「で、でさ、もうすぐ雪下の誕生日だろ?プレゼント、何がいいかなって」

顔を赤らめてそわそわと相談してくるのは元カレ。
どこまで空気が読めないんだ、こいつ。
元カノに今カノの誕生日のプレゼントの相談なんてしてくるか、普通。
まあ、腫れものに触れるような扱いされても困るから、いいんだけどね。
友達付き合いは続けたいと思ってるし。

それでも、やっぱり複雑な気分。
あの頃の藤原君は、私のためにこんな顔をしてくれただろうか。
私が藤原君でいっぱいだった頃、藤原君はやっぱり美香のことでいっぱいだったのだろうか。

殴りたい。

「三田?」

それでも、私は信じきって期待に満ちた目で見上げてくる整った顔を見ると、呆れとと共に許してしまう。
彼は本当に血統書つきのわんこ。
人を信じきって、すり寄ってくる。
そんなところも、好きだった。
そして今も、そんなところが好ましい。
私はちょっとため息をつく。

「美香はああ見えて現実主義だから、サプライズとかより普通に何が欲しいって聞いて一緒に買い物とかいった方が喜ばれると思うよ」
「そうなのか?」
「まあ、サプライズでも喜ばれるだろうけど、いらないものを使い続けるほど控え目な性格でもないよ。ちゃんと使ったりしてくれるものをあげたいなら、一緒に行った方がいい」

美香はかわいくて儚くて美人で、守ってあげたくなるような血統書つき美少女。
けれど中身は中々竹を割ったようなはっきりとした性格だ。
そのギャップがいいんだよね、また。
見た目可愛くてさっぱりしているなんて最高。
見た目男らしくて、中身は腐ってぐちゃぐちゃしている私とは正反対。
ああ、本当に世の中の不公平を感じる。

「好きな男からのプレゼントならどんなものでも使っちゃうのは三田の方だな」
「うっさい黙れ野口」

隣で親友の悩みを聞いていた野口はいつものように薄い唇を歪めて笑っている。
こいつは笑ってる時が一番性格が悪そうだ。
藤原君は私と野口の話を聞いて、うんうんと頷く。

「そうだよな、雪下って結構しっかりしてるし、現実的だし、無駄遣いとかも嫌いだし。うん、そっか。わかった、じゃあ聞いてみる」
「はいはい、頑張って」
「ありがとう、三田!」

そんな風に無邪気に笑ってしまうから、私はあなたを嫌いになれない。
どこまでもどうしようもなく小憎たらしい男。

「野口もありがとうな!」
「感謝はもので示してくれ」
「ああ、今度何かおごるな!」

野口のムカつく発言でも彼は素直に受け止める。
やっぱり、憧れるなあ、この屈託のなさ。

「あの人、相変わらず空気読めないよね」
「まあ、藤原だし」

野口と一緒にひらひらと手をふって、広い背中を見送る。
しばらく、無言が落ちる。

「………ねえ」
「ん?」
「あんたってさ、藤原君のどこが好きだったの?」

野口の顔をみないまま、机に頬杖をついて何気なく聞く。
この眼鏡の男は、あの人が好きだった。
私と一緒で。
あの顔だけはいい、空気の読めない男のどこが、好きだったのだろう。

「優しいところ」
「へえ」

私と一緒だ。
彼の優しいところが、好きだった。
誰にでもわけ隔てなく、私みたいな野良犬にも優しい彼が、好きだった。
この野良猫も、その優しさにすがっていたのだろうか。

「人を無邪気に信じて、世界がいいものだと信じているところ」
「なんか、意外」

思わず隣を向くと、野口は相変わらず無表情だった。
小さく首を傾げて私を見下ろしてくる。

「そう?」
「もっとひねくれた答えが返ってくるかと思ってた」
「人を好きになる理由なんて、案外単純なものじゃないかな」

そうかもしれない。
なんてことない、たった一つの出来事で、恋におちてしまうのだ。
ただジュースをくれた、そんなことだけで好きになってしまう。
我ながら、安っぽい。

