「んじゃ、かんぱーい」
「メリークリスマス!」

結局会場は、両親が今日は食事に出たという槇の家となった。
清く正しい俺たちはジュースやウーロン茶で、乾杯を交わす。
リビングのテーブルの上には槇お薦めのケーキ屋さんの真っ白なケーキ。
上には勿論サンタや家が乗っている。
そのほかにも皆で買い出しにいったチキンや、様々なお菓子が溢れんばかりに並んでいて、クリスマスらしさが溢れている。
本場のクリスマスとは全く違うものなんだろうけど、俺が想像するクリスマスとはこれだ。

「なんか、クリスマスだな」

家でもやっているけれど、やっぱり友達と初めて過ごすクリスマスは何かが違う。
胸が浮き立って、ワクワクしてくる。
岡野が俺の間抜けな言葉に苦笑する。

「クリスマスつっても単に食べてしゃべるぐらいだけどな」
「まあまあ、みんなで集まることに意義がある!」

隣に藤吉がフォーク片手に、おどけて宣言すると、女子達が皆笑う。
でも藤吉の言葉には全面的に賛成だ。
皆でいれるなら、なんだっていいんだ。

「藤吉、体調平気?」
「寝過ぎでだるいけど全然平気。クリスマスに寝込んでられますか!」

休みに入る前に風邪をひいて学校を休んだ藤吉は、まだ少し顔色が悪い気がする。
藤吉は明るく笑って答えて、チキンを口に運んだ。
食欲は、あるみたいだ。

「大丈夫なら、いいけど。無理するなよ」
「サンキュ」

藤吉が太陽にみたいに笑うから、ほっとする。
こいつにはいつだってこんな風に朗らかに大らかに笑っていてほしい。

「明日は家族でやるんだっけ」
「うん。いつも通り、皆でツリー飾って、美味しいもの食べるだけだけど」
「本当に仲がいいよな。お前ら」

確かに、そうなのだろう。
友達がいなくて引きこもりがちだった俺を、兄弟皆が気にしてくれてそんなことになっている。
いい加減、俺も兄弟離れしないといけないのかもしれない。
物理的には、無理があるのだけれど。

「やっぱり一矢さんがそういうの企画するの?」
「うん、言いだすのは双兄だったりするけど、まとめてくれるのは一兄」
「一矢さんって、本当にいいお兄さんだな」
「勿論!」
「こーのブラコン」

思わず勢いこんで頷いてしまうと、藤吉が苦笑しながら肩を叩いた。
自分の子供のような反応に、恥ずかしくなる。
本当に、一兄に関しては全面的に信頼しているこの態度をどうにかした方がいいのかもしれない。

「また何男子二人で話しこんでるのー」
「うわ!」

佐藤がいつのまにかソファの後ろから近づいてきて、俺の肩に抱きついてくる。
柔らかい感触と、甘い匂いにはいつまでたっても慣れることがない。

「さ、佐藤、だからそういう風に」
「え、何?」
「………」

抱きつかないでって言おうとしたのだけれど、ぎゅっと首に巻きつかれると何も言えなくなってしまう。
佐藤はスキンシップが激しすぎる。
嬉しくない訳ではない。
いやむしろ嬉しい。
嬉しすぎる。
でも、これは地獄だ。

「あはは、三薙真っ赤。それと、千津、だからね!」
「う、うん………」
「そんなに呼ぶの大変かなあ」
「お、俺にとっては」

藤吉に助けを求めようと隣を見ると、眼鏡の友人は忽然といなくなっていた。
いつの間にか岡野と槇の隣に行って、なんのDVDを見るとかそんな話をしている。

「じゃあ、まあ、気長に待つよー。卒業までには千津だからね!」
「………それは、長いな」
「じゃあ、早く言えばいいんだよ」

一年間もこの問答を続けるのかと思うと、さすがに疲れてくるかもしれない。
ここは勇気を出して呼べばいいのだろうか。
でもやっぱり恥ずかしくて、言えない。
千津ちゃん、とかならいいだろうか。
それなら栞ちゃんと一緒だ。
いや、駄目だ、どっちにしろ恥ずかしい。

