結局その後、園内を一周りしたが特に収穫はなく終わった。
確かに嫌な気配はしたもののうっすらとしたもので明確なものが分からなかった。
次の日はとりあえず子供たちにも話を聞けるように頼んで、それでも分からなかったら泊まり込みだ。
確かに気味が悪いけれど、まだ怪我人とかは出てないようだし、あんまり性急にやって変な噂たっても困るので、慎重に行こうってことになった。

「おいしかった!ありがと、一兄」
「ああ、今日はお疲れ様。よく休め」

帰りに一兄はメシを奢ってくれて、帰ったのは九時を過ぎていた。
一兄がよく連れて行ってくれるビストロは、相変わらず海老のスープが絶品だった。
お腹が膨れて、無事に仕事の一日目が終えたことでうとうとと眠くなっている。
一兄は俺を家の前で下ろすと、軽く手を振る。

「あれ、一兄は?」
「俺はこれから少し会社に顔を出す」
「………」

そうか、俺は一兄とずっと一緒に仕事出来て浮かれていたけれど、元々すごい忙しい人だ。
管理者の仕事とは別に、宮守の家で経営している会社の方の仕事もある。
勉強させてもらっていると一兄は笑っているが、大変だろう。

「どうした?」
「ごめん、忙しいのに」

それなのに、俺が駄目駄目だから、付き合ってもらっている。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
俺は一兄の苦労なんて気にもせずに、また浮かれていた。
どうしてこう俺は調子に乗りやすいんだろう。
一兄は運転席から身を乗り出して、大きな手で俺の頬をそっと撫でる。

「馬鹿、これも仕事だ。変なこと考えてないで、ちゃんと休んで、お前も仕事に万全の体調で挑め」
「………うん」

そうだよな、ここで申し訳ながっても、どうしようもない。
さっさと仕事をきっちりこなして、一兄を楽にしてあげなきゃいけない。

「俺、頑張るから、一兄も、無理すんなよ」
「分かってる。体調管理も仕事の内だ。ありがとう、三薙」

そう言って、ポンっと頭を叩くと、今度こそ一兄は走り去っていった。
一兄の負担に、ならないようにしなきゃ。
焦らず、けれど怠らず、慎重に、素早く、仕事をこなす。

「うん、頑張ろう!」

一人家の前で、俺は自分を奮い立たせた。



***




「あれ、宮守早退?」
「ああ、うん。仕事の関係で」

三時間目が終わって、荷物をまとめていると岡野が聞いてきた。
今日は早めに上がって、子供たちに話を聞くことになっている。

「あ、またお仕事なんだ」
「うん」

近寄ってきた槇も、おっとりと笑った。
岡野が綺麗に手入れされた爪で、ばんと割と強く背中を叩いてくる。
岡野は力が強いから、結構痛い。

「今度は、怪我とかすんなよ」
「気をつけてね」
「うん、ありがとう」

二人の激励に心が温まりながら、俺は頷く。
そうだよな、もう怪我とかして、皆に心配させたくない。
心配、してくれてるんだから。

「ノート取っとくからな」
「ありがと、藤吉」

藤吉もひらひらと手をふって笑ってくれる。
ああ、もう、なんかこんなことで目が熱くなってくるし。
ちょっと落ち着けよ、俺。
今まで友達いなかったら分からないが、皆、こんなことは普通のことなんだろうか。
だとしたら、友達がいるって、すごい幸せなことなんだな。

「何何、どうしたの?」

俺たちが集まっていると、佐藤も自然と寄ってくる。
佐藤にもいつか俺の仕事のこと話さなきゃなと思いながら中々出来ない。
嘘だって言われたら、やっぱり辛いし。

「あ、えっと、俺これから家の用事で早退だからさ」
「あ、そうなんだ。今日も皆で遊びに行こうかと思ってたのに」
「何それ初めて聞くんだけど」
「うん、だって今言ったから」
「あんたってそういう奴だよな」

