鏡で後ろを見ながら、早足で先を急ぐ。
今祓ってもいいが、もしかしたら危険があるかもしれないのでとりあえず先に二人の安全を確保したい。
社まで行ったら後少しでゴールだ。
社までついたら二人を先に行かせて祓いを行おう。

「………」
「………」

ちらりと前を向くと、二人は黙って早足で歩いている。
顔色は悪くて強張っているけれど、冷静で慌てる様子はない。
二人はすでに何回目かの怪異。
いいんだか悪いんだか分からないけれど、それなりに慣れてきたのだろう。
俺の言うことに従ってくれるのはありがたい。

「………」

鏡の中にいる女の形をした何かは、相変わらずつかず離れずの距離を保って俺達の後を追ってくる。
本当につかず離れず、だ。
早歩きをすれば同じスピードでついてくる。
近づきもしないし、離れもしない。
その見た目がかなりな奇抜さのため、じわりじわりと背筋に寒気を感じる。
ただ、不思議なことに嫌な気配が、しない。
悪意を持つ者に触れた時の気分の悪さも、何かが体を這いずりまわるような感触は、ない。

「………悪趣味」
「え?」
「いや、なんでもない」

岡野が不思議そうに俺を振り向く、俺は小さく笑って首を振った。
不安にさせたら、いけない。
嫌な気配がしないってのと、さっきの兄達の態度。
多分これは、一兄か双兄の仕業なのだろう。
双兄な気がするけど。
確かに肝試しはしたかったが、別にこんなリアルな演出は全くいらない。
サービス精神が豊富にもほどがある。

「………?」

もう一度鏡を見ると、女らしきものはやっぱりそこにいた。
白装束を身につけて、長く黒髪に覆われた頭をだらりと斜め前に伏せている。
なんとなく、少し近づいた気もする。
恐怖からくる気のせいだろうか。

「宮守、社ってまだ先なんだっけ」
「あ、うん、歩いて20分ぐらいじゃなかったっけ」
「じゃあ、後もう少しか」

緊張した面持ちで、岡野がため息をつく。
そんな会話をして、もう一度鏡に目を戻す。

「………」

つかず離れずの距離を保ちながら、歩いてくる白装束の女。
やっぱり、少しだけ、近づいた気がする。
さっきよりも、しっかりと白装束が浮かびあがっている気がする。

「………」
「宮守君?」
「あ、何?」
「さすがに、いい気分はしないね」

槇の声は、穏やかだか若干震えている。
二人とも冷静なようだが、やはり恐怖は抑えきれないのだろう。
前にも同じような目に遭ってるのだから、余計に想像もしてしまうだろう。
俺がしっかりしなくて、どうする。

「大丈夫。今回は危険なことはない」
「うん、宮守君がいるし、安心してるよ」
「………」

槇の言葉に、余計に頑張らなきゃっていう気が沸き上がる。
大きく息を吸って、吐いて、気合いを入れる。
大丈夫、さすがに一兄も双兄も危害を加えるようなことはしないだろうし。
あいつを抑えて祓うのが目的で、いいのかな。
また鏡に視線を移す。

「………っ」

今度こそ、はっきりと近づいていた。
先ほど前2メートルは後ろにいたが、後三歩で辿りつく場所にあいつがいる。
そのぼろぼろの白装束も、ぼさぼさの髪も、くっきり見える位置にいた。
もしかして、鏡から目を離した隙に、近づくのか。

「………あ、れ」

白装束の着方が、おかしい。
胸元にあるはずの合わせが見えない。
浴衣ではなく、スモッグのようなものなのだろうか。
と、そこまで考えて気がついた。
だらりと横に垂れ下がった手は、小指がこちらに向いている。
つまり、こいつは、後ろを向いている、ということになる。
ということは、こいつの、頭は伏せている訳じゃなくて、後ろに逸らしているという、ことか。
そう思った瞬間、ぼさぼさの髪の狭間から、血走った丸い目がぎょろりとこちらを睨みつけた。

