「お前、いったいあいつのどこがいいんだ」

教室移動のために廊下を歩いていると、ぼそりと瑞樹が言った。
あいつ、とは俺の新しい飼い主のことだろう。
いつもは逆に触れないようにしてるのだが、たまにこうやって聞いてくる。
そのたびに瑞樹が不機嫌になるので、少し怖い。
瑞樹から嫌われるなかったことに安心したが、やっぱり基本的に柳瀬は嫌いらしい。
一時的には、一緒にいることを許してはくれているようだが。

「………どこ、と言われても」
「あいつ絶対性格悪いだろ、性根腐ってんだろ、ドSだろ。暴力的だし、しかも、絶対あいつ女めっちゃ食ってんぞ、遊んでんぞ、ヤリチンだぞ」
「………」

思わず瑞樹の顔をじっと見てしまう。
その表現の数々は、誰かにも当てはまる気がする。
いや、瑞樹はとても優しいし、性格も素晴らしいし、性根が腐っていることはまったくない。

「なんだよ」

瑞樹は俺の視線を感じたのか、じろりとこちらを睨みつけてくる。
慌てて首を横にふる。

「え、えと、や、柳瀬にも、優しいところは、ある」
「どこだ」
「その、えっと」

確かに性格はいいとは、言えないと思う。
暴力的なことも確かだ。
いや、でも暴力をふるうのは俺が悪いことをしたときだけだ。
柳瀬は、俺を甘やかして愛してくれる。
そうだ、いっぱい甘やかしてくれる。

「お菓子をよくくれる」
「子供か」

瑞樹が呆れたようにその綺麗な形をした大きな目を細める。
確かにこれだけじゃ子供のようだ。

「あ、あと、風呂入った後は、ドライヤーかけてくれたり、髪とかしてたり、耳掃除してくたり、爪切ってくれたり、マッサージしてくれたり、なんか、クリーム、みたいの塗ってくれたり、する」

柳瀬がしてくれた色々な、付け加える。
そうだ、柳瀬は本当に、怖くなるぐらい、俺を甘やかしてくれている。
ここまでしなくていいのにといつも思う。
でもチョコレートのように甘く甘く扱われると、溶けてしまいそうな気分になる。

「………」

瑞樹が更に目を細める。
そのきつくも見える視線が怖くて、全身が冷たくなってしまう。
やっぱり、瑞樹に嫌われたり怒られたりするのは、嫌だ。

「み、瑞樹?怒ってるか?」
「いや」

瑞樹は視線を逸らして、ゆるりと首を振った。
そして大きくため息をつく。

「み、瑞樹?」
「とりあえず俺は認めないからな。今はいいとして、いずれは別の奴見つけろよ」

それから俺をもう一度見て、静かにそう言った。

「………」

返事はできない。
別の奴、なんている訳がない。
柳瀬の捨てられたら、俺はどこにも行き場所がない。
だから、俺はあいつの腕の中にいられるように、努力しないといけない。

「あ」

そんな話をしていたら、ちょうど柳瀬と秋庭が廊下の向こうから歩いてきた。
瑞樹が苛立ち不機嫌になったのが分かる。
二人とも大切な存在だから、あまり喧嘩などはしてほしくないが、無理ならあまり接触してほしくない。
まだこの前みたいな乱闘になったらと思うと、胃が痛い。

「桜川」

秋庭もこちらに気づいたようで、瑞樹に視線を向ける。
ちょうどお互いが進行方向にいたので、自然近づく。
胃が、ちくりと痛む。

「なんだよ、また一緒にいるのかよ、お前ら」

秋庭が嫌そうに顔を歪める。
それはこっちのセリフだ。
同室で同クラスの柳瀬と秋庭は、一緒にいることが多い。
瑞樹の関心を奪っているくせに、柳瀬とも仲のいいこいつは、やっぱり嫌いだ。

「同室なんだから当たり前だろ」

瑞樹が乱暴に言い捨てる。
いつもは秋庭を見つけると機嫌がよくなるのに、今日は柳瀬が隣にいるせかやっぱり機嫌が悪い。

「相変わらず犬みたいについて回ってんのかお前。今は柳瀬の犬じゃねーのかよ」

そしてそれが分からないのか、いや分かっているけど止められないのか俺に向かって文句をつける秋庭。
そんなこと言ったら、瑞樹の機嫌が更に悪くなってしまう。
案の定、瑞樹が秋庭の足を軽く蹴る。

「いって、なんで蹴るんだよ」
「当たり前だろ」
「俺は純然たる事実を言っただけじゃねーか」
「うるせー、黙れ」
「ってえ!」

めげずに秋庭が続けると、今度は腕を殴られている。
殴られたところを押さえながら、秋庭が怒り、声を荒げる。

「飼い犬が別の奴に懐いたからって不機嫌になんなよ!八つ当たりすんな!」
「お前喧嘩売ってんのか」
「う、売ってねーよ!」

瑞樹の地の底を這うような声に、さすがに怯んだ様子で視線を逸らす。
しかし怯んでしまったのが悔しかったのか、また瑞樹を睨みつける。

「なんでお前はそう短気なんだよ!その喧嘩っぱやいところ直せ!」
「………お前に言われるとなんかすごいへこむな」
「だろう。暴力で全てカタつけようとすんな!」
「うるせー、調子に乗んな」

そしてまた殴られる。
こいつには学習機能というものがないのだろうか。
というか逃げもしないし、瑞樹のリーチから距離を置こうともしないが、わざとやっているのだろうか。
もしや、瑞樹に殴られたいのか。
わざと怒らせたいのか。

「お前、俺にだけ扱いが違いすぎんだろ!」
「当たり前だろ。お前と他の奴らを一緒にできるか」
「え」

そしてなぜかそこで驚いたように止まり、気のせいか顔を赤らめる。
なぜそこで照れるんだ。

「………なあ、柳瀬」
「ん?」

秋庭の隣で、瑞樹と秋庭の掛け合いを見ていた柳瀬に話しかける。
柳瀬は俺の頭を撫でると、首を傾げる。

「その、秋庭は………」

何と言ったらいいか分からなくてそこで言葉を止める。
このもやもやとした気持ちは、なんだろう。
何と言ったらいいのだろう。
けれど、俺の言いたいことをいつも汲み取ってくれる柳瀬は軽く笑う。

「ドMなのか突き抜けた馬鹿なのか、どっちだろうな」
「………」
「まあ、どっちもな気がするが」

そう言われて、瑞樹と秋庭を見る。

「だから殴るなって!」
「うるせー、黙って殴られてろ。後で部屋に来い」
「なんでだよ!」

抵抗しながらも、やっぱり嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
秋庭は、被虐趣味があるのだろか。

「………」

秋庭は、やっぱり苦手で嫌いだが、なんだかちらりと憎めないと思ってしまった。
瑞樹はとても優しくて頼りがいのある魅力的な人間だから、惹かれるのは分かる。
容姿も、見惚れてしまうぐらいにとても綺麗だ。
だが、瑞樹、俺は秋庭に聞いてみたい。

瑞樹のどこが、お前は好きなんだ






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