リンゴーンリンゴーン。

どっからか鐘が鳴り響いている。

「え、何これ、は?」

なんだか体が重い。
動きづらい。
気がつくと、私は白いびらびらとした総レースの衣装に身を包み、重い花を持っている。
顔にもレースが被っていて、前がよく見えない。

「おめでとう!」
「おめでとう!」

そんな声が私に向かって投げかけれている。
おめでとうってなに。
誕生日はすでにおめでたくないし、正月なんて数えたくない。
何一つ私の人生におめでたいことなんてない。
私の頭がおめでたいって言ってるのかしら。
鼻から手をつっこんで奥歯ガタガタ言わすわよ、このやろう。

「セツコ、大丈夫?」
「は、え?」

すぐ近くから声が聞こえて、顔をあげる。
するとそこには背の高い男性がいた。
顔はレースのせいでよく見えない。

「緊張してる?大丈夫、任せて」
「え?」

任せて、なんて言葉久々に聞いたわ。
この年になると男に何かやってもらうってのも鬱陶しい。
笑顔で物頼めばいいんだけど、何かやるたびに褒めて褒めてって顔で見る男が心底うざい。
それぐらいだったら自分がやるわって気分になる。
それがいけないってのは分かってるんだけど。

「で、それはいいとして、この状況は何」
「どうしたの?結婚式、やっぱり緊張する?」
「はあ!?」

言われて辺りを見渡すと、ようやく気付く。
私達は教会のようなところの階段の上に立っていた。
下には私たちを見上げて、拍手して微笑んでいる友人や上司達。
そうか、これは結婚式と言うことか。
このレースのずらずらは、ウェディングドレスか。

「………あー、夢か」
「セツコ?」

これが現実だと信じられないほどの自分が哀しいわ。
まあ、でもどう考えても夢よね。
夢以外の何もでもないわ。
ていうか隣に立っているの誰よ。
まあ、夢なら夢で、楽しむかな。
せめて旦那の顔で見ておくか。
でも余計にむなしそうな気持ちになりそうな気もするわ。

「………」
「セツコ?」
「………あんた誰?」

まあ、一応聞いておくか。
正夢ってことがないこともないかもしれないし。
ないだろうけど。
分かってるわよ。
どうせ人生そんなものよ。

「何を言ってるんだ、ほら、忘れたのか?」

聞いたことがあるようなないような。
現実世界の誰かかしら。
現実ってどっちの現実かしらね。
下にいるのは元の世界の奴らばっかりみたいだけど。
隣にいるのは元の世界とは限らないわけよね。
あ、もしかして私の願望なのかしら。
私が結婚したいと思ってる相手、とか。

「………アルノ?」

隣に立っている男が、小さく笑う。
そして私のベールをゆっくりと捲ろうとする。

「………」

ごくりと、唾を飲む。
やだ、ちょっと緊張するわ。

「君の旦那様、だよ」



***




そしてベールが捲られると、そこにはノーラがあった。
体がギシギシと痛い。
辺りを見渡すと、私はソファで座り込んで寝ていたようだ。
煤けて汚れた石造りの壁が見える。

「………あー、ですよねー」

ま、お約束っちゃお約束だ。
今更哀しいもムカツクもどんな感情も沸かないわ。

「セツコ、またベッドで寝ないで!何してるの!」
「………はあ」

ノーラがおかんのごとく怒りをあらわにしてる。
いつもだったら少しはありがたいと思うが、今は疲れしか浮かばなくてため息をついてしまう。
するとノーラが眉を潜める。

「何、人の顔を見てため息ついてるの」
「………ううん、ごめん」

ノーラは、まあ何も悪くない。
この期に及んでこんな夢を見る私が悪いのよ。

「ま、分かってるわよ。分かり切ってるわよ」
「セツコ?」

そこで、カチャリと音を立ててドアが開いた。
そして顔を出すのは金髪の悪魔。

「セツコ、起きましたか?」

朗らかに笑う悪魔の顔を見て、なんだかイラっとした。
まあ、こいつの顔はいつ見てもイラつくんだけど。
そこにあった木製のグラスを思い切り投げつける。

「でも絶対あんたのせいだ!」

ひょいとそれをよけて、悪魔が困ったように笑う。

「あなたの夢は私が見せた訳じゃないですよ」
「なんで知ってるのよ!絶対あんただろう!」
「朝から元気ですねえ」

そして全身に走る電気の感覚。
その痛みに私はまたソファに突っ伏した。

「………はあ」
「あれ、怒らないんですか?」

残念そうな悪魔の声にも、ただただ、むなしさしか感じない。
こんな私に誰がした。




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