岡野と佐藤のやりとりについ笑ってしまう。
全然タイプの違う三人だけど本当に仲がいい。

「ほら、いいのか宮守」

思わずぼうっと見ていると、藤吉に促された。
ぼやぼやとしていると子供たちがいなくなってしまう。

「あ、そうだ。じゃあ、また明日」
「ああ、頑張って。無理するなよ」
「ああ!」

皆に手をふって、俺はむずむずする心を抱えたまま学校を後にした。



***




一回家に帰って着替え、弁当を持って飛び出した。
家の人に車で送ってもらって、なんとかお昼時の幼稚園に滑り込む。
昨日話をつけておいた通り、年長のばら組の担当の島田さんという先生が俺を迎えに来てくれる。

今日は一緒に子供達とご飯を食べさせてもらうことになっていた。
話を聞くために、ちょっとは打ち解けないとって言ったらそう勧めてもらった。
一兄にも特に反対されなかったので、そうしてみることにした。

「では、一緒にお弁当食べさせてもらってもいいですか?」
「ええ、父兄の方にも、勉強しに来ている学生だって伝えてあります」
「ありがとうございます」

教室に入ると、子供たちの視線が一気に俺に集まる。
ざわざわと、部屋の中が騒がしくなる。
昨日の先生方とは違う真っ直ぐな視線に、自然とこっちも緊張する。

「はーい、皆、静かに。今日はこっちのお兄さんが皆と一緒にご飯を食べます。お兄さんは先生になるための勉強です。皆仲良くしてねー」

子供達は戸惑いと少しの怯えと、いっぱいの好奇心に満ちた目で見てくる。
子供がただ純粋、だなんて思わないけれどやっぱりそのあどけない顔はかわいい。

「みやもり、みなぎと言います。今日はよろしくお願いします」
「はい、皆お返事は」
「はーい!」

大きな声で、いい返事が帰ってくる。
あ、やっぱりかわいい。

皆で机をくっつけて食べている席の真ん中に入れてもらう。
幼稚園の机って、こんなに小さかったんだな。
椅子だけは大きいものを用意してもらったが、中々に腰が辛い。

「みんなのお弁当、おいしそうだね」

まだ緊張しているようなので、とりあえずそんなことを話しかけてみる。
俺が話しかけると、皆がざわざわと騒ぎ出してちらちらとこちらを見てくる。
珍獣扱いだ。

「お兄ちゃんのお弁当は、大きいね」

向かいに座っていた男の子が、じっと俺の弁当を見てくる。
まあ、そりゃ幼稚園児に比べてれば平均的男子高校生の弁当は大きいだろう。
今時のお弁当っていうのは、とってもかわいいんだな。
色取り取りで、小さなものがいっぱいにつまっている。
おお、あれが噂のキャラ弁か。

「お兄ちゃん、これいる?」

隣にいるポニーテールにかわいいキャラクターのゴムをつけた女の子が、小さなアンパンマンの形をしたコロッケを差し出してくる。
駄目だ、たまらん、かわいい。
のたうちまわりたい。

「くれるの?」
「うん、いいよ。あげる」

俺は自分の弁当を見て、なるべく子供でも食べられそうなものをピックアップする。
うちの弁当って基本的に茶色が基本で渋いんだよな。
あ、空豆の揚げ物ならいけるかな。

「じゃあ、代わりに、これいる?」
「これなあに?」
「空豆のフライだよ」
「綺麗だね。くれるの?」
「うん、取り換えっこ」
「取り換えっこだね!」

そう言うと、にこにことして取り替えてくれた。
そのはにかむ様子がかわいすぎる。
冷凍食品とか、食べることないからなんか新鮮なんだよな。
うん、おいしい。

「ずるいー」
「俺もいる?」
「俺も俺も!」

そう言うと、周りの子達が騒ぎ始めて、口々に取り換えっこをしようとする。
俺人気者じゃん。
駄目だ、顔がにやけてしまう。

「皆にはおいしくないかもしれないけど、いいよ、好きなのとっていって」
「じゃあ、俺、ミートボールあげる」
「俺はハンバーグ」
「海老フライ!」

肉類と揚げ物多いな。
胃がもたれそうだ。

「これ変な味」
「あ、これおいしい」

うちの純和風弁当は、あまり子供には人気が出ないだろうなあ。
でも見たことのないものばかりらしく、子供達はわいわいと俺の弁当をつつきだす。
あ、食育とか平気なのかな。
なんか子供に食べさせちゃいけないのってないよな。

