俺の周りの人が笑うのが好きです。 俺の周りの人が幸せなら、嬉しいです。 俺の周りの人が笑うのを手助けできることに、満たされた気分になります。 俺は受け入れられます。 俺は愛されます。 俺は温かな場所にいます。 俺は、とても幸せです。 それはタバコを吸おうと隠れる場所を探していた昼休み。 タバコはそこまで好きなわけでもない。 1人でいることが好きなわけでもない。 別にアウトローや反社会的行動とかそこまでの思い入れもない。 俺は教師からもクラスメートからも愛されてる。 そこから外れる気持ちとかはこれっぽちもない。 ただまあ、高校生らしい好奇心と見栄。 受験に向かうというどんよりとした訳もないストレス。 そしていつでもまわりに人がいることに、少しだけ疲れる時がある。 ただそれだけ。 そうして見つけた、旧校舎の片隅。 すでに取り壊しが決定していて、わずかな特別教室しか使われていない旧校舎には人気がない。 おそらく俺と同じような奴が何人もいるんだろう。 見てまわる教室には、タバコの吸殻や、煙の匂いが染み付いたものがある。 火の始末が気になりながらも、誰も手をつけていない部屋を探していた。 そして誰もこないような、隅も隅。 旧校舎の2F。 誰にも踏み入れられた様子のないその部屋を、俺は根城と決めた。 タバコで一服しながら、何気なく窓の外を覗く。 そこには鬱蒼と木が生い茂った、人なんて近寄りもしない裏庭。 おそらくこの旧校舎が取り壊される時には、同じく改装されるだろう場所。 昼でも暗くて、どことなく重苦しい。 「無駄な土地使ってるよなー。もう生徒いないし売っちゃえばいいのにー」 独り言を言いながら、目の前に広がる小さな森を見渡す。 「あれ?」 それは木がちょうど切り取られたようにぽっかりと空いた箇所。 ちらちらと、木や花ではない、自然に溶け込まない色が目についた。 それは薄めの灰色。 おそらくうちの、制服の色。 眼鏡の位置を直し、再度目を凝らしてみる。 薄暗い中に不自然に置かれた古ぼけたベンチ。 そこに横たわる1人の少女。 その姿はよく見知ったものだった。 「清水じゃん」 毎日、自分の後ろに座っている少女。 いつもつまらなそうに窓の外を眺めて、不機嫌に引き結んだ唇は人を遠ざける。 容姿は悪くもないのに、眉間に眉を寄せていればそれも分からない。 誰とも関わろうとせず、だからと言って何か問題を引き起こして教師を悩ますわけでもない。 成績も普通のようだし、運動神経も普通。 それだけ見れば人に馴染めないだけの、本当に地味な印象の娘。 事実、1年と2年の間は、彼女は地味で目立たない存在だった。 けれど彼女は現在、結構な有名人だった。 『清水千尋の姉』として。 入ってきた時から注目を浴びていた、一際目立つ端正な容姿。高い身長。 成績よく、運動神経もいい。 それだけならひがみもされるだろうが、柔らかな物腰は敵意をやんわりとそらして包み込む。 そんな非の打ち所のない完璧な少年。 それが、清水千尋だった。 そりゃもうもてるし、一部女子からはアイドル的扱いもされるという完璧超人ぷり。 表立って敵対する奴はいないけど、男のうちではいけ好かないと思われてることは間違いなかった。 付き合いがないからそこまで明確な敵意も好意もないけれど、俺もその高校生とは思えないそつのなさが、鼻につくといえばついた。 そんな完璧超人清水千尋の唯一の弱み。 いや、欠点。 それとも目の上のたんこぶ、だろうか。 それが姉の清水真衣だった。 中学が一緒だった奴らの中では、その話は有名だったらしい。 人付き合いの悪い暗い姉が、完璧な弟を独占して、束縛してる、と。 その噂はすぐに広がり、そして事実だ分かるまでに時間がかからなかった。 弟に彼女が出来ると、邪魔をして排除するとか、友達といるところにわざと声をかけて引き離すとか。 そんな話が次々と舞い込んできた。 俺としては、それを許す弟にも問題があるんじゃねえの、とは思っていた。 そして、いつも後ろでつまらなそうにしている少女が、そこまで激しい感情があることに意外な気持ちを覚えた。 俺が感じたのはそれぐらい。 そこまで、興味を抱くものでもなかった。 姉弟仲良くて結構結構、ぐらいな印象だった。 その姉のほうが今、俺の目の前にいた。 興味はそこまでなかったが、見るともなしに見る。 少しみすぼらしく見えるほどに華奢な体。 校則どおりの膝丈の制服がだぼついていて、更に小さく見える。 昼飯らしいコンビニの袋を横に置いて、ベンチに横たわっていた。 食事の後の、昼寝だろうか。 その無防備な様子は、どことなく微笑ましい。 気持ちよさそうに午睡を楽しんでいる少女。 しばらく眺めていると、夢でも見たのだろうか、清水の表情がわずかに曇った。 それは一瞬のこと。 まるでそれは迷子の子供のような、頼りなく、こちらまで哀しくなるような。 顔を手で覆い起き上がり、手を放したときにはすでにいつも通りのつまらない顔。 それは本当に本当に一瞬のこと。 気のせいといわれればそう思えるほどの、わずかな変化。 しかし、俺の脳裏にはその表情が焼きついた。 寂しそうな、哀しそうな、助けを求めるような。 ああ、その感情に触れてみたいな。 俺はその時初めて、清水真衣に興味を持った。 |