「あ、そうだ、三薙。今度肝試し行こうよ」
「はあ!?」
「三薙って、そういうの見えるんでしょ?」

佐藤が俺の首に巻きつきながら唐突に言いだす。
なんだかデジャヴュだ。
結構前に、同じことを言われた。

「また、肝試し?」
「うん!なんかいいところあるんだって!」

肝試しにいいところも悪いところもあるものか。
ていうか、悪いところしかない。

「………前に行った時、佐藤酷い目にあっただろ?」
「うん、なんか滑って頭打って気絶しちゃったんだよね。だっさ。あの時はご迷惑おかけしました」

あの時のことは完全に忘れてしまっているから、恐怖も痛みも覚えてないらしい。
それはいいことなのだが、恐怖心を失って再度同じことを繰り返すのは、まずい。

「そういう危ないことやめた方がいいよ」
「ちぇー。あの時は結局オバケ見えなかったしさ。この前の肝試しも。一度ぐらい見てみたいなあ」
「………危ないから、駄目」

あの時は止められなくて、あんなことになった。
今度は、そんなことはしたくない。
阿部と平田を思い出して、ズキズキと痛みが蘇ってくる。

「どうしても?」
「駄目」

佐藤が俺から離れて、仕方ないかあと肩を落とす。
それから口を尖らせる。

「藤吉も嘘つきだよね。あの幽霊屋敷絶対出るって言ってたのに。見えなかったし!」
「え」
「でもね、次教えてもらったのはほんとにほんとに絶対なんだって!」

力説する佐藤の言葉は、耳に入らなかった。
その前の言葉が、意外だったからだ。

「この前の幽霊屋敷って、藤吉に教えてもらったの?」
「うん。確かそうだったよ。3組の椎名も見たって教えてくれたもん」
「そうだったんだ」

藤吉は何も言ってなかった。
そう思ったが、そういえば俺も藤吉には何も言ってない。
それなら仕方ない。
世間話とか噂話の一環で軽く言ったようなことだろうし、こんなことになっていたとも思っていないだろう。
でも、今後はこういうことがないように、藤吉には佐藤にあまり話を吹き込まないように言っておいた方がいいかもしれない。

「とにかく、危ないから肝試しとかやめろよ。夜は変な奴もいるかもしれないし」
「うー」
「駄目ったら駄目!」

ちょっときつく言うと、佐藤は頬を膨らませたが渋々頷いてくれた。
言いすぎたかな、と思ったけれど、すぐに笑った。

「三薙のそういうところ、いいよね」
「そういうところ?」
「駄目なところは、駄目って言うところ。いいね」
「………」

どこか照れくさそうに笑いながら言いおいて、皆が集まっているDVDの方へ行ってしまった。
残された俺は、顔が熱くなってくる。
いきなりの褒め言葉は、不意打ち過ぎる。

「宮守君。はい飲み物お代わりどうぞ」
「わ、な、何、槇!」

胸が締め付けられて痛くて、思わず胸を抑えて俯いているといきなり話しかけられた。
慌ててソファから2、3センチ飛び上がってしまった。
今度は槇だ。
槇は優しくにっこりと笑いながら隣に座って、俺のグラスにウーロン茶を注いでくれる。

「彩が不機嫌になるから、千津とイチャつくのもほどほどにね」
「え、え!」

別にイチャついた覚えはない。
佐藤は確かにスキンシップが過剰だが、他の男子にもこんなもんだ。
でも、なぜだか居心地が悪くて落ち着かなくなってしまう。

「それとも千津の方と仲良くしたい?」

槇が穏やかに笑いながら、でも俺の一挙手一投足を見逃さないようにじっと見ている。
岡野と佐藤。
どっちと仲良くしたいと言われても、困る。

「お、俺は、どっちとも………」

だって、どちらも大切な友人だ。
ようやく出来た大事な大事な友達。
どちらか一方と仲良くしたい、なんて選べない。
俺の返事に槇がふっと息をついて、ソファに背を預ける。

