なんの疑いも曇りもなく、絶対の信頼と敬愛を捧げてくる純粋な存在を、どうして愛さずにいられるだろう。



***




早めに大学から切り上げて、近所のカフェで年下の少年と待ち合わせた。
こういう場所が慣れないのか、それとも俺を前にしているせいか、話の内容のせいか、少年の顔は強張り暗い。
まあ、無理もないか。
可哀そうだから、早めに切り上げよう。

「あの………、クラスで宮守、あ、三薙さんに近づいてる奴がいて」
「宮守でいい。面倒だろう。それで近づいてる奴って、どん子なんだ?」

不器用な二番目の弟だが、素直な性格と年よりも幼い外見のせいか割と人は寄ってくる。
特に今、藤吉が言ったような自分に自信のあるタイプが多い。

「面倒見がよくて、明るい奴です。だから、宮守のこと放っておけなかったみたいで」
「なるほど。君から見て、本当に性格がいい子かな」

寄ってくる人間の中には、からかいといじめ目的で近づく奴もいる。
どんな人間かは、見極めなければいけない。
藤吉は、眉を寄せて、しばし言葉を探す様に俯く。

「………うんと、面倒見はいいし、友達も多いです。でも自分に逆らうやつは許さないところもあるし、負けず嫌いっていうか、嫌いなやつの態度もはっきりしてます。それと………」

プライドが高い、自分より秀でる人間が許せないリーダータイプか。
この子の言葉はわかりやすい。
そして、人を見る目がある。
やっぱりこの子にしてよかった。

「そうか。まあ、君たちの年頃ならそういうのも当然だろう」

それくらいの年でプライドが高く負けず嫌いなことはよくあることだ。
意気軒昂でいいことだろう。
だが三薙の友人にふさわしいか、それはまだ分からない。

「三薙のいい友達になれそうかな?」
「………宮守が、今みたいに大人しく、あいつにくっついているなら、面倒見てもらえると思います」

自分におもねらない人間は、いらないってことか。
本当にこの子の言葉は、的確で分かりやすい。
弟と同じ年には思えないぐらい、大人びている。

「そうか、分かった。分かりやすかった。ありがとう。今日はとりあえずこれくらいで大丈夫だ。時間をとってすまなかった」
「いえ」

その後いくつかの事柄を聞いて労うと、藤吉は暗い顔で、首を横にふる。
三薙を売るような気がして、罪悪感があるのだろう。
協力を頼んだ時から、ずっとこんな苦しそうな顔をしている。
こんな年の子にスパイのような真似をさせるのは心苦しくはある。
だが、仕方ない。

「妹さんは元気か?」
「………はい、おかげさまで」

カフェを出るときに、いくつかショーケースに入ったケーキを選び、藤吉に渡す。

「妹さんはケーキは食べれるんだったな。じゃあ、お土産に持って帰るといい」
「そ、そんな、申し訳ないです」
「俺が持って帰っても仕方ない。持って行ってくれ」
「えっと、じゃあ、あ、ありがとうございます」

困惑したように、ケーキの箱を受け取る。
一回断ることも、その後ちゃんと受け取ることもそつがない。
要領がよく、頭の回転が良く、演技もできてしまう。
三薙の傍につけておくのに、ちょうどいい人間を見つけて助かった。

「君には面倒なことを色々してもらうと思う。すまない。嫌な思いをさせるな」
「………いえ」
「悪いな」

本当に難儀な子だ。
この器用さが、彼を更に追い詰めるのだろう。

ああ、そうだな。
やはり三薙の最初の友人には彼のような子がいいだろう。
三薙が心底愛せるような、心を預けるような、いい友人になるだろう。

いい友人を、演じてくれるだろう。



***




寝る前に運動をしようと道場に向かうと、もう夜もふけたと言うのに小学生の末弟が出てきた。

「四天。こんな時間まで道場にいたのか」
「うん。一矢兄さんはこれから?」

少女のようにも見える整った顔をした弟は、けれどその表情はいつも白けていて冷たい。
小学生とは思えない皮肉げな表情ばかり見せる。
冷笑を浮かべる弟の、受ける印象は硬質だ。