「うわっ」
「きゃあ!」
「な、何!?」

思わず叫び声をあげてしまうと、前にいた二人が驚いて悲鳴を上げる。

「ご、ごめん、なんでもない」

不安げに顔を引き攣らせる二人を慌てて宥める。
そして、再度鏡に視線を戻す。

「ひっ」

すでにその手が触れる位置に、白装束はいた。
後ろにあり得ない角度で逸らした頭はやっぱり黒髪で、血走った目だけが覗いている。
それがにたりと、俺と視線を合わせて目を細めた。
そいつの息が、首筋にかかった錯覚さえあった。

「だ、駄目だ!走って!」

情けないことに、、耐えきれなかった。
鏡から手を離しそうになるのを必死に堪えて、目を離さない前の二人を促しまま走る。

「な、何?」
「何が起きてるの?」
「多分、怪我とかはなしない!ただもう精神ダメージ的に無理!」
「はあ!?」
「大丈夫!多分、平気!」
「宮守君、その発言ちょっと不安!」
「ごめん、大丈夫!」

一応断言しながらも、自分でもちょっと不安だ。
害がないとは信じているが、そもそも本当にこれは兄達が用意したものなのだろうか。
違ったら対応的にも大問題だ。
ちょっと楽天的過ぎただろうか。
でも、今更どうしようもできない。
とりあえず当初の予定通り社で祓おう。
走りながらも、鏡からは目を離さない。
思った通り、そいつはつかず離れずの距離を保っている。
つまり、俺のすぐ後ろでじっと俺を見ながら追いかけてくる。

「ていうか、本気すぎだよ!」
「え、え」
「なんでもない。社までいったら処理する!」

これ、一兄だか双兄だかしんないけど、悪趣味すぎる。
後で絶対文句言ってやる。
ていうか本当に二人だよな。
二人の仕業であってくれ。

「あ、あった!」

岡野の声が響いて、一瞬鏡から目を逸らしそうになるのを堪える。
相変わらず真っ赤な目は、俺のことを睨んでいて、目を逸らしたくなる。

「社の向こうまで走って!」
「分かった!」

こういう社とかの周りにはある程度の力があることが多い。
とりあえず、それを利用して簡易な結界を作る。
社の脇で、鏡を見ながら嫌がる足をねじ伏せて一度立ち止まる。
白装束が同じように立ち止まる。

ポケットにいれた鈷を頑張って左手で取り出す。
若干減ってはいるものの、力はちゃんとチャージされている。
目を瞑って集中したいけど目はつぶれない。
青い青い海。
自分に纏わりつく青い海をイメージして、なんとか力の鈷に力を纏わりつかせる。

「宮守の血において命ずる!人ならざるものこれより入ること能わず!」

呪を唱えると同時に振り返りながらしゃがみこみ、地面に線を引く。
砂利がこすれてざりざりと嫌な音が響く。
姿が見えないからうまくいっているのか分からない。

「で、きた?」

一歩後ろに下がりながら、鏡で一旦確認する。
そいつは線の手前で、だらりと手をおろし立ち止っていた。
どうやら、結界はうまくいったらしい。

「宮守!」

ほっと息をつくと同時に、名前を呼ばれた。
岡野と槇の声ではない、男の声。

「あ、藤吉」

ようやくちゃんと確認できた社は、俺の腰ほどもない小さな小さな社。
一本道の脇に小さく二メートルほどの半円になっている空間にあった。
その社の傍らには藤吉がいた。

「………佐藤!?」

そして藤吉がしゃがみこんでいるその横には、佐藤が倒れている。
岡野と槇も慌てて駆け寄る。

「チヅ!?」
「千津、どうしたの!?」
「分からない。そこの社に触れたらいきなり倒れちゃって………」

俺も慌てて、真っ白な顔をした佐藤に駆け寄った。





BACK   TOP   NEXT