「ま、そうか。友達、だもんね」
「う、うん」
「ごめんね、変なこと言って」

槇はそう言うと、またにっこりと笑って、立ち上がる。
それからそっと耳元で囁いた。

「私としては、彩がお薦めなんだけどね」
「え、えっと」
「千津もいい子だけどね」

それは知っている。
岡野も、佐藤も、どちらもいい子だ。
勿論槇だって、とても優しいいい子。
でも、槇が言っているのはそう言うことじゃないってことぐらいは分かる。

「でも、もうちょっとこうやって皆でワイワイ楽しくやってたいね」
「………うん」

槇の言葉には、素直に頷いた。
俺の気持ちが、どこに向かっているか多分分かってはいる。

でも、気付かないふりで今のままでいたいと思う気持ちも、本当。



***




ケーキを食べて食事をしてお菓子を食べて、ゲームをしてDVDを見て後片付けをして、クリスマスの一日を散々遊び倒した。
何もかもが楽しくて、ずっと笑っていた気がする。
でも、名残惜しいが、終わりはいつだって来てしまう。

「それじゃ、ありがと、槇」
「ううん、皆気をつけてね」

槇の家を辞することになっても、別れがたくて玄関前でも皆でぐずぐずと話す。
でも、寒風の吹きすさぶ冬の夜道は体温を奪っていくし、近所迷惑だし、本当に帰ることになった。

「あ、宮守君、彩を送ってあげてくれる?」
「え」
「藤吉君は千津のことよろしくね!」
「任されました!」

槇がてきぱきと決めて、俺たちを送り出す。
家の方向が一緒、だったっけ。
そうだったっけ。

「そんじゃな、宮守」
「ばいばーい」
「また学校でね」

そんなことをぐるぐる考えているうちに、皆は手をふって去って行く。
そして、残されたのは岡野と俺の二人。

「………」
「………」

岡野はじっと焦って黙りこむ俺のことを見ている。
そして寒そうにぶるっと体を震わせたのに、ようやく我に帰る。
こんな寒いところにいたら風邪をひいてしまう。

「か、帰ろうか。送るな」
「うん」

そのまま二人で街灯だけが照らす、暗い夜道を歩く。
なんとなく岡野が先を歩いて、俺が一歩後ろ。

「………怪我」
「へ?」
「もう大丈夫なの?」
「あ、うん。それほど深くはなかったし」

岡野が前を向いたまま、ぼそりと話す。
首にはいまだに包帯を巻いてはいるけれど、傷は大分よくなっている。
体中痛んではいたが、謳宮祭までには治るだろう。

あの空間が今になんだったのか、分からない。
術者とは誰だったのだろう。
天と熊沢さんが調べておくとは言ってくれたけれど。

「あんた、本当に鈍くさい」
「ご、ごめんなさい」
「謝るぐらいだったら怪我なんかすんな」

岡野が不機嫌そうに言う。
前だったら怖く感じたその言葉は、今では岡野の気遣いだって分かる。

「………ありがとう」

だから胸が温かくなるだけ。
嬉しくなってしまうだけ。
岡野は俺の礼につまらなそうに鼻を鳴らす。

「そもそも、送るつっても、なんかあってもあんたより私の方が強そう」
「う」

確かにそうだ。
岡野の指輪、かなり攻撃力ありそうだし。
あの何センチあるんだかよく分からないブーツのヒールは蹴られたらかなり痛そう。

「て、思ったけど、あんた結構強いんだよね」

でも、口ごもった俺に、岡野が続ける。

「いつもいつも、私らのこと、助けてくれるしね」

そして振り返った岡野は悪戯っぽく笑っている。
吊り上がった大きな目は相変わらずくっきり化粧で縁どられていて、猫みたいだ。

「少しは自信ついたの?へたれ」
「………うん」

街灯の下で見る岡野は、やっぱりとても攻撃的な外見で、でもかわいい。
一緒にいるだけで、胸が痛くなってくる。
俺を強くしてくれる、大事な大事な人。

「岡野とか、後、家の人とか、色々な人に助けてもらって、まだまだだけど、いじけないで、頑張る。俺は弱くなんか、ない。強くもないけど、でも、強くなれるように、頑張る」

