冬が長いこの土地でも、夏の日差しは攻撃的なまでに眩しい。
堤防に腰かけて眺める海は、光りを反射して白く輝いている。
肌を焼く熱は痛いぐらいだが、それでも心地よく感じる。

「今年の冬は、来れないかも」
「分かってる。受験頑張れよ」
「うん、ありがとう、駿君」

麦わら帽子を押さえながら隣で笑う鈴鹿の表情が、別人のように大人びて見える。
白いワンピースから伸びる手足は、すんなりとしてしなやかだ。
夏の日差しが、鈴鹿をより大人に見せているようだ。
こんな表情、する奴だったっけ。

会える回数は少ない。
見るたびに、鈴鹿は綺麗になっていく。
俺をおいて、大人になっていく。
そのたびに、焦って、怖くなっていく。

そして、今年は受験だ。
冬は忙しくて来れないだろう。
寂しいと言いそうになるが、そんな子供みたいなこと、できるはずがない。
ただでさえガキなんだから、態度ぐらい、大人でいたい。

「ドジするなよ。お前解答欄間違えるとかやりそう」
「も、もうやらないよ!」
「やったことあるのか」
「う」
「ばーか」

そんな風にからかいながらも、寂しくて、もどかしくて仕方ない。
こんなに近くにいるのに、遠い。
早く大人になりたい。
鈴鹿とずっと一緒にいられるぐらい、守れるぐらい、ちょっとぐらいのことで、寂しいなんて思わないぐらい。
強くなりたい。

「来年は俺が受験だな。冬は会えないかもな」
「………」

受験を迎えて、それから三年して、ようやく、社会人か大学生だ。
長い。
気が遠くなるぐらい長い。
鈴鹿とずっと一緒にいられるようになるのは、遠い未来だ。
それに俺よりずっと先に、鈴鹿は大人になる。
寂しい。

大人になる日なんて、想像がつかない。
大人になったら、きっとこんなガキみたいな弱弱しいこと、考えなくて済むのにな。

置いて行かれなくて、済むのかな。



***




波の音は、ずっと聞いていても飽きない。
夏の日差しは、日焼けが怖いけど、夏を感じて心が浮き立つ。
海を渡る風は、涼しくて気持ちがいい。

「そろそろ、俺も進路決めないとな」

駿君はそう言って肩を竦める。
この前会った時より駿君は、ずっと大きくなった。
再開した時は私よりずっと下にあった顔は、今は私が見上げてる。
顔も丸みが取れて、男らしくなった。
声も低くなった。
棒のように細かった手足に、筋肉がついている。
日に焼けた肌は、ますます駿君を大人に見せる。

まるで、知らない男の人のようで、変な感じだ。

「………候補はあるの?」
「多分、家から近いとこ。結構ランク高いから勉強しなきゃな。でもそこじゃないと、家からめちゃめちゃ遠いしな。下宿とか金かかるし。田舎だからあんま選択肢ない」

長男なせいか、駿君は本当に色々しっかり考えている。
あんまり何も考えずに、流されるがままの私とは大違いだ。
会った時はもっと、子供っぽくて、安心したんだけどな。
なんか、どんどん、大人になっちゃうから、不安になってくる。
置いて行かれるみたいで、怖くなってしまう。

「………相変わらずしっかりしてるなあ」
「お前がぼけっとしすぎてんだよ」
「ひどい」

でも、私がもっと、しっかりして、大人だったら、こんな気持ちにならないのかな。
あっさりと冬に会えないことを仕方ないっていう駿君に、哀しい気持ちにならないのかな。
私の都合で会えないのに、どうして寂しがってくれないのって思ってしまう。
もっと、駿君も会いたいって思ってくれればいいのに。
私ばっかり、会いたいって思ってるのかな。
なんて、私、我儘なんだろう。
駿君はしっかりしてるから、そんなこと、思わないのかな。

「寂しいなあ………」

つい、口から、気持ちがこぼれ出てしまう。

「え?」
「あ」

完全に無意識だったから、慌てて口を押える。
でも、出てしまった言葉は戻せない。
駿君は目を丸くしてこちらを見ている。
呆れてしまっただろうか。
4つも年上なのに子供っぽいことを言ってる私に、馬鹿だと思うだろうか。

「………鈴鹿、寂しいのか?」

駿君が確かめるように、名前を呼ぶ。
一瞬迷うが、誤魔化せもしないので、正直に頷く。

「うん、寂しいな。会えないのは、寂しいよ」

ただでさえ会えないのに、冬は来れないなんて、寂しい。
受験が終わったら勿論くるけど、でも、やっぱり寂しい。
子供っぽいかもしれないけど、呆れられるかもしれないけど、でも、それが本音だ。

「………ごめんね、駿君。呆れた?」

恐る恐る隣を伺うと、駿君はじっと下にある砂浜を見つめていた。
それから、そっと私の手を握る。

「っ、駿君?」

駿君は唇をきゅっと噛むと、こちらを向く。

「………俺も、寂しい」

そして、まっすぐに私の目を見て、静かな声でそう言った。
波の音に消えてしまいそうな小さな声だけど、確かに耳に届いた。

「本当は、ずっと一緒にいたい」

胸がぎゅううっと、痛くなる。
泣きたくなるぐらい、嬉しくなる。
駿君も寂しいと思ってくれたのが、嬉しい。
同じ気持ちを持っていることが、嬉しい。
今このとき、私たちは同じことを、考えている。

「えへへ」

思わず笑ってしまうと、駿君がそっぽを向く。
その首筋は、赤くなっている。

「駿君?」
「こっち見んな」
「え、どうして?」
「うるさい、見るな!」

そう言って怒りながらも、つないだ手は離されない。
繋がっていられるのが、嬉しい。
心が一緒になのが、嬉しい。

「早く、ずっと一緒にいられるように、なりたいね」

そしたらこんな温かい気持ちを、ずっと感じられるのだろうか。
その時のことを思うと、楽しみで、わくわくして、そしてやっぱり少し寂しくなった。






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