『て、ことなんだけどどう思う!?』
近頃の体の不調はとどまるところを知らない。
むかむかするし、痛いし、怖いし、哀しいし、ドキドキするし。
一体何がどうなっているのか。
とりあえず文字制限越えそうなぐらいの長文メールをしたため、ミカに相談することにした。
電話だと、自分がわけわかんなくなっちゃいそうだし。
まだ朝早いけど、ミカなら起きてるだろう。
この時間、いつも見ているテレビがあったはずだ。
しばらく見つめたまま待っていると、手の中でケータイが小刻みに揺れる。
相変わらずレスが早い。
『いや〜ん、おめでとう!とでも言うと思ったか!つかふざけんなボケ。』
え、なんか怒ってる?
なんで?何か怒らせること書いたっけ?
『な、何怒ってるのさ!なんか悪いこと言った?…ごめん。でも本当に悩んでるんだってば!』
今度はさっきよりも早い返信。
『お幸せにー』
はあ!?
訳わかんないよ、ミカ。
いつもは散々長文メール送ってくるくせに。
こんな時だけ…。友達がいのない奴。
『ちょ、ちょっとお願いだから相談のってよ』
また即レス。
『それはあれか!私に対する挑戦か!?どーせ私は寂しいわよ!くっそー…。せいぜい条例とか気をつけなねー!三面記事とか載ったら変態だよー。せーしょーねんほごじょうれいいはん』
………。
………。
………。
……………変態!?
青少年保護条例!?
な、何で!?
ていうか変態………て、私!?
何度画面を眺めても、書いてある文字は変わらない。
なんで体の不調を訴えて、私が変態に……。
やっぱりおかしいのかな、私。
どっかおかしいから変態?
なんかやばいのかな。
………駿君に近づくのが?
なんかおかしいのって駿君の傍にいるときだし。
このおかしな症状が変態なんだろうか…。
変態って…、あれだよね、春先とかに出る、コートで全裸の人とか。
そういうのと同じレベル?私!?
私裸コート!?
やだよ!
そういえば私行動近頃変だよね。
駿君が近くにいると本当に焦っちゃって、田んぼに落ちるし、ドブに落ちるし、転ぶし、電信柱に激突するし……。
本当に変……。
て、変?変態!?
やっぱり変態!?

その後まったく返信のこなくなったケータイを見つめたまま、私は答えの出ない問題を考え続けた。



***




「なあ、お前本当に近頃変じゃねえ?」
今日はおじいちゃんの家で一緒に昼ご飯を食べている。
私が来てからは、気遣ってくれるのか駿君はよく一緒にいてくれる。
今日も午後から部活なのに、お昼だけは一緒にいてくれるのだ。
怖くて乱暴な…けれど優しくて頼りになる駿君。
………正直、私が変態な今、ちょっと困るのだが。
「おおおおおお、おかしくなんて全然ないでございますよ!」
ちょ、ちょっと声が上ずったかな。
隣に座った駿君は切れ長な目を更に細めて、こちらを怪訝そうににらんでくる。
う、そんな風に見つめられるのも挙動不審になってしまって困るのだが…。
それも一瞬、駿君は目をそらす。
よかった……。
しかし駿君は机を見たまま、どこか怖い顔をしている。
「なんかお前、近頃俺のこと避けてねえ?」
避けてる……、と言えばそうかもしれない。
駿君に近づくと本当におかしなことになってしまうし。
いつからだったか……この前海にいった時からだろうが。
「そ、そんなことないよ?ほら、今も一緒にご飯食べてるし」
駿君は顔を上げない。
なんか、怒ってる?
というよりはちょっと寂しそう…?
そのまま深いため息をつく。
「そうかよ」
あ、やっぱり声に険がある。
怒ってるのかな…。
「あ、あのね!」
ガチャン!
慌てて弁解しようとして無理な動きをした結果、机に乗っかっていたそうめんの汁をこぼしてしまう。
「わ、わわわわわわ!」
ど、どんどんこぼれてくる。
た、畳に落ちる。
あせって自分のスカートで拭こうとしてしまう。
「馬鹿」
それとは対照的に駿君は冷静で、私の手を止めると、机の上にあった布巾でまず机を拭く。
そうしてそれ以上零れ落ちるのを防ぐと、おばあちゃんに頼んで雑巾を頼んだ。
「まったくお前は……メシも落ち着いて食えねえかよ」
「ご、ごめんなさい…」
返す言葉もございません。
また情けない気分になりながら、少し飛んでしまった汁を手の甲で拭こうとする。
と、その前に駿君の手が伸びてきた。
「顔にもついてるし」
ちょっと笑い混じりで、ティッシュで拭い取る。
わ、わわわわわわ。
か、顔が熱い。
心臓が痛い。
つーか、私変態さん!?
「や、やめて!触らないで!」
思わずその手を振り払ってしまった。
「………」
その瞬間、駿君の顔が、凍った。
ちょっと笑い混じりだった顔が、一瞬で無表情に。
それは、前にも見た、傷ついた顔。
「あ、違……」
なんだか喉が引っかかって、声が上手く出てこない。
それでもなんとか弁明しようとした時、玄関先から扉が開く音がした。
古い日本家屋らしい、引き戸が開く音。
「ごめんくださーい。崎上君いますかー?」
大らかなところのあるこの地域では、チャイムを鳴らさずこうやって声をかけることは結構ある。
そしてこれは、聞き覚えのある声。
ショートカットの明るい美人な女の子。
足が長い。
駿君が私から顔をそらすと、無言で立ち上がった。
玄関へ向かう。
「あ……」
慌てて声をかけようとしたが、駿君は振り向かなかった。
どうしよう……、悪いことをしてしまった……。
「ケンカでもしたのか?」
駿君が消えていった廊下のほうを見つめ、私が固まっていると、机の向こうにいたおじいちゃんが声をかけてきた。
そちらを振り向く。
「え?」
「なんか様子がおかしいなあ。どうしたんだ?」
「あ、ううん。大したことじゃなくて、ケンカとかじゃなくて……」
つっかえつっかえ言葉を捜す。
そう、ケンカでもないし、駿君が悪いわけでは勿論ない。
私が変態なだけだ。
「鈴鹿もまた生傷が増えたしな」
「またって!そりゃこの前来た時はスキーがあったから怪我してたけど!」
まあ、確かに近頃はよく転んだりしてたけど。
でも田舎でそんなに怪我をした覚えはない。心外だ。
「覚えてないのか。お前がほら、小さい頃、よーく木から落っこちたり、ドブに落っこちたり、転んだり、壁にぶつかったり、犬のフンを踏んだり」
う、ううううう。
覚えてないっていうか……忘れてたかった。
つか最後のは生傷関係ないよ!
そんなひどいことなってったっけ、私…。
「そのたびに泣いてるお前より2周りはちっこい駿が連れてきてなあ。駿は無愛想なガキだったけど、昔から責任感強いからお前がどんなにドジやらかしても面倒見てたな」
は、恥ずかしい……。
確かにあの頃の私はドジやらかしまくりの迷惑かけまくりだった。
この前はっきりウザかったとか言われちゃったし。
最後の一回は本気で置き去りにされたりしたし。
お、思い出したくないなあ。
……でも、あの頃のことがなければ、今、こうしてる私もいないし、駿君とも、こんなに仲良くなっていなかったかもしれない。
そう思えば、本当に大事な想い出だ。
4つも年下の、しかも小学1年生に面倒見てもらう小学5年生。
……情けなすぎる。
………やっぱり忘れたいかも。
「まあ、お前が駿を追っかけていくからその分ドジも増えてたんだがな」
……それは、うん。
家で大人しくしてたら怪我はなかったはずだし。
それでも。
それでも私は、駿君といたかったのだ。
「お前は駿が好きだったし、駿もお前のこと気に入ってたし、このままお前がこっちに嫁に来てくれたらなあ、と思ってたんだが」
………。
「はあ!?」
がしゃん。
急に手をついた机がまた揺れる。
思わずもう一度そうめんの汁をこぼしそうになった。
もうあまり中身がなくて助かった……。
「な、何言ってるのおじいちゃん!」
「何って、お前も駿のこと好きだろ?」
いや、そんななんでもない顔をして言われても!
駿君が好きって…、そりゃ好きだけど…。
よ、嫁って。
「駿は問題ないしな」
問題ない…。
それはどういう……。

