車の中でむっつりと黙りこんだ俺に、天はちらりと視線を送っただけで何も言わなかった。

分かってる、これは別に天は悪くない。
天の取った行動は、宮守の人間として最善のもの。
俺の態度はガキがないものねだりでいじけているのとなんら変わりない。
分かっている。
分かってるんだ。
でも、どうしても納得できない。
どうして、こいつだけ。

ぐるぐるする暗い感情を抱え、それでも冷静になろうと努める。
俺の感情をよそに車は元来た道を戻り、三の社を確認する。
社は祓いを終えた状態と何も変わらず、そこに佇んでいた。
結界が破られた様子も、汚された様子もない。

「………社は無事のようですね」

婆ちゃんがほっとしたように肩を撫でおろす。
汚されたのは、社ではなかったらしい。
だが、あそこまで邪が高まるとは、おそらく強い汚れが近くのどこかで生じた。
一体何が、起こったのか。
婆ちゃんも啓司さんも不審げに、何もない辺りを見回している。

「とりあえず、他の二つも確認し、館に帰りましょう。社の結界を強くしておきます」
「はい、お願いいたします」

天の言葉に婆ちゃんは頷く。
そして車で、残り二つの社を巡る。
その二つとも、やっぱり異常はなかった。
社の結界を強化し、俺達は館に戻った。



***




東条家に戻ると、屋敷内は慌ただしかった。
玄関先で不安げな顔をした由紀子さんと美奈子さんが何かを話している。
二人とも服も髪も乱れ、どこか疲れきっている。

「………雛子ちゃん、まだ見つかってないんですか?」

思わず、聞いてしまっていた。
俺が聞いていいような内容じゃないかもしれないが。
雛子ちゃんの笑顔を思い出し、胸がキリキリと痛む。

「はい………。それが、望もいなくなっちゃって………」
「え!?」

美奈子さんが、暗い顔で更に驚くような内容を告げる。
雛子ちゃんと望君、子供が二人いなくなる。
もう、日暮れが近い。
強い邪気が生まれた。
どこかで、場が汚れた。

じわりと、嫌な感じが胸に溢れてくる。
もしかして遊んでいるのかもしれない。
そうであってほしい。
きっと、そうだ。
でも、心配だ。

「あ、あの俺も探すの手伝います!」

つい、そんな言葉が漏れてしまった。
東条家の人たちの視線が俺に集まる。
その視線に一瞬怯むが、いてもたってもいられない。
もしかしたら、どこかで泣いているかも、と思うととてもじっとなんてしていられない。

「………兄さん」
「こういう時、人手はあった方がいいと思うし」

天が俺の袖を引っ張って、咎めるように小さく止める。
だがそれに耳を貸さずに、更に続ける。

「………いえ、宮守家の人にそのようなことをさせる訳にはいきません。ご心配いただきありがとうございます。ですが村の人間にも頼みますので、宮守家の方は、明日の本殿の儀式に備え、どうぞお休みください」

しかし、東条家の当主は、ゆっくりと言い聞かせるように俺に告げた。
それは柔らかくはあるが、異論は許さない厳しさを持っている。

「でもっ」

丁寧な拒絶に、俺は更に言いつのろうとする。
しかし、俺の前に天が立ちはだかり、それをさえぎる。

「お心遣い感謝いたします。このような時に申し訳ございませんが、私たちはお役目を果たすために体調を整えたいと思います」
「はい、本日はありがとうございました。また明日お願いいたします」
「では、部屋に下がらせていただきます。失礼いたします」

勝手に話を進める天に、婆ちゃんも俺を無視して、天に向けて頭を下げた。
天が、俺の腕をひっぱって廊下に引きずる。

「………天っ」
「いいから黙って。部屋に戻ってからね」

冷たく低い声でたしなめられ、仕方なく口を閉ざす。
先を行く天の背中は、反論を許さなかった。
そして部屋に戻って腕を乱暴に放される。

「天、どういうことだよ!手伝うくらいいいだろ!今日の仕事はもう終わったんだし!」

飲み込んでいた言葉を、天にぶつける。
だが弟は冷たくこちらを一瞥すると、荷物を置き片付け始めた。

「こういう家は不祥事を嫌う。他家の人間には関わってほしくないはずだよ」
「でも、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「こういう時が一番、そういうことを言う場合なんだよ、兄さん。俺達の仕事は邪気払い、それ以外には関わる必要はない。望まれてない」

