「あ…雪だ…」 ふわりと、目の前に落ちてきた白いもの。 立ち止まり見上げると、ふわりふわりと灰色の空から零れ落ちてくる。 雪粒は小さくて、みぞれ交じりだ。 つもることはないだろう。 それでも、あまりこの街では見ることのない雪に、忘れていたものが鋭さを伴って胸を突き刺す。 いや、忘れようとしていた、感情が。 「………」 思わずこぼれそうになる涙を、瞼を閉じてやり過ごす。 もう何年もたったのに、それでもいまだにこの胸に鮮やかに蘇り、空虚感と痛みを伴なって、私を突き刺す。 ごめんね、まだ泣いてしまう。 まだ想い出になんかできない。 まだ大好きだよ。 忘れることなんて、できないよ。 きっと怒るんだろうな。 軽く拳で頭を殴って、偉そうに顎をあげて。 それなのに、耳を赤くしてそっぽを向いて。 『ばーか!泣き虫鈴鹿!』 年下のくせに怖くて、乱暴で、偉そうで。 でも強くて、しっかりもので、頼りになって。 それで、優しくて。 ごめんね、あんなに言っていたのに、それでも私は忘れることなんて出来ない。 小さな出来事の一つ一つにあなたを探してしまう。 折りにふれて思い出して、その度いまだに涙を流す。 でも、あなたが悪いんだよ。 置いてっちゃうんだもん。 私を置いていっちゃうんだもん。 だから、私は悪くないよ。 そうでしょ。 いつだって探してくれるって言った。 迷子になったら見つけてくれるって言った。 ずっとずっと、手をつないでいってくれるって言った。 それなのに、いなくなったのはそっち。 約束をやぶったのはそっち。 だから私が約束を破って泣くのは、私のせいじゃない。 私には探せないよ。 いつも言っていたじゃない。 私は間抜けで、馬鹿なんだよ。 だから私には探しきれないよ。 それなのに、なんでいなくなってるの。 ずっと私を見ていてよ。 私を探してよ。 隣にいてよ。 泣くななんて言ったって、忘れろなんて言ったって。 できはずがないでしょ。 いつも肝心なところで、抜けてるんだから。 しっかりしていて、頼りになって優しくて。 それなのに、大事なところでなんでそんなに間抜けなのかなあ。 みぞれ交じりの湿った雪がコートに積もる。 冷たい風が頬にあたって、私は涙を流しているのに気付いた。 忘れられないよ。 泣いてしまうよ。 一緒に雪の中で手をつないだ。。 一緒に夏の日に並んで歩いた。 一緒にずっといようって、誓った。 ねえ、約束やぶって、泣いてるよ私。 ずっとずっと泣いてるよ。 私を叱ってよ。 拳骨で殴ってよ。 慰めてよ。 見つけてよ。 抱きしめてよ。 こんな日は、やっぱりそんな風に思っちゃうよ。 ごめんね、ごめん。 本当にごめんね。 いつまでも、馬鹿でごめんね。 いつまでも頼っちゃって、ごめんね。 笑えるようにはなったよ。 ご飯もいっぱい食べてる。 友達もいて、なんかちょっぴりいい感じの人も出来たよ。 でもまだもうちょっと。 あなたのことだけ考えていたいよ。 それでいいかな。 ごめんね。 約束破って、ごめんね。 大好きだよ。 ずっとずっと、大好きだから。 『…ばーか』 灰色の雲の下、呆れたようなそんな声が聞こえた気がした。 |