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駿君に連れられておじいちゃんの家に到着してから30分。 すでに帰りたいです。 お母さん助けて。 あれから駿君はちゃんとおじいちゃんの家に案内してくれた。 ちなみに家は本当に駅の近くでした。 ここにたどり着くまでに、駿君には色々迷惑をかけた…。 体中にあざができちゃった……。 まあ、それはいいの、それはね……痛いけど。 問題は今!今この瞬間です! ……空気が重い。 苦しい。息苦しいよ。 おじいちゃんの家に私を連れてきても、駿君は自分の家に帰らなかった。 おじいちゃんも、歳が近いし話が合うだろうと好意的。 おじいちゃんとおばあちゃんはその後買出しに行って不在。 つまり…今家には駿君と私二人きりということになる。 無言。 無言。 無言。 痛い、痛いよ!体中のあざよりこの空気が痛い! 駿君はずっと不機嫌だ。 やっぱり怒ってるのかな…。 話しかけてもほとんど返してくれない。 ああ、とか、うんとか……倦怠期の夫婦ですか。 それなのに帰らず同じ部屋にずっといる。 同じ部屋なのにその距離約5メートル。 はじとはじ、対角線上にいる。さすがに田舎の家は広い。 ……そんなに私と一緒にいるのが嫌なら自分の家に帰ればいいのに。 そんな不毛な時間を更に10分も過ごした後、救いの女神は現れた。 救いの女神はお隣のおばさん。つまり駿君のお母さんだった。 私が来たので、料理とかのお手伝いに来たらしい。 普通に家に入ってくる辺りも、こう大らかな地域色を感じる。 「久しぶりねー。鈴鹿ちゃん!すっかり大きくなっちゃって」 私はようやくこの空気から解放されてほっとする。 ありがとう、おばさん! 久しぶりにあったおばさんは駿君と違って記憶の中のおばさんと同じ。 明るくて、テキパキしている。 駿君を早くに生んだせいか、まだまだ若い。 私のお姉さんでも通りそう。 5年前より、少し太ったかな…? 「はい、お久しぶりです。今回はお世話になります」 「まあまあ、礼儀正しく挨拶なんかしちゃって。もう高校生なのね。 本当、綺麗になっちゃって」 「え、あはは、やだな、もう」 お決まりの文句とはいえ、やっぱり嬉しい。 ずっと無言だった駿君が横を向いてぼそりと何か言った。 「どこかだよ」 何よ!なんでそんなところだけ反応するのよ! と、私がさすがにキレそうになった時、おばさんが駿君の頭をはたく。 「こら!なんてこというの!ごめんなさいね。この子、照れちゃって」 「うるせーな!そんなんじゃねえよ!」 おばさんはもう一回駿君の頭をたたく。 ……ありがとう、おばさん。ちょっと嬉しい。 「親にそんな口のきき方するんじゃない!本当に生意気なんだから!」 「親の教育のたまものだろ?」 あ、今度はこぶしでいった。さすがに痛そう。 頭を押さえる駿君を置いて、おばさんはこちらをふりかえる。 「この子ちゃんと案内できた?」 「はい、駿君がいなかったら私今頃遭難してました」 「あらあら」 「笑い事じゃねーよ。そいつ山の方に向かって一直線だったぞ」 「年上の人をそいつ呼ばわりしない!でもよかったじゃない、あんた鈴鹿ちゃんが 来るのずっと楽しみにしてたもんね」 「えっ?」 「ば、ふざけんな、ババア!何言ってんだよ!」 駿君は今まで以上に怖い顔になる。 ちらりとそちらを見ると……にらみ返された…。 怖いよう…。 おばさん…やっぱりそれはきっと勘違いですよ…。 駿君はそのまま立ち上がる。 「…もう俺行くからな!純太、迎えにいってくる」 「あ、純君元気?もういくつになるの?」 「小1。元気すぎて困ってる」 あ、普通に会話できた! 純太君は駿君の弟。この前来たときにはまだまだ赤ちゃんだった。 かわいかったな。 小1ってことは、駿君より5つ年下ってことか。 「おっきくなったんだろうなー純君。後で遊びに行くね」 「ばばくせ」 一刀両断。なんでこうなるんだろう…。 「もう!なんでいっつもそんな返事なの!おじいちゃんとかおばあちゃんには あんなに礼儀正しかったのに!」 さすがに我慢できずに怒ってみた。 やっぱりびしっといかなきゃダメよね。なめられてるからこうなるのよ! そんな私に駿君は鼻で笑う。 「尊敬できる人間にはちゃんと礼儀正しくするさ。残念ながらどうみても民家なんか ない道を突き進んで迷ったり、転んだ挙句財布落としたり、荷物ぶちまけたり、 靴をなくしそうになるような奴には敬意を払うことができません。文句があるなら 小学6年生に迷惑かけないようにしてから出直して来い」 「うう……すいませんでした」 返す言葉もございません。 やっぱり駿君には逆らえない…。 小さい頃は駿君だってあんなにかわいかったのに…。 ……姿かたちは。 「で、なんで俺は駿『ちゃん』で純太は『君』なわけ?」 「なんで…て言われても…くせだから…」 「今度『ちゃん』とか言ったら殴るからな」 「は、はい」 そのまま駿君は出て行った。 ……もしかして私が一人にならないようにいてくれたのかな? まさかなあ。 首をかしげているとおばさんが含み笑いをしてこちらを見る。 「ふふ、本当にあの子鈴鹿ちゃんに懐いているのねえ」 「はあ?」 思わず素で返してしまった。 あれのどこが懐いていると! あの無愛想な態度のどこが懐いていると! でも逆らえないし、嫌えない…。 なぜだろう。……やっぱり怖いからかな。 小さい頃から怖かったし…。刷り込み? 「駿ね、鈴鹿ちゃんに対してすっごい態度悪いでしょ。あれが懐いてる証拠。 あの子、普段人にはすごい礼儀正しいもの」 それは馬鹿にされてるということではないでしょうか…。 「もー、くそ生意気に大人びちゃってね。ほらうち旦那がいないでしょ。 その分あの子が肩肘はっちゃてるのかもしれないけど」 おばさんが困ったように笑った。 そうだった。駿君のところにはお父さんがいない。 純君が生まれてすぐに離婚してしまったのだ。 結構苦労して、二人を育てたようだ。 お父さんとお母さんがそう話していた。 そのせいか、駿君は小さい頃からしっかりしてるし、怖い。 「ま、仲良くしてやってよ。本当に鈴鹿ちゃんが来るの楽しみにしてたんだから」 「あ、はい。私こそよろしくお願いします」 「ふふふー、もう鈴鹿ちゃんたらかわいいんだから。さ、料理の下ごしらえしちゃおう。 手伝ってね」 「はい!」 ……私に手伝えること、あるといいけど。 その日の夕飯(結局おばさんとおばあちゃん作)は駿君たちと一緒に食べた。 おじいちゃんとおばあちゃんは優しくて、おばさんは楽しくて、純君はかわいくて、 ……駿君は怖かったです。



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