今日も広間はひんやりとしていて、空気に重さがあるようにずっしりと俺の肩に重圧がのしかかる。 それは、目の前にしている人の威圧感のせいかもしれないが。 「三薙」 先宮たる父は変わらず厳しい顔をしていた。 一兄によく似た面差しの人は、大声で笑うところなんて見たことない。 だからこそ、たまに見せる微笑みが、より優しく見えるのだが。 「はい」 けれど今日の俺は同じように顔を引き締めて、こうべをたれる。 今は父としてではなく、当主たる先宮として対面しているのだから。 「お前に仕事を頼む」 「………はい」 この広間に呼ばれた時点で、なんの話かは薄々わかってはいた。 改まってここに呼ばれるのは仕事に関わる時だけだ。 予想通りの言葉に、胃がきゅっと萎む感じがした。 「そう、不安そうな顔をするな」 俺の顔が情けなく歪んだことに気付いたのだろう、先宮が眉間の皺をやや緩める。 しかしそう言われても俺の不安と恐怖は、消え去ることはない。 「お前ももう、仕事にも慣れてきたところだろう」 「………でも、俺は、四天の足手まといになってばっかりです。あいつの負担になって、あいつに怪我を負わせて………」 天の傷だらけの体。 誰よりも完璧な、強い、けれど俺よりも年下の弟。 その体にまた一つ傷を刻んだのは、俺だ。 俺は、何もできず、ただ迷惑をかけるだけ。 いつまでたってもいつまでたっても成長なんて出来ない。 最初はただ期待に胸が逸った先宮からの仕事の依頼も、今回は呼ばれるだけで胃が痛むようになってしまった。 もう少しだけ熊沢さんの仕事に付き合って、力をつけたい。 力をつけることが不可能なでも、せめてもう少し器用に立ち回る術を覚えたい。 「熊沢からは、中々優秀だと報告を受けている」 「………熊沢さんは、優しいですし」 ああ、駄目だ駄目だ。 いじけたことを言うなって、熊沢さんに言われたのに。 いじけていても、何も解決しないのに。 俺の情けない言葉に、先宮が苦笑する。 「まあ、無理はないが、お前はもう少し自信を持った方がいいな」 「自信………」 どうやったら、そんなものを持てるのだろう。 弱くて、他人の力を借りないと生きることが出来ない。 その上、馬鹿で被害を大きく広げるだけの存在。 弱くて愚かな存在。 劣等感ばかりの俺に、自信を持てることなんてあるのだろうか。 強くなりたい。 強くなれたら、俺はもう少し、自分に自信が持てるのだろうか。 「今までの仕事は少々初めにしては複雑なものが多かったかもしれないな」 先宮が言葉も少し和らげる。 あれが複雑な仕事かどうか、なんて分からない。 でも確かに四天と行った仕事は、熊沢さんと一緒に行った仕事よりも複雑だった。 しかしそれは宗家として、当然のことだろう。 それこそが、宮守の宗家の役割なのだから。 「今回のものは本来なら宗家が出る仕事でもないが、宮守の管理地内のことでもあるし、お前に頼む」 「………はい」 簡単な仕事、ということだろうか。 それはほっとすると同時に、宗家の人間として認められていないと言うことに失望を覚える。 仕方ないこと、なのだが。 むしろ先宮は、俺のことを考えていてくれるのだろう。 「急を要する仕事でもないから、じっくりと腰を据えてくれ」 「はい」 どんな仕事でも、自分を成長させるための糧だ。 俺はまだまだ学ぶことが多すぎる。 せっかく用意してくれた機会だ、無駄にしないように精進しよう。 今度こそ、四天には、迷惑をかけないようにしないと。 「そういえば四天はいませんが、四天はもう話を聞いているんですか?」 「ああ、今回は四天は同行させない」 「え!?」 思わず俺は焦って先宮の方に身を乗り出してしまう。 「お、俺一人、ですか!?」 「だからそんな不安な顔をするな。弱気は闇に付け込まれる」 「は、はい」 しまった、つい驚いて焦ってしまった。 恥ずかしさと情けなさといたたまれなさに、顔が熱くなってくる。 みっともない姿を見せたくない人に限って、こういう姿を見せてしまう。 慌てて座り直すと、先宮は安心させるように優しく苦笑する。 「安心しろ。ちゃんと補助はつける」 「そ、そうですか」 そう言われて思い浮かんだのは熊沢さんだった。 熊沢さんが、手伝ってくれたりするのかな。 出来れば熊沢さんがいいな。 他の人だと、腫れものを触るような態度に、こっちが気を使ってしまう。 我儘言ってる場合じゃないから、誰であろうと承諾するけど。 「ただし、お前が主導して行動しろ」 「………は、はい」 反射的に頭を下げてから、気付く。 ていうかそれは一人よりも余計に、緊張するのではないだろうか。 兄達や弟のように、人を使わなければいけないのだろうか。 俺が判断して、俺が行動する。 そして人に指示して、自分も動く。 今まで人の後をついてばっかりいた俺に、そんなことが出来るのだろうか。 む、無理な気がする。 せ、せめて熊沢さんであってくれ。 「失礼いたします。先宮」 よく知った声が障子の向こうから響く。 白い紙越しに、黒い人影が透けて見える。 先宮が軽く頷いて入室を促す。 「ああ、来たか。入れ」 「はい」 落ち着いた声の人は、すっと音もなくふすまを開いて静かに部屋に入ってくる。 自然と視線がそちらに向かうと、先宮はよく響く低い声で言った。 「三薙、今回のお前の補助役だ」 「え、ええ!?」 ふすまのすぐ前で座ったその人は、こちらに向かって綺麗な仕草で一つ頭を下げた。 男らしく整った容貌、スーツの似合うたくましい体、落ち着いた低い声。 「全力で補助させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」 そう言って真面目な顔で頭を下げるのは、俺に頭なんて下げるべきじゃない人。 いつだって俺を導いて、叱り励ましてくれる人。 「一兄!?」 俺が声を上げると、今回の補助役、一兄はにやりと笑った。 |