一兄が、見たこともないような超笑顔で言った。 「喜べ三薙!お前の体が、一人でも力が生み出せるようになったぞ!」 いつも冷静な長兄らしくないものすっごい高いテンションに若干体が引いてしまう。 なんのことだか分からず俺は首を傾げる。 「え、は?」 「これでお前は自由に羽ばたいていけるんだ!」 「え、ちょ、え、どういうこと?え、一兄キャラ違くね?だ、誰?」 羽ばたく、とかそんな語彙を一兄の口から聞いたことがない。 しかし引いてる俺に関係なく一兄が肩を抱いて、朗らかに笑う。 「はははは!お兄ちゃんは嬉しいぞ!お前はいつも頑張ってたもんな!嬉しいか!嬉しいよな!」 「え、うん、え、いや、嬉しいけど。え、でも、え、なんで突然」 「なんかいい感じにそうなった!細かいことは気にするな!」 「いや、するでしょ!ていうかやっぱりキャラ違うよ!」 「お前は繊細だな!」 ばんばんと肩をたたく兄は、いつもの兄ではない。 俺が繊細とかでなくて、一兄がおかしい。 これは誰だ。 一兄は大好きなのだが、体が引いてしまう。 けれど引き寄せられて頭をぐしゃぐしゃとかきみだされる。 「まあ、いいじゃないか。今までよく頑張ったな。これでお前はもう、苦しまなくていいんだ」 「う、うん………」 「いい子だ」 どう考えても一兄がおかしいけれど、優しい笑顔で頭を撫でられるとやっぱり何も言えなくなってしまう。 結局俺はどんな一兄であろうと、一兄であれば嬉しくなってしまうのだろう。 「兄さん」 「え、うわ、四天、いたの!?」 ぐいっと後ろから腕が引っ張られ、一兄から引きはがされる。 驚いて後ろを見ると、そこには末弟の姿があった。 天は殊勝な顔で、俯きながら俺を上目遣いで見てくる。 そして思いがけない言葉を口にした。 「ごめんね、兄さん、今まで………」 「え、は?え、何?」 「俺、反抗期で素直になれなくて………。兄さんにひどいことばっかり言って」 「どうしたの!?なんかお前もキャラ違うよな!?」 あまりにもいつもとキャラが違いすぎて逆に不安になる。 こんな大人しげな態度の天なんて、悪いものでも食ったのかと思ってしまう。 けれど天は俺の言葉にしゅんとしたようにうつむく。 「兄さんがそう思うのは、当然だよ…。でも、本当はずっと兄さんに謝りたいと思っていたんだ」 「………」 どうしたんだろう、何を企んでいるのだろう。 こんなの天じゃない。 「今まで、ありがとう。兄さんのこと、俺尊敬してるから」 「う、嘘だ」 「嘘じゃない。やっぱり、俺のこと、怒ってるよね」 俺が思わず首を横にふって一歩体をひくと、天が哀しそうに顔をくしゃりと歪む。 するとなんだか胸がちくちくと痛んだ。 「いや、怒ってるか怒ってないかで言われれば割と怒ってたけど、でも………」 「………やっぱり怒ってるよね。ごめん、俺のこと、殴っていいから!」 そう言って俺の手をぎゅっと握る天の手は、温かい。 まるで小さい頃、手をつないでいたころのように。 一瞬ほだされそうになって、首を思い切り横に振る。 「い、いやいやいやいや。殴らないけどさ」 いや、ちょっと殴りたいとは思うけれど。 「殴ってくれ!兄さんの気が済むまで!」 「いや、殴らないけどね!?分かった、分かったから!」 誰だよ、この熱血男子は。 俺が手を丁寧にほどいて、頷くと、天がほっとしたように首を傾げる。 「………俺のこと、許してくれる?」 「う、うん、分かった」 「ありがとう!やっぱり兄さんは優しいね」 そしていきなり抱きつかれた。 やっぱりおかしい。 俺の弟がこんなに可愛いわけがない。 「兄さん、これからもずっと、俺に兄さんでいてくれる?」 「そ、それは、当たり前だろ」 「ありがとう!」 そしてにっこりと笑う天は、やっぱり天使のように可愛らしい。 こんな風にいつでもしてくれれば、俺だってあんな態度取らなくて済むのに。 でもこれはどう考えても四天ではない。 それはそれで、気持ちが悪い。 「三薙、よかったな」 なんて考えていると後ろから肩をぽんと叩かれた。 後ろを振り向くと、そこには次兄の姿。 「そ、双兄。これなに、なんでこんなことに、どうしたのみんな」 「お前が今まで頑張ってきたからだよ。それがようやく実ったんだ」 「え、えー?」 なんだろう、嬉しいけれどどうしたらいいのか分からない。 絶対何かがおかしい。 けれど双兄は、いつになく優しい笑顔で、俺の頭をくしゃくしゃと掻きまわす。 「細かいことは気にするな。俺も、お前はよく頑張ってたと思うぜ」 「う、うん、ありがと。で、でも」 それでも言い募ろうとすると、双兄はそれを制して小さく笑って後ろを指さした。 「ほら、あっちで待ってるぜ」 「え」 指さされた先を見て、心臓が大きく跳ね上がる。 体温が一気に上昇する。 「お、岡野!」 慌てて兄弟達から離れて、すらりとした女の子の元へ駆け寄る。 岡野は俺の顔を認めて、不敵に笑った。 「宮守」 「お、岡野、ど、どうしたの、な、なんで」 岡野は俺の唇に指を立てて、にっと笑う。 猫のような吊り目が悪戯っぽくきらめく。 「よかったね。体のことも、弟君のことも、全部解決でしょ?」 「え、うん」 あれ、岡野って、俺の体のこと、知ってたっけ。 俺、言ったっけ。 言ってないと思うけど。 「あんた、頑張ってたから。私、知ってるよ」 「………岡野」 でもそんなこと、優しく笑う岡野に、何もかも吹っ飛んでしまう。 心臓がドクドクと煩くなっている。 心が浮き立って、涙が出そうになってくる。 なんだろう、この感情は。 「ま、ぐじぐじ泣くのは、少し控えろよ」 「う、うん………」 うるんだ瞳がばれたのか、岡野が困ったように笑う。 こんなに笑ってくれる岡野、今まで見たことない。 苦しい。 息が出来ない。 「宮守」 「う、うん」 「あんた、うじうじしてるし、へたれだし、時々殴りたくなるけど」 「う、うん………」 そうだけどさ。 分かってるけどさ。 沈みこんだところで、岡野がちょっと目を伏せる。 「でもね、そんなあんたが、私は………」 顔を心なしか赤く染めて、俯く。 いつになく、頼りない仕草。 心臓が、痛い。 「………お、岡野」 「私は………」 こ、これは、そういう展開なのか。 どうなのか。 で、でも。 「殴りたいと思ってた!」 「ええ!?」 岡野が指輪がごつごつした手を大きく振りかぶる。 思わず体を竦めて目を瞑る。 「うわ!」 風を切る音がして、衝撃に備える。 ジリリジリリ。 煩い電子音が鳴り響いてる。 それで目を明けると、そこには岡野の姿はない。 見慣れた自室の天井が見える。 「ゆ、夢か………」 すぐに気付いて、うるさくなっている心臓を抑える。 そうだよな、そうに違いない。 「よかった……」 のか、悪かったのか。 どっちだろう。 |