低い声で、追い詰めるように淡々と告げられる。
一瞬言葉に詰まる。
それはそうかもしれない。
だが、天への反発もあって、昂ぶった感情がおさまらない。

「………この、冷血人間!」

だから、そんな子供みたいなことしか言えなかった。
理性では半分以上、納得していた。
でも、感情が納得できない。
天が見せつけるように大きなため息をつく。

「兄さん、聞きわけのないこと言わないで」

そして癇癪を起した子供をなだめるように声を和らげた。
それがまた、俺の癇に障る。

「いい、俺が勝手に探す!」
「兄さんのそれは、ただのわがまま。この家にも迷惑がかかる。何度も言ったはずだよ。自分の行動に責任を持って。責任をとれないことはしないで」

もう天の言うことには耳を貸さず、俺は部屋を飛び出した。
天のため息が聞こえた気がしたが、無視した。
追ってきたりは、しなかった。

家の中は騒然としていて、こちらの客間には人の気配がない。
好都合だ。
見つかったら、婆ちゃんに言われたみたいに部屋に戻されるかもしれない。
確かに、この家にとっては他家には関わってほしくないことだろう。
何かが起きているなら、なおさらだ。
でも、少しくらいは、手伝いたい。

『約束ね』

指きりをした後、ふふ、と笑った雛子ちゃんの顔が思い浮かぶ。
望君と二人で、きっと遊んでいるんだ。
そうだ、そうに違いない。
だから、あの笑顔をもう一回見せてほしい。
一緒に花を摘むって、約束したんだ。

えっと、確かこっちだ。
昨日雛子ちゃんと会ったところ、あそこから外に出れる。
庭に面した縁側に向かい、庭に降りる。
昨日ちゃんとサンダルを戻しておいてよかった。
足袋を脱いだ素足に、サンダルと突っ掛ける。

探すと言っても、俺が分かるのはあの花畑と森ぐらいだ。
あそこだけ。
あそこだけ探したら、帰ろう。
もう東条家の人たちも探したかもしれないけど、ワラシモリに何か聞けるかもしれない。
それだけだ。
それ以上は、確かに東条家の人に迷惑がかかるだろうから。
村の人にでも見られたら、変な噂になるかもしれないし。
ただ、それだけ。
それだけでいいから。

昨日俺が通れるぐらい広げた生垣から通る。
あ、しまった狩衣のままだった。
暑い上に、動きづらい。
う、破けたかも今。
………帰ったら怒られるかな。

いや、今は雛子ちゃんと望君が先だ。

抜け道を潜り抜け昨日のシロツメクサの花畑に向かう。
方向感覚は悪くない。
道は覚えている。
歩きづらいが、ちょっとかけ足で、花畑に向かう。

陽が暮れかけているが、今日は晴れ渡っている。
昨日よりも青い空の下、花は白く見えた。
花畑には、誰もいない。
背の低い花が一面に広がっていて、見通しはいい。

つい、キョロキョロと、昨日の子供モドキを探してしまう。
いないみたい、だな。
今日はまだ力が残ってるし、大丈夫だと、思うけど。
………やっぱり天の言うとおり、じっとしておいた方がよかっただろうか。
いや、あんなコールドブラッドの言うこと、聞いてられるか。
大丈夫だ、ここだけ探して帰ろう。

更に、森に足を進める。
森に入った途端、急に空気が重くなった。
どろりとした、ゼリーのような空気。
ああ、昨日は気付かなかったが、ここはこの地の捨邪地か。
その割には、凝り固まった悪意のようなものはない。
不思議な、場所。

「雛子ちゃん!望君!」

とりあえず名前を呼んでみるが、返事はない。
やっぱりここにはいないのか。
少し考えて、今度は別の名前を呼んでみる。

「ワラシモリ、ワラシモリ、いないか?」

昨日ここで出会った神秘的な美しい少女。
ここの神だというなら、二人の行方を知らないだろうか。
森の奥へと足を進め、さらに声を張り上げる。

「ワラシモリ!」

もう一度声をかけると、ガサガサと茂みを掻き分ける音がする。
誰かいるのか。
ワラシモリ、か?
いつでも力を練れるように、鈷を握りしめる。
音がした方に意識を向け、構える。

