「ねえ、千尋、あんたなんか欲しいもの、ある?」

それはもしかして、初めて聞いたことかもしれない。
今まで弟が欲しいものなんて気にしたことがない。
弟は私に与えるけれど、私は弟から奪うだけだった。

けれど、今ようやく、私は弟が欲しいものが気になったのだ。

「どうしたの、急に?」

弟は意外そうに、何度か目を瞬かせた。
長い睫が、顔に影を落とす。

「………あんた、その、もうすぐ、誕生日、でしょ」

両親が私達の誕生日を祝うことはない。
けれど毎年、弟は私を祝ってくれた。
私は、弟を祝うことはなかった。

今度は、弟を、祝いたい。
弟が生まれてきた日を、祝いたいのだ。

弟を始めて見た日を覚えている気がする。
それはしわくちゃでとても不細工だったけれど、小さくて壊れ物のようだった。
私の手をぎゅっとにぎる、おもちゃのような手が、温かかった。

「真衣ちゃん、誕生日プレゼントくれるの?」

だまって頷く。
弟の顔が輝く。
それはどこか作り物のような硬質の笑顔ではなく、私の前でだけ見せるこぼれるような笑顔。
その笑顔がみていられなくて、私はうつむいてしまう。
弟はそんな私の髪を取って軽く口付ける。

「俺の欲しいものは決まってるよ」
「何?」
「真衣ちゃん」
「…………」

恥ずかしいようなむずがゆいような、それでいてちょっと呆れてしまうような不思議な感覚。
弟の言葉はよどみなく、迷いない。

完璧で非の打ち所のない弟が、ただの馬鹿な歳相応の少年のようになる。
弟を崩すことができるのが、自分だということに、優越感を感じる。

「一日真衣ちゃん好き放題でどう?」

弟の整った顔が、無邪気な子供のようになる。

「朝起きたら真衣ちゃんが隣にいて、夜寝るときも真衣ちゃんが隣にいるの」

優秀で賢い弟の、どこか愚かな言葉。

「ずっとずっと俺の隣にいて、俺に沢山キスをして」
「………うん」
「一緒に料理を作って、一緒に食べよう。それで一緒にケーキを食べよう」
「………うん」
「それで一緒にお風呂に入って」
「………うん?」
「あ、料理を作るときは裸エプロンね」
「………は?」
「でもって食べる時は真衣ちゃんがあーんてして食べさせて」
「…………」
「夜は勿論一緒のベッドで、なんでも言うこと聞いてね。うわー、どうしようか。○○○とか×××とか、あ、△△△とかもしたいな」
「………ちひ、ろ……?」
「それで言ったら□□□□もいけるか。うわ、体力いるな。でも真衣ちゃんいつも消極的だし、★★★★とかもして欲しいんだけど」
「……………」

さりげなく身を引いて楽しそうに語る弟から離れる。
弟はそんな私を柔らかく絡めとる。

「ね、真衣ちゃん?誕生日プレゼント頂戴ね」

子供のように整った顔で無邪気に笑う弟。

優秀で完璧な弟。

誰からも、大人からも一目置かれる非の打ち所のない弟。

それをここまで崩してしまったのは、私なのだろうか。

弟が次々と見せる様々な顔に、私は戸惑いを隠せなかった。