しかし意外だ。
この男がそういう人間的情緒を持ち合わせていたとは。
私と、同じなんて、なんか意外。
ちょっとだけむずむずする。

「結構あんたもまと」
「ああいう、いかにも善人な奴を裏切って人間不信になるぐらい突き落として、忌み嫌われて、それでも自分しか頼れないように仕向けたら、とか妄想すると快感です」
「……………」

平然と言い切られ、思わず黙り込んだ。
うん、そうだよね。
私が馬鹿だった。
むしろこっちの方が野口らしい。

「どうしたの?」
「………変態」
「まあ、変態よりかもしれないけど、表に出すか出さないかの差じゃないかな」

言いたいことは分かる気がする。
相手のすべての感情がほしいという、独占欲、だろうか。
相手が自分だけしか見ない。
それはきっと嬉しい。
でも、普通の人はちらりと思うぐらいでそこまで具体的なことは考えない。

「………いや、あんたと一緒にされても」
「割とみんな考えてると思うけどね」

割とはない。
考えるかもしれないけど、すぐに否定する。
そして絶対口には出さない。
口に出すから、こいつは変態なのだ。

またしばらく沈黙。
私は、ちょっと俯いて机をみながら、前から思っていたことを聞いてみた。

「あ、あのさ」
「うん?」
「私って、性格、よくないじゃん」
「うん」
「否定しろよ!!」
「したら信じる?」

言葉につまる。
信じられるわけがない。
こいつに三田は性格いいよ、とか言われても嘘くさくてしょうがない。
お世辞とも思えない。
何か企んでるとしか思えない。

「……まあ、藤原君と違って、素直でもないし、無邪気でもないし、根暗だし、口悪いし、性格悪いし、ガサツだし」
「うん」
「……そういうところ、嫌じゃないの?ムカムカしない?」

ちらりと視線だけ移して隣の男を盗み見る。
眼鏡を押さえて、冷たい男はちょっと首を傾げた。
そして真っ直ぐに真面目顔で言い放った。

「ムラムラします」

迷わず殴る。

「この変態が!」
「自分で聞いたんじゃん」

だからどうしてこの男は真面目な話ができないというかなんというか。
言動のすべてが変態くさいというかもう。
何を言ったらいいのかも分からないほど、本当の変態だ。

ああ、本当にもう、聞いた私が馬鹿だった。
怒りに黙り込む私に、顔を覗き込んでくる。
私は顔をそちらに向けないから分からないけど、たぶん野口は笑ってる。

「そういう女らしいところ、かわいいと思うよ」
「……………」
「嫌じゃない?と聞きながら、否定の言葉を期待しているところとかね。自分を卑下しておいて、そんなことないよ、三田はかわいいよ、って言われるのを待っているところとかかなり女らしくてかわいいと思う」

顔が熱くなる。
否定を期待していなかったとなったら、嘘になる。
否定してほしくて、言った言葉だと言われればその通りだろう。
それでいて、自分を好きだと言う男の好きだ、という言葉を待っていたのだ。
自分を肯定したくて。
自分は価値のある人間だと信じたくて。

確かにその通りだ。
だからといって、それはこうやって暴露していいものではない。
分かっていても流すのが人間関係だろう。

「お前って、ほんっとおおおおおおおおにムカつく!!!」
「俺は三田が好きだけどね。そういうイヤらしいところも、ガサツなところも、それを気にしている気の小さなところも、かわいいよ」

自分の浅ましさが恥ずかしくて、野口の無神経さがムカついて、顔が熱い。
それでも、それがかわいいという野口の言葉はたぶん嘘じゃないから、ちょっとだけほっとする。
そんな自分でもいいんだと、卑怯な自分でいいんだと思って少しだけ、本の少しだけ、安心する。
美香みたいに、実は男らしくてかっこいい性格をしてなくても、いじましく性格が悪くてもいいんだ、って思える。

「私はあんたが大嫌いだ!」

でも、それ以上の恥ずかしさと怒りで、野口に怒鳴りつけた。
野口はふっと息を洩らす。

「そういうところも、好きだよ」

そして、チェシャ猫のように、笑った。





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