「三薙、お前にまた仕事を頼みたい」
「え」

父の落ち着いた威厳のある声が紡いだ内容に、思わず顔を上げる。
当主たるその人は、宮守の家をそのまま表したような落ち着いた重い空気を纏いそこに座っていた。

「再度四天と共に、勤めを果たしてもらいたい」
「で、でも………」
「不服か?」
「いえ!そうではなく、その………」

俺はこの前の仕事でも、何もできなかった。
ただ話をかき回して、混乱させただけ。
誰も何も、守れなかった。
本来の勤めすら、ろくにこなせなかった。
四天に迷惑をかけた、だけだ。

俺は何も出来ない。
それなのに、また仕事なんて行っても、また四天に迷惑をかけるだけだ。

「なんだ?」

父は静かに俺を見ている。
いつだってこの人の前に出ると緊張してしまう。
その何もかもを見透かす厳しい目に見つめられると、思うように言葉が出てこない。
大きな尊敬と、かすかな畏怖。
特に仕事モードになっている時は、尚更だ。
乾いた唇を舐め、唾を飲み込む。
落ち着け。
怖がることは、ないんだ。

「俺は、力足らず、です。四天と一緒に行っても、足を引っ張るだけで、仕事なんて、こなせない」
「力足らずだから、四天と共に行かせるんだろう」
「………でも」

目を見ていられなくて、顔を伏せる。
完璧に拭き清められた青い畳が、目に入る。

「誰もお前に、完璧なんて求めていない」
「………それは、分かっていますが………」

分かっている。
俺は役立たずだ。
力なんてない。
何もできない。
それどころか、人に寄生して迷惑をかけることしかできない。

悔しくて、唇を噛みしめる。
そんな俺に気付いたのか、父が声のトーンを少し穏やかに緩める。

「言い方が悪かったな。最初から完璧に何もかもこなせる人間なんていない。一つ一つ経験を積んで成長する。そのために、お前を助けてくれる先達がいる」

でも、俺が何かをして、誰かが傷つくのは、いやだ。
目の前で、何かが壊れるのは、いやだ。
誰も傷つけたくない。
誰も、失いたくない。

「仕事は、いやか?」
「いえ!」

慌てて顔をあげると、父は呆れもせずただ穏やかに俺を見つめていた。
そうじゃない。
それだけはない。
俺のちっぽけな力でも何かの役に立つなら、どんなに嬉しいだろう。
仕事をこなせるようになったら、どんなにいいだろう。

うまく言葉にできなくて、ただ当主を見つめる。
厳しい人はそれを受け止めて、ゆっくりと頷く。
俺の不安を打ち消すように。

「この前、場が荒れた時、お前が収めたのだろう」

父がほんの少しだけ、目元を細める。
それだけで冷たい印象の人が、とても優しく感じる。

「………でも、あれは、一矢兄さんや、四天が来てくれたから」
「それでも、二人が来る前に友人たちを守り、邪を抑えこんだのはお前だ」

父にそう言われて、泣きそうになる。
役立たずの俺の力でも、少しは何かを成し遂げることが出来たと、思っていいのだろうか。
何もできない俺でも、まだ何か出来るだろうか。
一兄や天がいなきゃ、どうしようもなかった。
でも、それでも。

藤吉や、岡野や槇だけでも守れた、だろうか。
俺は、誰かを守ることが、出来たのだろうか。

「成長はしている。これからも、成長するだろう。確実にお前の力は伸びてる。歩みを止めるな。先に進むことを恐れて足を止めれば、停滞が待つだけだ。これまでの痛みも苦しみも、全てが無に還るだけだ」
「………はい」

成長はしている。
その言葉が、飛び上がりたいほど嬉しい。
目尻が滲む。
鼻がツンと痛くなるが、必死にこみあげる衝動を抑える。
この人に、認めてもらえるだろうか。
まだ俺は、何か、出来るだろうか。

「やってくれるか?」

俺は何も出来ない。
役立たずの出来そこないの力。
それでもまだ、父は俺が成長すると言ってくれている。
まだ、信じていてくれる。

「お前も必ず宮守の人間として、立派に勤めを果たせるようになる」

低く重みのある、力強い声。
また、失敗するかもしれない。
また、苦しい思いをするかもしれない。
でも少しでも進めるなら。
ほんの少しでも、何かできるなら。
誰かを守れるようになるなら。

それなら。

「はい………っ」

それなら、この人の言葉に、応えたい。

「頼んだぞ。四天にも伝えておく」

父は唇を持ち上げて、鷹揚と頷いた。
ふつふつと体が熱くなってくる。

「はい、先宮の御命、謹んでお受けいたします!」

そして俺は、当主の命を受け賜わるべく頭を下げた。





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