岡野の言葉も志藤さんの言葉も、俺を強くしてくれる。
俺は強くはないけれど、弱くなんかないって、この人達の言葉が支えてくれる。
強くありたいと思うことが出来る。

「ありがとな、岡野。岡野にはいっつもいっつも、助けられてる」
「ふん」

平田を助けられなかった時も、阿部に責められた時も、投げやりになった時も、天と喧嘩している時も。
岡野はいつも俺を叱って、そして励ましてくれる。

「そ、それで、そのさ、お礼って訳じゃないんだけど」

ポケットから慌てて包み紙を取り出す。
ここを逃せば、もう渡せるか分からない。
プレゼント交換をして、それとは別に皆に感謝の気持ちのプレゼントをして、そして、岡野のプレゼントは結局渡せていなかった。
皆へのプレゼントの中に紛れさせてしまえばよかったのかもしれないのだが、なんとなくそれもできなかった。

「こ、これ。その嫌だったら捨ててくれても、返してくれてもいいから。本当に、ただのその、お礼だから!」

お礼って訳じゃないといいながら、お礼だと言いきるって意味が分からない。
思わず、自分で突っ込みを入れてしまう。
心臓は破裂しそうだし、顔に血が上って熱いし、眼球が熱の時のように押し出される感じがする。

「何これ。あんたプレゼント交換でプレゼント渡してたよね。それとは別に全員分渡してたし」

岡野は受け取ってはくれたが、リボンがかかった包み紙をじっと見る。
まっすぐに見れなくて、やや視線を逸らしながら説明する。

「え、と、その、それは、岡野への………。め、迷惑だったらいいんだ!本当にごめん!」
「………」
「す、すいません!すぐに返してください!すいません!」

沈黙に耐えきれず、岡野の手にあるプレゼントを奪い返そうとする。
しかしその前に岡野はリボンを解いて、包み紙を開いた。

「あ」

止める暇もなく中に入っていたセロファンの袋からクッション材を取り出して、ピアスを見つける。
そしてそれを手の平に転がした。

「ピアス」
「しゅ、趣味じゃないかな!そうだよな!本当にすいません!」

どこか不機嫌そうな岡野の様子が本当に怖くて、やっぱり謝ってしまう。
けれど岡野は俺の言葉に返事はせずに、自分の耳につけていた丸いピアスを取り外す。

「あ………」

身につけていたピアスを袋に入れてバッグにしまうと、俺の選んだすずらんのピアスを素早くつけてしまう。
それから小さく笑って、髪を持ち上げて俺に見せる。

「似合う?」
「う、うん」

それは思った通りシンプルだったけれど、岡野の耳によく似合った。
白いすずらんが、耳元で小さく揺れている。

「似合う。………えっと、か、かわいい」

ああ、声が上擦って、ひっくり返ってしまった。
こういう時、兄達や弟だったら、もっとうまく言えるんだろうな。
でも、かわいいって言えただけ、褒めてくれ。
いや、誰に褒めて欲しいのかよく分からないけど。