「お兄ちゃんは、ポケモンやる?」
「モンハンはー?」
「イナヅマイレブンは!」
「あ、モンハンやるよ」
「今どこ!?」
「俺は村レベル5」
「おっせー!!」
「う」

しかも一緒にやる友達いないからシングルプレイだし。
いや、いいんです。
ゲームをやっている男の子の話は分かるから、なんとなく打ち解けられる。

「お兄ちゃんは先生になるの?」
「うん、幼稚園の先生になりたいんだ」
「みさきもね、島田先生みたいな先生になるの!」
「先生になりたいんだ」
「うん!」
「私はね、将来、ケーキ屋さんになるんだ!」

女の子たちとは共通の話題ってものはないけれど、俺ぐらいの年の人間が珍しいらしく色々と話しかけてくれる。
時々何を言っているのか分からないけれど、我先に話しかけてくれる様子は愛らしくてメロメロだ。

そんなこんなで、食事を終える間にはだいたい俺を受け入れてくれたようだった。
よかったよかった。

「お兄ちゃん、遊ぼ!遊ぼう!」
「うん、遊ぼう。ちょっと待ってて、先生と話すから」
「先に行ってるよ!早くね!」
「分かった分かった!」

食事の後はこのクラスは園庭での遊びっていう時間割になっているらしく、皆は上着を放り出して駆けだして行った。
みんな元気いっぱいで、微笑ましい。
子供って、本当に元気だよな。
四天も小さい頃は、あんなだったんだっけ。
いや、そんなことなかった気がする。

「やっぱり、滑り台が人気なんですね」
「ええ、新しくいれたものですし、皆あれで遊びたがりますね」

今は年長組の遊び時間らしく、他のクラスの子たちも集まってきている。
皆が大きな滑り台に群がって、楽しそうに笑顔で遊んでいる。
三輪車で遊ぶ子達、片隅のタイヤで遊ぶ子達、地面に何かを書いて遊ぶ子達、砂場で山を作っている子達。
昨日静かで寂しかった園庭は、今はうるさいほどに賑やかだ。

監督を他の先生方に任せて、一旦島田先生と話をする。
島田先生は他の先生たちより少しだけ年上らしく、ベテランの先生のようだ。

「今日はあの、一矢さんですっけ?いらっしゃらないんですか?」

島田先生がちょっと顔を赤らめて聞いてくる。
いいんだけどさ。
いいんだけどさ。

「後で来ます。ちょっと遅くなるとのことで」
「そ、そうですか」

そりゃ俺なんかより一兄が来た方がいいよな。
そりゃ分かっているさ。

「お二人は、ご兄弟かなんかなんですか?」
「はい、一矢が兄となります」
「へえ、ご家族で霊能者やってるんですか?」

霊能者、かあ。
まあ、似たようなもんだし、わざわざ訂正するのも面倒だ。

「ええ、他にも仕事持っていますが」
「三薙さんはまだ学生さんですよね」
「ええ、高校に通っています」
「学業の方は大丈夫なんですか?こんなことしてて平気ですか?」

島田先生の詰問するような口調に、なんて答えたらいいのか分からなくなってしまう。
こんなこと、って言われてしまった。
まあ、何も知らない人から見たら、そうなのかもしれない。

「え、えっと」
「あ、すいません」

俺の戸惑いが分かったのか、島田先生が慌てて口を押さえる。
顔が赤くなっている。
心配してくれたのかな。

「すいません、出過ぎたことを」
「いえ、では子供に話を聞かせてもらいますね」
「ええ、ただ、あんまり怖がらせるようなことは………」
「はい、心得ています」

そう言って、俺も園庭で駆けだす。
さっき一緒にご飯を食べた子たちが、一気に群がってくる。
ああ、なんか人気者な感じですごいいい気分だ。
物珍しいだけなんだろうけど、嬉しい。

「お兄ちゃん、滑り台すべろ!」
「これ登れる!?」

他のクラスの子たちも、警戒心と好奇心の満ちた目でちらちらとこっちを見ている。
あの子たちにも警戒心を解いてもらって、なんとか話を聞かなければ。

「俺、このロープ一人で登れるんだよ」
「お、本当に?すごいな」
「うん、見てて」

滑り台には、アスレチックの縄みたいなのと普通の階段と鉄の輪がいくつもつらなってトンネルみたいになっている階段がついている。
健吾君と名乗ったその子は縄を選んで、一気に滑り台の上まで登った。