昔はもっと無邪気だったのに、いつから変わったのか。
奥宮に拝謁させてからか。
それとも、次の奥宮になるのが三薙だと知った頃からか。

「ああ。中々時間がとれないからな」
「そう」
「お前はまだ体も出来てない。あまり無理するな」

四天は俺よりもずっと強い力と、その他の才能も有り余るほど持ち合わせている。
次期先宮候補として十分な資質だ。
おそらく、俺とどちらかがきっと選ばれるのだろう。
なら、それまで四天も大事に育てなければいけない。
宮守のために、大事な人材だ。

「別に無理してるわけじゃないんだけどね」

四天はふいっとそっぽを向いて、俺の傍らをすり抜けていく。
大人しく従うものの、家へ対する反発が見え隠れしている。
強い意思をもっているくせに、どこか危うい。

「一矢兄さんは」

俺の横を通り過ぎて数歩歩いてから、四天が振り返り声をかけてくる。

「ん?」

大きな黒い瞳は、吸いこまれそうなほど輝いている。
珍しく少しだけためらってから、口を開く。

「一矢兄さんは疲れないの?」

それは何に、対してか。
何を探っているのか。

「さすがにちょっと疲れるな。今日は早く寝るよ」

とりあえずはぐらかして答えると。四天はわずかに苛立ったような様子を見せる。
元々の性格は、激情的な方なのだろう。
いくら理性で押さえつけようとしても、漏れ出てくる。
精いっぱい大人びて虚勢を張るが、まだまだ幼い、可愛い弟。

「………そう。そうだね。早く休みなよ。じゃあ、おやすみ」
「ああ」

大事な大事な愛しい、かわいい弟。
四天は、俺なんかよりずっと、先宮に相応しいだろう。



***




しばらく様子を見るために、何かを頼みたいらしい三薙を避けてみた。
その間にどう事態は動いたのか。
藤吉に与えた携帯に電話をし聞いてみる。

「どうかな。その後、三薙の様子は」
『えっと、その、宮守を部活に誘ってるんですが、宮守が中々入らないから、ちょっと苛立ってるみたいです。あと、この前体験入部した時に………』
「そうか」

一本とってしまった三薙に、苛立ち始めている、か。
やはりまだまだ中学生は幼い。
三薙が友達を作るにはまだ早いだろうか。
とりあえずその子は向いていないだろう。
予期せぬトラブルが生まれても困る。

少しくらいのトラブルはいい。
少しくらいのいさかいはいい。
悩んでも苦しんでもいい。
けれど、三薙のバランスに影響が出るものではいけない。

三薙の初めての友達は、おそらく初めてで最後の友達は、大切な愛しいものでなければいけない。
あいつが世界を、取り巻く環境を愛せるように、優しく温かいものでなければいけない。
それにやはり、こちらがコントロール出来た方がいいだろう。

「分かった。君に一つ頼みたいことがあるんだが、いいかな」
『………はい』

三薙の世界は愛しく優しく甘く、そして絶望に満ちていなければいけない。



***




「あーにき!たーだいまー」

リビングのソファで本を読んでいるとまだ未成年の弟が、酒の匂いをさせて帰ってきた。
少し素行が悪すぎるが、犯罪になるようなことはしていない。
まあ、昔の誰ともかかわらなかったころよりも、ずっといいだろう。

「双馬か。遅いな。母さんが心配する。あまり遅くなるな」
「わーってるって!」

お目付け役の熊沢がうまくやってくれたおかげだ。
年上の幼馴染にいたく懐いた双馬は、行動も口調もすべて熊沢を模倣する。
よく遊び、適度に真面目でふざけて軽い。
その模倣した『兄貴』像をそのままに、三薙を導こうとするのは微笑ましい。

