「アイス食べて帰ろうか」 そう言ったのは三沢。 初夏の陽気は汗ばむほどで、涼を求めたくなる気持ちがよく分かる。 「お、いいねえ!俺ガリガリ君!」 「やっすい男」 「何を言う!お前はあのガリガリの男らしさが分からないのか!」 「私はスイカバー」 「安い女だな!」 「あんたこそあのうそ臭い赤色のよさが分からないの!」 いつものようにじゃれあう幼馴染をくすぐったく見守りながら、真ん中に挟まれた冬子は穏やかに笑っていた。 登下校中の寄り道と買い食い。 それも友達と一緒に。 それはささやかに憧れていた、冬子の学校生活。 「タッチーは何食べるの?」 「あ、えっと」 突然振られて、戸惑った。 アイスなんて、自分で買ったことがない。 二人が話していた専門用語もちんぷんかんぷんだった。 「その、アイスって、何があるのかしら……」 「あ、そっか、なるほどね」 「アイスも未知の体験かー。よし冬子!俺について来い!」 「と、冬子って、よ、呼ばないで頂戴!」 いつものようにふざけて名を呼ぶ春日に、冬子は真っ赤になって訴える。 けれどいつものように春日は聞く耳を持たない。 「よっし、岡田屋行こうぜ、岡田屋」 「おー、いいね、あそこアイスいっぱいだし」 小さく抗議する冬子を尻目に、息のあった幼馴染は話を進めていった。 「えっと、ここはどういうシステムなのかしら」 「システムっていわれてもなあ」 「ねえ、商品を選んであのおばちゃんに頼むだけ」 「そう、分かったわ。それならなんとかなりそう」 商店という言葉が似合う、古ぼけた店内。 通学路にあるこの店は、学生向けの安価なパンやらお菓子やらを売っていた。 システム的には冬子にも理解できそうだった。 しかし、小さな冷凍庫に入れられている沢山のアイスが冬子の判断力を鈍らせる。 「こ、これは何かしら?」 「おお、メロンアイスに目をつけるとはなかなかやるな」 「これは…?」 「きゃー6色アイス!まだあったんだー!」 バラエティ豊かなアイスの数々は、どれも未知のものだった。 目新しく、とても魅力的に映る。 一つ一つ聞いてるうちに、冬子はすっかり憔悴してしまった。 「一体、どれが、いいのかしら……」 途方にくれたような声でぽつりと漏らす。 基準が分からない冬子には、どれを選べばいいのかすら分からなかった。 「あー、そっか。冬子が食べるとしたらレストランで出てくるようなこう、高級感あふれるアイスだろうしなあ」 「その、こんな形状のアイスは、見たことがなくって」 「形状ときたか!さすがタッチー!」 幼馴染は納得したようにうんうんと頷きあう。 春日が冬子に向き合ってまっすぐに目線をあわす。 「よし、じゃあ冬子、シャーベット系とまったり系、どっちがいい?」 「と、冬子って呼ばないで。そうね、その、ま、まったり系かしら」 「おっけおっけー冬子。じゃあチャレンジしたい?無難に行きたい?」 「………初めてだから、無難に行きたいわ」 「そんな君に勧めるのはこのアイス!ミルクバーだ!」 「ミルクバー?」 「そ、そのまんまミルクのアイス。オーソドックスだけどうまいよ。アイスクリームどころかラクトアイスだからあんまりまったりはしてないけど。それに棒アイスとか珍しいだろ。楽しいじゃん。」 「そ、そうなの。じゃあ、それにするわ」 正直春日の言うことは半分も理解できない。 それでも冬子はミルクバーを手に取った。 「て、本当にそれでいい?」 どこか不安げに首をかしげる春日。 冬子は微笑んで頷いた。 「ええ、だって春日君が選んでくれたんでしょう。ならきっとこれが正解だわ」 「ぐ………」 「抱きつくなよ」 春日が行動する前に、三沢が首根っこを押さえつけた。 「んー、ガリガリ君はやっぱり男前だぜ!長年値上げしない、このソーダ味がしびれる!」 