兄さんが周りを見てくると言って散歩に出て、旅の道連れの使用人と二人きりになる。
5つかそこら年嵩の男は、兄の背中を目で追っている。
熱心なことだ。

「志藤さんってゲイなんですか?」
「は!?」

兄に懸想しているらしき男に問うと、当人は慌ててこちらを振り向いた。
なんとも単純で分かりやすい態度。
馬鹿正直とはこういうことを言うのだろうか。
まあ、扱いやすい犬だと思っていたら、時々暴走して困ったけど。
でも、こういう時は本当にリアクションが大げさで分かりやすい。
ストレートに感情の発露するところは、兄さんに似てるかもしれない。

「いや、兄さんのどこがよかったのかなと。元々ゲイでもあの人を選ぶ理由がよく分からないけど」

それは、前々からの疑問だった。
まだ、クラスメイトのお姉さん方は分からないでもない。
兄さんのスペックは一応そこそこ高い。
優柔不断ともいえるが、そこそこ優しいし、そこそこ強いし、金持ちだし、頭だって見た目だってそこまで悪くない。
女子が惹かれることだって、あるにはあるだろう。

「ほら、俺とか一矢兄さんは元々本能みたいなものだから、兄さんに欲情する理由もあるんですけど」
「よ、欲情って!」
「はいはい、えーと、兄さんに執着する理由?が分かるんだけど」

奥宮候補に、先宮候補は、惹かれるもの。
それはもう理屈なんかでは説明できない、本能みたいなものだ。
だからこそ、兄さんにも栞にも惹かれた。
五十鈴さんについては相性が悪かったのかそれほどじゃなかったけど。
理解することすらできない、ただ、そういうものだった。
そして、一番素質を持つ兄さんに、一番強く衝動を覚える。
奥宮に決まった後は、酷くなるばかりだ。

かっこよく言えば、血の宿命とでもいうのだろうか。
そう考えてちょっと笑ってしまう。
いや、違うなこれは呪いだ。
この身に流れる忌々しい血の呪い。

「ただ、普通の人が、どうしてあんな特にかっこよくも可愛くも、性格がいい訳でも悪い訳でもない、まあ、若干お人よしより?でも卑屈だし、面倒くさいよね、な人を好きになるのかなあって」

自分は、まだ分かる。
でも、このおそらく異性愛者であるだろう男を惹きつける魅力があの人にあるのだろうか。
よく分からない。

「本当にどこがよかったんですか?」
「三薙さんは、とても魅力的な方です」

志藤さんは少し怒ったように低い声で、それでも律儀で答えてくれる。
兄さんが侮辱されて、腹が立ったのだろうか。
それでも会話を打ち切らないのだから、真面目な男だ。

「じゃあ、ゲイなんですか?」
「………今までは、女性としか付き合ったことはありません。まあ、元々女性はあまり得意ではありませんが」

そういやなんか、家庭でごたごたしてたんだっけ。
まあ、うちにいる人間なんて、ほとんどそんなもんだけど。
薄暗い過去を持って、どこか壊れた人間ばっかり。

「私も、最初は憧れでした。あの方のようになりたいと、そう思っていました」

憧れねえ。
あの人のどこに憧れるんだろう。

「いつからか、その、お傍にいたいと、近しい人間になりたいと、そう思うようになっていました」
「ハグしてキスしてエッチしたい?」

志藤さんは、ぺらぺらと自分から話し始めてくれた。
実は、結構饒舌だよな、この人。

「…………四天さん。もう、いいです」
「ごめんなさい。あなたには、あの人がどう見えてるんですか?」

危ない危ない、あまりからかいすぎないようにしないと。
この人キレると面倒だし。
大事なものを奪われそうになると、すべてに噛みつく狂犬。
まあ、そういう人だと思ったから、利用しようと考えたんだけど。

「………最初あの方に惹かれた時は、悩みました」

基本真面目な人は、訥々と答えてくれる。
本当に律儀な男だ。

「否定しようとも、しました。これまで男性にそういう感情を持つなんてことありませんでしたから」

同性を好きになった時には感じる、ジレンマなんだろうか。
よく分からない。
元々の性癖ではないのなら、男なんてなぜ好きになれるのだろう。

「でもあの方の強さ、自分が弱いことを理解し、それでも前を向いて足掻こうしている姿に、気付けば、どうしようもなく惹かれていました。卑屈でも、弱くても、それでも人を信じ、強くあろうとするあの人に、心奪われたんです。そんな健気で不器用で生き方をする方のお力になりたいと、お傍にいたいと、思ったのです。その感情を否定することは出来ませんでした」

チリチリと、何か黒いものが、胸を燻る。
なんだろう、この痛みに似た感触は。
ああ、そうか、この人がしたり顔で兄さんを語るのがイラつくのか。
あんたが、兄さんを語るなってことだろうか。
自分で聞いておいて、身勝手なものだ。

「なんかそう言われると兄さんがすごく素晴らしい人間みたい」
「ですから、魅力的な、お方です」
「ふーん」

本当に分からない、普通の人間があの人を見て思うことなんて。
聞いてもやっぱり理解できない。
あんな卑屈で他力本願で自覚なしに甘ったれる、面倒で愚図な人を好きになるなんてどんだけ物好きなんだ。

「………四天さんだって、三薙さんに、惹かれていらっしゃるのでしょう?」

志藤さんがどこか挑むように俺を見る。

「それは本能みたいなものだしね」
「本能だけで割り切れるのですか?」

クラスメイトだったらきっと友人にもなってないと思う。
余計なことばかりする要領の悪さに呆れ返った。
俺を憎みながら、それでも縋る身勝手さに本気で苛立った。
俺を迷わせ苦しませたことを憎んだ。
あんな人消えればいいとすら、思った。

「本能以外にいいようがない」

泣いて俺に縋るぐちゃぐちゃな顔に、触れる指に、震えるほどに愉悦を覚えた。
全身を預けるあの人の、首を絞めて、全てを終わらせたい衝動に駆られた。
組み敷き、開き暴き、俺ので腹の中が溢れかえらせたいと思った。

「本能じゃなければ、欲、かもね」

やっぱり、分からない、あの愚かな人のどこに惹かれるのだろう。
俺には分からない。

どうしようもなくあの人に惹かれ、執着し、囚われる俺には、理由なんて分からない。






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