「つーか兄貴の方が遊んでなかった?」
「お前と違って周囲に心配をかけるようなことはしていない」
「兄貴は要領本当にいいよなあ」

双馬は長くなった髪を掻き上げて、不機嫌そうにぼりぼりとかき毟る。
髪を長くするのは、もう一人の双馬への気遣いなのかもしれない。

「本当に、三薙にも見習わせたいぐらいだ」

少しだけ、声のトーンが落ちる。
強いふりをしても、双馬は結局弱い。
三薙の味方にもなれないし、奥宮として見ることもできない。
でも罪悪感があるのか、思い立ったように三薙に手助けをしようとして、こちらの様子をうかがってくる。

「そういや最近様子見てないけど、三薙どうなの?友達ぐらい出来た?」

こいつも本当に嘘がつけない奴だ。
俺の弟たちは、みんな素直で愛らしく可愛い。
抱きつぶしてキスでもしてやりたくなる。

「ああ、友達ができそうらしい」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、うまくいくといいけどな」
「………うん」

三薙から、友達ができそうだとでも聞いたのだろう。
だが双馬にも三薙にも悪いが、今回は見送らせてもらう。
もっと、環境が整ってからにした方がいいだろう。
今の三薙は弱く惑い卑屈で、けれど素直で家族を、人を愛する、無邪気な人間だ。
いいバランスで育っている。
それを台無しにするわけにはいかない。

「もう休め。お前はあまり気にしなくていい」

立ち上がり、双馬の髪を撫でる。
双馬はうつむき、唇を噛みしめた。

「………」

こいつの弱さからして、大それたことはしないだろうが、様子はみておいたほうがいいだろう。
熊沢にはよく言い含めておこう。
あいつは双馬のためになることが最優先だ。
双馬の身を危険にさらすようなことはしないだろう。



***




「どうして、俺、駄目なのかなあ」

出来そうだった友達とトラブルを起こし、結局嫌われてしまったらしい。
藤吉はうまくやってくれたようだ。
本当に、あの子は哀れなまでに要領がいい。

「なんで、こうなっちゃうのかな。どうして、人に迷惑かけちゃうんだろ」

期待を裏切られ傷つき哀しみ自分を責める。
ああ、可哀そうだな。
なんて可哀そうなのだろう、俺の弟は。

「どうして、うまく、できないのかなあ」

大きな目からぼろぼろと涙をこぼす。
純粋な悲しみの涙は、三薙の痛みを胸に訴えかけてくる。
俺が一番見ている三薙の表情は、泣き顔な気がするな。

「どうして、俺、駄目なの、かなあっ」

愛しい愛しい、可愛い哀れな弟。
優しく抱きしめ、三薙が必要とする言葉をささやく。

「お前は駄目なんかじゃない」
「う、くっ」
「お前は、少し不器用だけど、頑張ってる。自分を責めるな。俺はお前が人を思っていることを知っている。優しいことを知っている」

しがみついてくる手が、心地よい。
すべてを俺にゆだねる弟が、愛しい。
片手でひねり殺せてしまうような小動物の生殺与奪を握っているような、優越感。
思い通りにに動く愚かな弟への満足感。
どんな女と付き合っても得られない、充足感。

「でも、でも、皆、いなくなっちゃう!俺、皆に嫌われちゃう!」
「俺はお前が好きだ」

思った通りに動いてくれる。
思った通りに育ってくれた。

「………いち、にい」
「俺はお前の傍にいる。大丈夫だ」

お前のすべての把握する。
お前のすべてを管理する。

「大丈夫だよ、三薙。いつかお前の傍にいてくれる人が出来る」

そして、俺のすべては、三薙のためにある。
俺のすべては、三薙のために捧げる。

「俺はずっとお前の傍にいる」

愚かで哀れな、腕の中の小さい弟。
ああ、本当に。

こんな、なんの疑いも曇りもなく、絶対の信頼と敬愛を捧げてくる純粋な存在を、どうして愛さずにいられるだろう。






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