風が、温かかった。 空を見上げると、綺麗にたなびく雲。 夕日を反射し、オレンジに染まって本当に本当に綺麗だった。 息をいっぱいに吸い込む。 「どうしたんだ?」 隣から不思議そうに問う声が聞こえる。 顔を戻すと、ほぼ同じ高さの目線ででこちらを見ている黒い目があった。 俺は頬をゆるめると空を指刺す。 「いや、空が綺麗だな、と」 同じように空を見上げる。 「ああ、本当だ。俺、いっつも部活帰りで真っ暗だからあんま気づかなかった」 瞳を輝かせて無邪気に空を見上げるその横顔が愛おしかった。 胸が、痛くなる。 涙が出そうになった。 こんな瞬間に、いつも思い知らされる。 こいつが好きだ、と。 きっかけは些細なこと。 暑い夏の日。皆でふざけてホースで水浴び。 濡れたシャツで笑いながら顔をぬぐうこいつに、胸がつかれた。 棒立ちになって混乱する俺に、水を浴びせかけながら笑う姿に苦しくなった。 それが始まり。 想いは時が経つにつれて明確に、より深くなる。 同じ男。抱いてはいけない感情。 何度打ち消しても、消すことの出来ない衝動。 今ではなんでもない顔をして隣にいるのが、辛い。 それでも俺は、辛くても、一緒にいたい。 たとえ息が出来なくなるほど、苦しくても。 話の内容より、そのくるくると変わる表情を楽しみながら見ている。 昨日クリアしたばかりのゲームの話。 思いのほか暗いエンディングだったようだ。 「だからってさ、あそこで殺すことないと思わねえ?」 興奮して、顔が上気している。 俺は正直内容はどうでもよく、話を適当にあわせる。 「でも、その展開だったらしょうがないだろ」 「そうだけど、そうだけどさー!!あーすっきりしない!」 虚実の世界に、それほどまでに真剣になれるひたむきさがうらやましかった。 「じゃあ、お前だったらどうするの?」 「は?」 「お前だったら、その状況になったらどうするの?」 別に対して気にもなっていない問い。 けれど、お前はそうやって考え込む。 その表情が好きだと思う。 しばらくして顔を上げる。 「俺だったら……逃げる!」 「へ?」 「殺すくらいだったら逃げる!ぶっちぎりで逃げる!」 「……それじゃ駄目だろ。ヒロイン救えないだろ」 そう言うと、また困ったように眉を下げる。 「じゃ、うーん説得する!それで駄目だったらヒロイン連れて逃げる!」 「……すごい消極的なヒーローだな」 「いいんだよ!消極的で!だってさ、ゲームの中でぐらい、皆助けたいじゃん!俺、現実では全然ヘタレだし。空想の中でぐらい、誰も傷つけなくない!」 そうしてこちらを見て、笑う。 照れたように、目元を紅く染めて。 ああ、こいつが好きだと思い知る。 その言動が愛おしいと思う。 ずっと一緒にいたい、ずっと見ていたいと思う。 オレンジ色の夕日よりこいつが眩しく見えて、目を細めた。 気持ちを伝える気はない。 後少しで卒業。 そっから先はまったく別の道。 時間と共に、風化するだろう想い。 けれど今だけは、今だけはこいつの隣にいたい。 あと少しだけ。 少しだけ、この胸の痛みを大事にしていたい。 |