しかし、いつまで経っても音がした方からは何も現れない。
唾をのみ、意を決して茂みに向かう。
恐る恐る草を掻きわけて覗くが、誰もいない。

「………風、かな。やばいなビビってる」

肩に入っていた力を抜き、深く息をつく。
だめだ、こんなことじゃ。
気合いを入れろ。

「よし、行くぞ!」

そして更に、昨日ワラシモリに会った辺りに向かおうと足を向ける。
それにしても、指貫にサンダルって、超歩きづらい。
指貫を手繰りあげようとして、手をかけた時。

「ひ!」

ぺたり。
足首を、後ろから茶色っぽい手が掴む。
咄嗟に後を振り向くと、あいつが茂みから半身を出し俺の脚をつかんでいた。
こちらを見て、あの気味の悪い笑いを浮かべる。

「こ、この、放せ!」

足を上げ手を振り払おうと蹴りつける。
だが、手を離れない。

「は、離せ!」

細い枯れ木のような見た目からは考えらないほど強い力で、そいつは一向に離す様子はない。
俺は焦って強く足をふる。
くそ、動きづらい。

「う、わ!」

ぐいと足を上げた瞬間、軸足を引っ張られた。
バランスを崩し、その場に盛大に倒れこむ。
背中を打って、呼吸が止まる。

「つっ」
『エサ、ワラシ、エサ』
「ひ、い!」

足とは別に、右腕が抑えられる。
どこから来たのか、もう一匹に腕を掴まれている。
にたにたと、気持ち悪く笑っている。
生理的な嫌悪感が、ぞわりと全身を貫く。

右腕が掴まれている。
足も掴まれている。
そして、左腕も掴まれる。

三匹目。

「や、めろ」

いやだいやだいやだ。
気持ち悪い。
その姿も、漂う腐臭も、黒い空気も、すべてが気持ち悪い。

「痛っ!」

袖がまくり上がってむき出しになった右腕が、齧りつかれる。
待てよ、食うって、そんな具体的に食うのかよ。
嘘だろ。

いやだいやだいやだ。
痛い。
気持ち悪い、怖い。
いやだ。
嫌悪感と恐怖で、鳥肌が体中に立つ。
このまま生きたまま喰われるなんて、ごめんだ。

「痛い!いやだ!」

腕を動かし、図々しく体に乗っかっている奴らを振り払おうとする。
けれどしっかりと掴まれ、地面に磔にされたままビクともしない。
右腕を動かし、そこでようやく自分が鈷を持っていることを思い出す。

馬鹿か、俺。
腕力でこいつらに敵う訳ないだろ。
四の社は結局やってないから、まだ力は残ってる。

「みやもり、の血の命に従い、邪をまといしものを、屠り、食らう力を………」

痛い痛い痛い。
喰われる。
嫌だ。

だめだ集中。
集中しろ。
青い海をイメージ。
呪言の簡略化は、力が強いほど短くできる。
一言一言に、力を込められるから。
俺はそこまで短くできない。
それでも精一杯簡略化し、鈷に力を込める。
呪言を唱えた方が、集中もしやすいし、強く研ぎ澄まされた力を使うことができる。

痛みで途絶え途絶えになりながらも、ようやく唱え終わる。
足も左腕も喰われ始めてた。
くそ、腹壊しちまえ。

鈷に纏う力はいつもよりも大きく、鋭い刃のようになっている。
体にも力をこめたせいで、化け物どもがひるんだように体を引く。

「闇から生れしモノを祓え!」

拘束する力がなくなったので、勢いで上半身を起こし、力を振るう。
力で作った刃で、化け物どもを薙ぎ払う。
ざくりと肉を断つような、嫌な感触が、する。

『ぐ、ギャ、ガアア、グガ』

耳障りな醜い声を上げて、化け物が叫び、のたうちまわる。
更に力をこめて、化け物どもを刺し貫く。

「消えろ!」

えぐるような感触が、気持ち悪い。
かさかさに乾いた肌からは血は出なかった。
しばらく暴れていたそれらは、そのうちピクピクと痙攣して、動かなくなる。
そして地に還るように、くしゃりと溶けて消えた。

生きていたもの。
アレを生きているといっていいか分からないが、動いていたものを動かなくする。
人の形をしたモノ。
命を奪う。
後味が悪い。
嫌な気分だ。
化け物がいた場所から目を逸らす。

「だから危ないって言ったのに」

凛とした声が、響く。
顔を上げると赤い和服姿の少女がこちらを見ていた。

「………ワラシモリ」





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