「おおー、すごいすごい!」
「俺も出来るよ!」
「私も」
「本当に?見せて見せて?」

皆が競ってにロープに群がっていく。
男の子も女の子も皆元気いっぱいで、かわいい。
他のクラスの子たちもちらちらとこちらを見ながら登っていく。
ちょっとはらはらするが、皆器用にするすると登っていく。

「すごいな、皆登るのうまいな!」

そう言うときゃあきゃあと騒いで笑っている。
そしてこちらに手を振る。

「お兄ちゃんもおいでよ!」
「分かった!」

俺も縄に手をかけて、一気に上まで登り上がった。

「よいしょっと、結構高いな」

踊り場のようになっているそこは、子供が5人と俺が入るとぎゅうぎゅうと狭いくらいだ。
さすがにちょっと狭いので、俺は一回降りることにした。
ついくせで、俺としては低く感じるそこから飛び降りる。
後ろの男の子たちからは歓声があがった。

「すごい!」
「あ、へへ、本当?」
「うん、かっこいい」

て、やべ、これ真似されて怪我でもされたらまずい。
先生方も睨んでいる気がする。

「あ、でも真似しちゃ駄目だからな。これは大人になったらな」
「お兄ちゃんだって大人じゃないよ」
「俺は大きいからいいの。俺くらいになってからな」
「ずりー!」

その後、皆は滑り台から滑ってまた登ってと言うのを繰り返す。
それに飽きたころにはいつのまにか周りにいる子供が増えていた。

「ねえ、お兄ちゃん、高鬼しようよ」
「よーし、じゃあ、最初俺が鬼な」
「うん!」

それから高鬼でひとしきり遊んでから、俺はばったりと園庭に座りこんだ。
子供の体力は無尽蔵だ。
ターボでもついているんじゃないだろうか。

「もうこうさーん!疲れた!ちょっときゅうけいー!」
「お兄ちゃん、なさけなーい!」
「お兄ちゃんはもう年だから駄目ー」

くすくすと皆が笑って俺の周りに集まってくる。
一緒に休憩してくれるようだ。
えっと、健吾君にみさきちゃんに、あおいちゃんに、優君、だっけかな。
後の子達は他のクラスの子達か。
名前が分からないけど、遊んでいるうちになんとなく打ち解けられた。
よし、いい頃合いかな。
俺は他愛もない話をいくつかしてから、本題をそっと切りだす。

「ねえ、なんかさ、最近変なことってある?」
「変なこと?」

皆きょとんとした顔で首を傾げる。
俺はなるべく優しく笑うようにして、頷く。

「うん、なんか不思議なものを見たとか、知らない人が幼稚園の中にいたとか」

これは、怖がらせることになるかな。
これくらいなら、平気だと思うんだけど。
どうだろうと、反応を伺おうとして、息を飲んだ。

「ないよ」
「ないよ」
「何もないよ」

さっきまで笑っていた子たちが、みんな真顔になっている。
笑うでもなく、でも怒るでも怯えるでもなく、子供らしくない無表情でじっと俺を見ている。
あどけないその顔に浮かぶのは、ただただ静かな表情。
そのいくつもの真っ直ぐな視線に晒されて、俺は背筋がゾクリと冷たくなった。

「え、あの」

戸惑って、声が掠れた。
喉が張り付いて、言葉がうまく出てこない。
唾を飲み込むと、ごくりという音が嫌に大きく響く。
賑やかだった園庭が、俺の周りだけ静かになっている気がする。

「ないよ」
「何もない」
「ない」
「ないよ」

子供達は口々に言って、くるりと俺に背を向ける。
そしてさっきまであんなにも寄ってきてくれたのに、一気に俺から離れて行く。
残された俺はただ一人、園庭に座りこむ。
急に、騒がしさが蘇る。
バクバクと、心臓が早く波打っている。

「………なんだったんだろう」

無理矢理絞り出した声は、やっぱり掠れていた。





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