「………」

岡野が小さく笑うと、バッグの中をごそごそと探る。
そして何かを取り出して、俺に差し出す。

「これ」
「な、何?」

リボンのかかった透明のセロファンの中に入った、二種類のクッキー。
そしてそれに添えられた、手の平サイズのシンプルなブルーのポーチのようなもの。

「クッキー、と、えっと、こっちは救急セット?」

ポーチを開くと、その中には絆創膏や小さな消毒液、軟膏なんかが入っていた。
どうやら市販のものを詰め込んだ救急セットのようだ。

「え、これ、何?」
「………」
「痛い!」

何がなんだかわからなくて聞いてしまうと、岡野に思い切り足を蹴られた。
そのままくるりと振り返って、すたすたと歩いてってしまう。

「ま、待った!も、もしかして、俺に、プレゼント?」
「あんた、怪我とかするでしょ。でも、お守りとか、あんたには効かなさそうだし、だから実用的なものにした」

岡野は振り返らないまま答える。
やっぱり俺へのプレゼントだったらしい。
やばい、心臓がさっきより痛い。
俺、このまま死ぬんじゃないだろうか。

「いらなきゃ捨てる」
「いる!いる!いります!」

勢いこんで何度も言うと、岡野はようやく立ち止った。
そしてちらりとこちらを振り返る。

「あ、ありがと」

その目を見つめて、今度は言い逃さないようにしっかりとお礼を伝える。
もらったプレゼントは救急セットの中身こそ市販のものだが、クッキーもポーチもどうやらお手製のようだ。

「これって、手作り?こっちの、救急セットの中身も」
「………嫌なら捨てろ!」
「だから嫌じゃないってば!」

岡野の顔も、赤いことがそこでようやく分かる。
街灯の下で暗いけれど、白い顔がほんのりと赤く染まっている。
駄目だ、なんか、胸が痛くて、苦しい。

「すっごい、嬉しい。嬉しい。なんか勿体なくて食べられないかも」
「腐るから食えよ」
「あ」

岡野が俺の手からクッキーを取り返し、袋を開けてしまう。
俺のなのにって止めようとするが、岡野が一枚取り出して俺に差し出してくる。

「ほら」
「ん」

そのまま口に突っ込まれて、勢いで噛みつく。
さくさくとした感触と僅かな甘みは、手作り独特なシンプルな味がした。
焼き加減も甘みもよくて、とても美味しくて、お腹がいっぱいなのにいくらでも食べれてしまいそうだ。

「お、いしい。岡野って、料理うまいんだな」
「ちゃんと全部くえよ」
「うん!」

胸が痛くて痛くて。
クッキーが甘くて。
口の中に物が入ってるから、うまく息が出来なくて。

「あ、ありがと」
「何度もうざ………って、なんで泣いてんだよ!」

気がつけば、涙が出てきていた。
ああ、もう、本当にこの緩い涙腺、どうにかしたい。
みっともなくて、情けない。
女の子の前で、俺は何度泣いているんだろう。

「泣くなよ!」
「だって、う、嬉しくて」
「………アホか」
「ご、ごめ」

慌てて涙を拭おうとすると、その前に温かい両手が俺の頬を包み込む。
意外と短い爪を持つ指が、俺の目尻を拭う。

「あ………」
「いい年した男がビービー泣いてんじゃねーよ」
「ご、ごめ」
「本当にへたれ」
「ごめん」

俺の頬に触れる手は少し荒れていて、でも温かくて気持ちがよかった。
岡野の甘い、いい匂いがする。

「岡野の手、あったかい」
「あんたの顔が冷たい」

俺の頬を温めてくれるように、そっと手が押し付けられる。
すぐ傍にいる岡野の存在が、その甘い匂いが、俺の胸を締め付ける。
涙がますます溢れて来て、止まらない。
岡野の手まで、濡らしてしまう。

「何で、もっと泣くんだよ」
「………俺、こんなに幸せな気持ちに、なっちゃって、どうしよう」
「何が」
「知らなかった。幸せだと、怖くなるんだ」

家族に囲まれているだけでも幸せだと思った。
でも友達が出来て色々な経験をして、もっと幸せだと思った。
楽しくて楽しくて楽しくて、幸せで幸せで幸せで。
でも、それがどんどん怖くなってくる。

「失うのが、怖くなる」

岡野が呆れたようにため息をついて、ほっぺたをぐいっと引っ張る。
それから俺を挑戦的に睨みつける。

「ぐじぐじぐじぐじ考えすぎなんだよ。今が幸せなら、来年はもっと幸せになればいいでしょ」

これ以上の幸せなんて、あるのだろうか。
もっと幸せになんて、なっていいのだろうか。
でももっと幸せになれるなら、それはなんて幸せ。

「………うんっ」

幸福の訪れ。

ああ、本当だ。
岡野はいつも俺に幸せをくれる。





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