「スイカバーもおいしー。あたしこの種好きなんだよね、種」 「それは、本当にスイカで出来ているの?」 「そうそう、スイカを凍らせて出来てるの。凍らせるとね、スイカの種っておいしいのよ」 「そうなの!すごいわ!」 「でもってだな、凍らせたスイカは皮まで食べれるんだぜ!」 「すごい!」 「ほら、館乃蔵も食べないと溶けるぞ」 「あ、そ、そうね。」 慌てて冬子はミルクバーの袋を開けた。 「えっと」 「ほら、これはこっちの棒を持つんだよ」 「こ、こう?」 たどたどしい手つきで、恐る恐る棒を握る。 「ほら、みてないで食べろよ」 「どうやって…?」 「どうやってって、好きにだよ。舐めるなり齧るなり好きになさい」 ちょっと困ったように眉を寄せるが、陽気に溶け始めたアイスをみて、冬子は思い切ったようにミルクバーに口をつけた。 冷たく甘い、少し薄いミルクの味が舌の上に広がった。 「ん、おいしい!」 「えへへ、よかったよかった」 「やっぱり俺の目は確かだったな」 嬉しそうにする三沢と、満足気に頷く春日。 しかし冬子は初めて食べるチープなアイスの味に夢中だった。 アイスを食べることに慣れていない冬子は、舌を少しだして、キャンディを舐めるようにチロチロと舌を這わす。 ふと気付くと、春日がこちらをじっとみていた。 「春日君…?」 「へ、あ!」 「な、何か私、作法がおかしかったかしら?」 真剣な顔でこっちを見つめる春日に慌てて口を離す。 すると今度は春日が焦って手を振った。 「あ、いやいやおかしくないおかしくない続けて続けて」 「……そう……?」 そう言われて、冬子はもう一度アイスを舐め始める。 しかしやはりじっとみている春日に、再度動きを止めた。 「そんなにじっと見られていると、食べづらいわ」 「いやー、悪い悪い。あ、でもさ館乃蔵。そのまんまだと食べきる前に溶けちゃうぜ。思い切って口に含めよ」 「え、こ、こんな大きいのを?」 「ぐ…」 なぜか口元を押さえる春日。 「そ、それが作法なんだよ、作法。庶民のように大口開けようぜ!」 「で、でもはしたないわ……」 「そうだよな。やっぱりお嬢様は、俺達とは違うよな……」 「ち、違うわ!」 そこで春日が哀しそうな顔をするものだから、冬子は思い切ってまだ大きいアイスを口に含んだ。 「ん、ん、ふ」 慣れない冬子は、息が出来ずに鼻から抜けるような声を出す。 これであっているのかと春日のほうを見やると、自然とそれは上目遣いになった。 それに春日は感極まったような声を上げた。 「うっわあ……」 「ん!はっ……はあ、ん、駄目だわ。やっぱり大きくて、入りきらない」 「ぐは!」 アイスから顔を離した冬子の口元は、飲み込みきれなかったアイスで汚れていた。 突然奇妙な声を出してうつむく春日。 「か、春日君!?」 「た、館乃蔵、お願い。もっかいアイスを口に含んでディープスロー……」 「てめえは何前かがみになってんだよ!」 どすっと音がするほど鋭く重い正拳突きがどこか前かがみになっていた春日の腹に入った。 「て、てめえ、ゆっこ何しやがる!」 「てめえは何ナチュラルにセクハラかましてやがる!この歩く猥褻物が!」 「しょ、しょうがねえだろ!大根みても勃っちまう青少年なんだよ!」 「開き直ってんじゃないこの性犯罪者!」 何がなにやら分からない冬子は、アイスを持ったまま二人の争いを見守ることしか出来ない。 「あ、ね、ねえ?どうしたの、二人とも?」 「タッチーそのアイス噛んじまえ!」 「え、え?」 「いやああ!噛んじゃ駄目ー!!!」 「タッチー早く!」 「え、ええ」 春日の叫びも気になったが、三沢の鬼気迫る雰囲気に圧倒され、溶け始めて柔らかくなったアイスを少し齧り折る。 「いってええええええ!!!」 春日の悲痛な叫びが街中に響き渡った。 |