「一矢お兄ちゃん」 ノックされ扉を開くと、そこには小さな影が二つあった。 末弟の手を引いた真ん中の弟が、一矢の姿を見上げて嬉しそうに微笑む。 「どうしたんだ、三薙、四天」 一矢は部屋に訪れた弟たちに目を細め、覗き込むようにして優しい声で聞く。 「あのね、一矢お兄ちゃん、今、暇?暇だったら、遊ぼう?」 「あそぼ」 甲高く優しい子供の声は、くすぐったく耳に響く。 大好きな長兄に遊んでほしいという期待と、断られるかもという不安をないまぜにした表情に、一矢はつい苦笑してしまう。 それからしゃがみこんで、二人の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「そうだな。今なら大丈夫だ。何して遊ぶ?」 「ほんと!えっとね、えっと」 一瞬にして顔を輝かせた三薙は、長兄としたい遊びに思いめぐらせうんうんと唸る。 そこではっと気づいて、隣にいた弟に顔を向けた。 「四天は、何がいい?」 「えっと、うーんと、かくれんぼ!」 四天は少し考えた後、にこりと笑って素朴な遊びを口にした。 それを聞いて一つ頷くと、三薙は一矢に向きなおす。 「じゃあ、かくれんぼ!かくれんぼしよ、一矢お兄ちゃん」 「ああ、分かった」 一矢は幼いやりとりにくすくすと笑いながら、もう一度頭をくしゃくしゃと撫でる。 それからふと首を傾げる。 下の弟二人は、いつもまずは自分のところに来る前に、次兄のもとへ行くはずだ。 「そういえば、双馬はいるのか?」 一矢の言葉に、三薙と四天は顔を見合わせる。 「双馬お兄ちゃん、あっちいけって言った」 「いった」 追い払われたらしく哀しそうな顔をする三薙に、一矢は肩を竦める。 「まったく、あいつは」 ひとつため息をついて、立ち上がる。 二人に手を差し伸べると、三薙と四天は嬉しそうに、一矢の大きな手に飛びついた。 「よし、じゃあ、双馬もいれて、皆で遊ぼう」 「でも、双馬お兄ちゃん、忙しいって」 「大丈夫だ」 「でも」 「双馬もいたほうが楽しいだろう?」 「うん!」 「うん」 虐げられても虐げられても次兄が好きらしい三薙と四天の言葉に、一矢はまた目を細める。 それから二人の弟の手を引いて、双馬の部屋を訪れた。 「双馬」 「げ」 ノックをして開くと、双馬はあからさまに顔を顰める。 一矢はそんな弟の反応に、意地悪そうに顔をゆがめる。 「何が、げ、だ」 「………俺今、ゲームしてるんだけど」 双馬のささやかな抵抗に、一矢はにっこりと笑う。 「そうか。ほら、かくれんぼするぞ」 「………くそ」 一切の反対を許さない一矢の態度に、双馬はそっぽをむいて小さく吐き捨てた。 一矢はにこにこと笑いながら首を傾げる。 「なんか言ったか?」 「いいえ、なーんにも」 「そうか、よかった」 「………」 それから居間まで訪れ、簡単なルールを決める。 取り決めが決まると、一矢が号令をかける。 「じゃあ、俺が鬼をしよう。ほら、みんな隠れろ」 手をつないだ三薙と四天は、嬉しそうにくすくすと笑いながら頷く。 「うん!」 「三薙おにいちゃん、いこう」 「うん。僕についてきてね」 「うん!」 そのまま、三薙は四天と手をつなぎ、居間から出ていく。 面倒そうな顔をしていた双馬も、いざとなると真剣な顔になる。 「ぜってー、見つからないからな!」 「期待してる」 そんな弟たちの姿を見て、一矢は優しく微笑んだ。 「よく寝てるな」 かくれんぼや鬼ごっこをした後は、遊び疲れて下の弟二人は眠り込んでしまった。 手をつないだまま畳に転がる二人に、一矢が毛布をかける。 まったく邪気のないあどけない寝顔は、安心しきっていて、満足げだ。 「………四天には、いつ言うんだ」 二人の寝顔を見ていた一矢に、後ろにいた双馬がぼそりと質問する。 一矢は寝ている二人の頬をそっと撫でながら、冷静な声で答える。 「それは、先宮がお決めになるだろう。だが、そろそろ仕事に出すと言っていたから、近いうちだろうな」 その言葉に、双馬がくしゃりと顔を歪める。 「言わなきゃ、駄目、なんだよな」 「四天は、才能がある。先宮の候補にもなる。早いうちの方がいいだろう」 一矢は特に表情を動かすことなく、双馬に向き直る。 双馬は唇を噛みしめ、小さく唸る。 「………こんな、三薙のこと、好きなのに。俺たちは、いいよ。俺たちは、最初から、そういう、目で、見てるんだから。最初から、覚悟が、きまってる」 ぎゅっと拳を握りしめ、泣きそうな顔で眠る弟たちの顔を見つめる。 「でも、四天は、違う。大好きな、お兄ちゃんだ。今更、受け入れられる、わけ、ない」 途切れ途切れの、涙声は、悲痛な色を帯びている。 だが一矢は、やはり表情を動かすことなく頷く。 「そうだな。傷つくだろう」 「だったら!」 一矢は双馬を見て、優しく微笑む。 その笑顔を見て憤っていた双馬は、言葉を飲み込む。 「お前も気にかけてやってくれ。四天が、いずれ、立ち直り、受け入れられるように」 「………っ」 双馬が息を飲み、あえぐように呼吸する。 それから、耐えきれなくなったように、叫ぶ。 「兄貴は、大丈夫なのかよ!こんなの、残酷だ!」 「静かに、二人が起きる」 「あ………」 一矢は指を一本立てて、激するすぐ下の弟を制する。 慌てて手に口をあてて、双馬は言葉をつぐむ。 「お前は優しい」 一矢は立ち上がり、双馬に近づくと柔らかい髪をくしゃくしゃと撫でる。 触れられて一瞬びくりと震えるが、双馬は涙の浮かぶ目でただ兄を見つめる。 「辛くなったら言え。俺じゃなくても、熊沢でもいい。逃げ出してもいい。お前は、そんなに、苦しむ必要はない」 「………でもっ」 なおもいいつのる弟に、一矢は苦笑する。 顔を真っ赤にして、ついに涙をこぼす双馬に優しく微笑む。 「もう部屋に戻れ。そんな顔だと、二人が起きたら心配する」 「………」 双馬は目を真っ赤にして、涙を浮かべ、喉を震わせる。 「兄貴は………」 「ん?」 「………」 しばらくじっと兄の顔を見つめていた双馬は、けれど首を横にふる。 そして、畳を見つめるように俯く。 「なんでも、ない」 「そうか。夕飯まで、少し休め」 「………うん」 双馬は、細い体を引きずるようにして、部屋を出ていく。 その姿を見送り、一矢は、部屋で寝ている弟たちに目を向ける。 「………残酷、か」 その場に座り、寝息を立てて穏やかに眠る三薙と四天の頭を撫でる。 「それは、何に、そして、誰に対して、だろうな」 そして、静かな顔で声で言う。 眠る二人の弟以外、誰も、それを聞く人間はいなかった。 |