その時、玄関先から明るい笑い声が響いた。

2回ほど話した、ちょっとかすれたけれど明るくてかわいらしい声。
駿君の低い声が何か言っている。
それにまた、かわいらしい女の子の笑い声が応える。
この前みたいに、楽しそうに会話しているのだろうか。
真壁さんにもまた、『馬鹿』て言うのだろうか…。
「………」
「だからな、鈴鹿。俺としてはお前達に仲良くしてもらって…」
「ありえない!」
「え?」
急に声を上げた私に、おじいちゃんが呆気にとられたように言葉を切る。
むかむかしてくる。
頭が真っ白になってきた。
「私がお嫁にくるとかありえない!」
「お、おい鈴鹿?」
「しかも駿君となんて絶対ない!駿君なんて、怖いし、乱暴だし、年下だし」
どんどん熱くなってきて、言葉止まらなくなってくる。
思ってもない言葉まで、出てきた。
「駿君なんてやだ!絶対やだ!」
そこまで言い切って、息をつく。
頭に血の上っていた私は、近づく足音にも気づかない。
後ろからかかったのは、聞きなれた耳に心地いい低い声。

「へえ、そうかよ」

自分が震えたのが分かった。
その声は、いつもよりももっと低くなっている。
そして、その声に感情はない。
いつものような笑いや苛立ちを含まない、平坦な声。
ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには廊下の続く障子に手をかけて立っている駿君がいた。
いつものように怒った怖い顔ではない。
それでも、いつもより、ずっと怖かった。
「すごい言われよう。悪かったな、そこまで嫌われてるとは知らなかった」
ぼそりと、やはり抑揚のない声でつぶやいた。
近頃私より目線が少し高くなった体を翻し、玄関に向かう。。
「あ、しゅ……」
何を言おうとしたのかは分からない。
それでもその背に声をかけた。
自分で言った言葉に返ってきた言葉なのに、傷ついてる身勝手な自分がいる。
すると駿君は肩越しに、こちらを振り向く。
「俺だって、お前みたいのはイヤ」
そう、吐き捨てられた。
さっき真っ白だった、頭は一瞬で赤くなる。
「しゅ…」
駿君は振り向かない。
息が苦しくなってくる。
肺の中の息を、一気に、吐き出す。
「駿君のバカー!!!!!!」
手元にあったティッシュ箱を力いっぱい投げつけた。
漆塗りのティッシュケースに入っている軽いがなかなか攻撃力のある代物だ。
後ろを向いていた駿君の頭に見事にヒットする。
「いだっ!!てめ、何しや……!」
そこでようやく振り向く駿君。
「駿君は足が長い方がいいんでしょ!!どーせ私はO脚よ!!!」
急いで立ち上がると、立ち尽くす姿を脇目に玄関へと向かう。
この前怪我した足が痛いが、かまわない。
とにかく、走りたい。
「え、鈴鹿さん?」
玄関にいた真壁さんにもかまってられない。
私は急いでサンダルをつっかけると、開け放たれたままの扉から飛び出した。






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