくない。
AとBは半信半疑のようだった。
最後まで何かの間違い、大したことない、なんて言っていた。

「早く返して、お祓いとか行った方がいいよ」

最後に別れた時、Cがそんなことを言ったけれど、二人はやっぱり少し馬鹿にしていたようだった。

二日後、Bが交通事故で死んだ。
お通夜やお葬式は実家の方でやるらしく、私たちはお香典を送ることぐらいしかできなかった。
集まった時に、Cがぼそっと、私にだけ話してくれた。

「………信じないかもしれないけど、俺さ、見たんだよね。あの家からずっと、Bの後ろに男の人がしがみついてるの。すげえ怖くて、でも言っても信じてもらえないかもしれないから、言えなくて………。言っておけばよかった………」

そしてその晩、Aから留守録が入っていた。
バイトで取れなかったが、随分取り乱しているようだった。

「ライターが家にあるんだよ!ライターが、ライターが!捨てても、家の中にあるんだよ!」

慌ててかけ直したが、一向に通じなかった。
そしてそれきり夏休みが明けても、Aとは連絡がとれなかった。
ご両親の連絡先なんて知らない、学校にも最近は個人情報とかでうるさくて何も聞けない。
ただ、Aの住んでいたアパートがひきはらわれていた、ということだけ聞いた。

そしてAが消える前に、Cに相談していたという写真をCから見せてもらった。
それはあの時に撮った写真だった。
あの時は何もなかったのに、皆で撮った写真はAとBがいたところが黒いマジックで塗りつぶされたように消えていた。
そして、私とCとDには何か白いもやのようなものがかかっている。

「お前も、お祓いとか行って来た方がいいよ」

そう言ったCはその一週間後に、「ライターがあった」というメールをよこしてから連絡が取れなくなった。
私はCの言葉に従って、私は何軒かの神社とお寺に行った。
そこであるお寺のお坊さんが時間がかかるかもしれない。
また明日も来てくれと言われた。
なんだか強い怨念がなんだかと言っていた。

さっき、Dからきたメールを見る勇気がない。
私は、間に合うのだろうか。






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