「うお、菊池?」
「え、橋本?」

人一人なんてすぐに紛れてしまいそうな雑踏の中。
声をあげるスーツ姿の男が2人。
懐かしい顔に、お互い口をあけて目を見開いた。



***




「いやー、お前かわってねーな」

そう言って、橋本は手にした中ナマを一気に煽る。
向かい合った菊池も同じくジョッキを片手に朗らかに笑う。

「お前も変わってねえよ。つーかスーツ似合わねえなあ…」
「うるせえよ。あ、でもお前生え際後退してない?」
「やめろ、そこには触れるな。お前も下っ腹やばいだろ」
「う、近頃重力に勝てないんだよなあ」

懐かしさとともに、2人は手近にあった飲み屋に足を運んだ。
多少の気まずさや息苦しさはあったものの、この偶然を、台無しにしたくはなかった。
呑み始めるとともに、学生時代に戻ったような、そんな気安さが生まれてくる。
暇をもてあまして、でも忙しくて焦っていて、勉強や親との関係、将来に悩んで。
いつまでも下らない馬鹿話していられた、あの頃。

想い出話や、仕事の話、近況を話し合ってそれなりに盛り上がる。
笑いあって、ふざけあった。
あの頃に戻ったように。

しかし、ふと橋本が真顔になった。

「あ、お前結婚したんだ」

菊池の左手の薬指に光るプラチナの指輪を橋本は指差す。
指輪をそっと右手で撫でて、菊池は静かに頷いた。

「……ああ、一昨年な」
「そっか……」

一瞬落ちる沈黙。
しかしすぐ後に、橋本はビールを一気に煽って、明るい声を出す。

「俺もそろそろかと思ってんだけど、やっぱ生活大変?」
「結婚なんてしなきゃよかったーって3日に1度は思うぜ。もう小遣い少ない少ない」
「うわ、タバコ代も節約とかの世界だよな。俺の彼女今からかなり節約家でさ」
「独身時代は気楽だった…」

しばらくそんなこんなで、結婚式の段取りについてや、その後の生活の苦労なんかを話す。
菊池の苦労話に、橋本はどんどん顔を青ざめさせ、そんな橋本を菊池は笑った。
変わらない距離に思えた。
馬鹿話ばかりしていたあの頃。
下らないことに、時間を費やしてばかりいた学生時代。

高校を卒業してから、全く会っていなかったことなんて忘れてしまったように。

酒が回ってきた二人の話は、どんどんきわどい方向に流れていく。
自虐的に高校時代のことを笑い飛ばす。

「ほんっと、あの時正しい道戻ってこれてよかったよな」
「ほんとほんと、俺あの時のことはぜってーかみさんには言えないよ」
「即離婚だろ!あなた、あの男とどういう関係よ!」
「い、いや、あいつとはその、ただの仕事仲間で…」
「ありえない!」
「こえー!」

お互い、自分達が子供ではなくなったことを感じていた。
そんな風にあの頃を笑い飛ばせるぐらいに。
口の中に残る苦味を、ビールのせいにして。

胸の痛みなんて、酒で誤魔化し通せるぐらいに、大人になったことを。



***




「じゃあな、今日は楽しかったわ」
「ああ、俺も」

軽く手を振る橋本に、菊池も手をあげて答える。
歓楽街の夜はまだまだ明るく、辺りも人で覆い尽くされている。
別れをつげたものの、どちらからも去ろうとせず立ち尽くす。
なんとなく目をふせ、向かい合う。

「今度、鈴木とかも声かけてみるか」
「お、いいな。同窓会とか」
「菊池幹事やれよ」
「お前面倒くさいんだろ」
「ばれたか」

そんな他愛のないことをぽつりぽつりと話して、笑いあう。
なぜ、立ち去りがたいのかお互い、分からない。
まだ話したりような、もう、話しつくしたような、そんな複雑な気持ちを幹事ながら、2人は話し続ける。
会話が途切れるのを恐れるように。

「……じゃあ、また今度な」
「ああ、今度な」

お互い、携帯の番号も聞いていない。
今度なんて、不確かなものは分からない。
大人の社交辞令。
暗黙の了解。

橋本が、先に背をむけた。
菊池はただその背を黙って見つめる。
10歩ほど歩いて、不意に橋本が振り返った。

「菊池、幸せになれよ!浮気すんじゃねーぞ」

それは、いつも近くにあった、懐かしい笑顔。
菊池は一瞬呆気にとられたように目を見開いた。
けれど、すぐに笑い返すと手をメガホンのように丸めて叫ぶ。

「お前もな!逃げられんなよ!」

2人でその場で大笑いして、今度こそ2人は背を向けた。
またいつか会うこともあるかもしれない。

けれど、そのときもまた笑って会えることを信じて。





もしくはこんな…


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