「ダシダって、なかなかの万能調味料だよな!」 今日の夕飯はスンドゥブ。 韓国料理はあまり作ったことがないが、市販のダシダを使っただけであら不思議、プロの味の仕上がりだ。 ダシダのコクが、あつあつな豆腐によく絡み、深い味わいを見せている。 韓国料理と白菜はどうしてこう相性がいいんだろうな。 噛むとじゅわりと汁が染み出す少し辛めの白菜は絶品だ。 辛さが苦手な子供舌なやつらがいるため辛さ控えめで残念だが、鍋料理は心と胃を温めてくれる。 「最近の調味料はセンレンされすぎてて、料理の腕なんていらないかもしれないな。調味料を作る会社の人には感謝しかない」 すべての家庭料理人の強い味方だ。 昔はこんな簡単にはいかなかっただろう。 といっても、俺は最近の調味料しか知らないけどな。 「あー、うん。そうだね。すごいおいしい」 四天サンがどうでもよさそうに適当に返事をする。 心がこもっていないな。 これがどれだけすごいことか、この男にはわかっていないのだろう。 物の価値が分からない男だ。 「志藤さんはわかるよな!」 「はい、私のようなものでもおいしくご飯が作れますから、最近の調味料はすごいですね」 「だよな!」 やっぱり、志藤さんは物の価値が分かる男だ。 出来る男だ。 「縁、付き合わなくてもいいんだぞ…」 水垣がぼそりと俺の隣でつぶやく。 こいつもまた、物の価値が分からない男だ。 調味料の無限の可能性に気付かないとは。 「ウェ〇パーはもはや基本として、野菜にマジッ〇ソルトをかければそれだけで立派な一品だ。めんつゆさえあれば和食は勝ったも同然だ」 めんつゆを馬鹿にする風習があるが、それこそ馬鹿げている。 食品会社の皆さんが研鑽を重ねて作り上げた逸品。 時短もできるし、アレンジ次第でなんだってできる。 まさに万能の名にふさわしい。 もちろん丁寧に出汁をとった料理はそれはそれで至高の味。 時と場合で作り分ければいいのだ。 調味料は手抜きなどではない。 新たな可能性なのだ。 料理にタブーなどない。 料理はすべてを包み込む。 「語り始めたな…」 「えっと、朝日さんは、料理がお好きですから」 「料理が関わるとテンションが段違いだよねえ」 外野がうるさい。 まったく、これだから世界の真理をしらない奴らは困る。 「もっとほかの万能調味料も使ってみたいな。他にどんなものがあるだろう」 ハ〇ミーはまだ使ったことがないんだよな。 味噌汁に入れるとうまいという噂だ。 一回試してみるのもいいかもしれない。 そういえば、子供舌のやつらのせいで、辛さは攻めたことがなかった。 サド〇デスソースなどはどうなのだろう。 俺の舌で太刀打ちができる辛さなのだろうか。 いや、分かりあって見せる。 辛みだって、立派な味覚の一つ。 それからそれから。 「あ」 そこでふと思い出す。 俺の声に、水垣が首をかしげてこちらをのぞき込む。 「ん?」 「あった、万能調味料」 そのすべてが、脳みそが蕩けそうになるほどの最高級の美味、甘露。 「お前の体液入れたらなんでもうまくなるんじゃね?」 「やめろ!」 水垣がガタガタと音をたてて、椅子ごと俺から遠ざかる。 相変わらず大げさな反応を示すやつだ。 隣を向いて、素直に頭を下げてみる。 「ちょっとだけでいいから」 「寄るな!」 「痛くしないから」 「あっちいけ!」 「唾液でいいから」 水垣がとうとう立ち上がって、四天サンの後ろに隠れた。 四天サンがため息をついて、肩をすくめる。 「朝日、司狼が本気で怯えてるからやめてあげて」 「だって」 「あと、それ、俺は絶対食べたくない」 いつもふざけている口調が、少しだけ強くなる。 これは、本気の声だな。 「……唾液はダメか」 「普通に考えて衛生的にもアウトでしょ」 「血ならどうだ。ドイツには血を詰めたソーセージがあるらしいし」 「俺は日本人だから。ていうか腸詰するほど司狼から血を抜く気なの?」 「じゃあ」 「全てなしだ!やめろ!」 四天サンの後ろから水垣が顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。 少しくらいいいと思うんだけどな。 「朝日さん、それはさすがに料理に入れるには適さないかと」 志藤さんも今回は反対派に回ってしまう。 絶対、おいしいと思うんだけどなあ。 ああ、でも、水垣の体液がおいしく感じるのって俺だけなんだっけ。 それは確かに嫌かもしれない。 俺だって四天サンの体液が入った料理なんて食べたくないな。 「そうか。じゃあ、みんなの料理に入れるのは諦める」 「全部諦めろ!」 ガードが堅い。 今回は仕方ないから諦めるとするか。 「じゃあ、サ〇ンデスソースにするか…」 今回は第二候補としておこう。 そう決めたのに、また四天サンが水を差す。 「朝日、勉強熱心なのはいいけど、俺の口に合うのにしてね」 「あんたの口に合うものなんて、ショッピングモールのフードコートぐらいの選択肢しかねーじゃーねーか」 「今どきのフードコートはバリエーション豊かだから沢山だね」 「確かに店も多いし味も良いものが多い!けれど、チェーン店が多いからバリエーションは少ない!」 「ま、家主とスポンサーの意向に沿うように頑張って。俺がいない時ならいいけど」 相変わらず、なんて勝手な男だ。 辛いの酸っぱいの苦いの全てが苦手な子供舌。 こいつのせいでどれだけ料理の幅が狭められているか。 まあ、そんなこいつにうまいと言わせるのが快感でもあるのだが。 しかし、いくらなんでも好き嫌いが多すぎる。 育ちがいい人間って、好き嫌いが少ないイメージがあった。 「四天サン、実家がいい家なんだろ?そんな好き嫌いだらけで怒られなかったの?」 四天サンは水垣をなだめて席に戻しながら肩をすくめる。 「確かに怒られたね。ただ、代わりに食べてくれる人がいたから」 「志藤さん?」 「今は志藤に食べてもらうね」 志藤さんも不憫な人だ。 こんなわがままな暴君に付き合わなきゃいけないとは。 「昔は誰に食べてもらったんだ?」 四天サンは俺をちらりと横目で見て、唇をゆがめて笑った。 「お兄ちゃんに食べてもらってた」 そして、大好きなハンバーグの中に大嫌いなピーマンが入っていたというような顔をして、子供っぽいことを言った。 |