駿君が家に来た初日。
観光にでたものの色々あって帰ってきてしまった。
駿君は今日も怖かったです。
でも、途中一緒に帰ってきたあたりからものすごい機嫌がいい。
機嫌がよくて、優しい駿君は嬉しい。
……よすぎてちょっと怖いけど。

もう夕暮れ時。
駿君がすっかり気に入ったお母さんはうきうきと調理にとりかかろうとする。
隣で一緒にテレビを見ていた駿君が立ち上がった。
「手伝います」
そう言って台所に行く。
「あらやだ、お客さんに手伝わせられないわよ」
「いえ、お世話になってますし」
「座っててよ。すぐ出来るから」
「家でいつもやってますから。これ皮剥くんですよね」
お母さんにそれ以上断る隙を与えずにじゃがいもを手に取る。
さりげなくて手馴れた仕草。笑顔も忘れない。
……礼儀正しすぎる。見事なものだ。
お母さんもちょっと困ったようだが嬉しそう。
「悪いわね。じゃあ…お願いできる?これ包丁。よろしくね」
「はい、乱切りでいいんですよね?」
「ええ、お願い。もう、本当にいい子ね!家の娘は何にもやらないんだから」
……これ、私の立場がアレだよね。
ていうか立場がないよね。
「……私も手伝う」
しょうがなく私も台所へ向かう。
「あらー、無理しなくていいのよ?やりなれてないんだし」
「近頃は少し手伝うでしょ!」
「少しね」
「う、うう」
「まあ、いいわ。はい包丁。駿君と一緒に皮剥いてちょうだい」
「……はい」
私はしぶしぶ包丁を握った。そして同じようにじゃがいもを手に取る。
横ではお母さんと駿君が話している。
「駿君うまいわねー!私よりうまいかも」
「切るのは慣れてるだけです。味付けとかは全然」
「そこまで出来る小学生の男の子っていうのもすごいわよ!感心!
うちの娘と取り替えたいわ!」
なんかひどいこと言われてる…。
そこでちらりと駿君の手元を見る。

……本当にうまい。

大きな手で器用に包丁を扱い、するすると危なげなくジャガイモが
剥き身となっていく。
皮が途切れないよ!これりんごとかじゃないのに!
あんなぼこぼこしてるのに!
しかも皮に身があんまりついてない!皮だけ剥いてる!
私ぜったい剥き終わった後2割減ぐらいなのに……。

なんか大きな手がかっこいい。
お母さんのものだけど、シンプルな腰にまいたエプロンが似合っている。
男の子とか男の人とか、男性が料理している姿はなんだかセクシーだ。

思わず駿君の手元に見入ってしまう。
駿君が気づいたようにこちらを見る。

「鈴鹿?」
「あ、いや、う、うまいね!私も皮剥かなきゃ!」
慌てて自分のジャガイモに集中することにした。

ざく。

「いだー!!!!」

思いっきり指を切った。
ジャガイモが真っ赤に染まっていく。

「あ、ど、どうしよ!ジャガイモ洗わなきゃ!きゃー!包丁落とした!
て、あ、いたい!服に血がついたー!」
「この馬鹿!」
慌てて完全にパニクる私に駿君が一喝する。
そして切った方の手をとられた。
そのまま駿君が口に含む。
て、え?

う……駿君が指なめてる。
傷口に舌を這わして、血をすう。
うわ……どうしよ…指が、熱い。
痛いんだけどそれ以上に熱い。
指先にすべての神経が集中しているようだ。
心臓もその熱さに連動するようにはやくなる。
顔も熱くなってきた。
ど、どうしよ…。

「…しゅしゅしゅ、駿君…?」
「ん?」
ようやくかけた声に、駿君が顔を上げる。
そうしてようやく自分がやっていることに気づいたようだ。
動きが止まる。
駿君の耳が一瞬で赤くなった。

「………」
「………」

時間が止まった。
ど、どうしよう。まだ私の指、駿君の口の中なんですけど…。

「鈴鹿、指切ったの?ドジねー!」
お母さんの声が聞こえた。
同時にお互い一歩離れる。
よ、よかった。心臓止まるかと思った。
「ほら、とっとと居間で手当てしてらっしゃい。ここは私やってるから」
「あ、う、うううううん!」
「……やってやる。ほら、手を心臓より上に上げろ」
駿君が私の腕を引っ張りあげる。
そのまま居間に連れて行かれる。。
「じ、自分で出来るよ!」
「お前が、片手で、自分の指を、手当てできるのか?」
わざわざ文節で切ってくる。
に、憎たらしい。
「出来るってば!」
「へー、じゃあ見物する。鈴鹿ちゃんがそんなに器用になったなんて
俺としても嬉しい」
う、くくくく、むかつく。
さっきまで自分も赤くなってたくせに!かわいかったくせに!
もうすっかりいつもの調子だ。
「見てなさい!私の実力を!」
「はい、じっくり拝見させて頂きます。てそんなことしてる間にさっさとしろ」
「……はい」



「で?」
「う、うう」
指を怪我してたから駿君に救急箱を取ってもらい必要な道具を取り出してもらった。
血はもう止まっていた。
後はさっさと消毒して薬塗ってバンドエイドを巻くだけだ。
だけ、なのだが……。
しょ、消毒すらできない。
「お前なんで右利きなのに右手に怪我してるんだよ…。わけわかんねえ」
「い、いや、焦って左手で包丁掴んじゃってみたいで。そのままジャガイモ
切ろうとしたせいで、こう……」
駿君が大きなため息をついた。
う、うう……。
「ほら、貸せよ」
駿君が無理やりピンセットを取り上げた。
「……お願いします」
こう言うしかなかった。

駿君はてきぱきと私の指を手当てしていく。
本当に器用だ。
やっぱり手が大きいなあ…。
私の丸っこくて指の短い手と違い、筋張って長い。
うらやましいな。マニキュアとか塗ったら似合いそー。
「結構深いな。包帯巻いとくからな」
そう言ってすばやく包帯を巻いていく。
「はい、終了しました。鈴鹿?」
ぼーっと駿君の手に見とれていた私を、駿君が怪訝そうに見る。
「おい、鈴鹿」
「は、はい!」
「何ぼーっとしてるんだよ。終わったって」
「いや、駿君の手ってかっこいいなー、とか思ってた」
思わずぽろりと本音が漏れてしまった。
いや、でもいいよな。この手…。
「……」
駿君が無言だったので目をやると……あ、やっぱり耳が赤い。
駿君、直球勝負に弱いんだよね。
私が知る、駿君の数少ない弱点。
こういうところは、普段と違ってかわいい。
思わず噴出してしまった。
すると駿君がむっとした顔をした。
あ、まずい。
駿君が手をこちらに伸ばす。
殴られる!
思わず身構えたが、一向に衝撃はやってこない。
「………?」
恐る恐る駿君を見ると、殴るのではなく私の頬に触れてくる。
「え、え?」
「こんな手でよかったら、いつでもどうぞ」
う、うわうわうわ。
ななななななに?頬に血が上ってくる。
駿君はそこでにやりと笑った。
「真っ赤。たこみてえ」
そう言って軽く私の頬を叩いた。
「いた!」
「さてと、俺は手伝ってくるけど、お前はそこにいろ。邪魔」
そうして駿君はさっさと立ち上がると台所に行ってしまった。


く、悔しい。なんかすごく悔しい。
負けた気がする。
冬におじいちゃんの家に行ってからなんだか本当に変だ。
駿君のことを考える時間が増えたし、駿君に触られると動悸息切れ、不整脈。

なんか、近頃、本当におかしい。





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