「まあ、いいけどね、暇だから」
「楽しそう〜。やるやる〜、その人見てみたい!」
「俺はヤダ」
吉川にはヘッドバッドを決めた。
かわいそうなカースト制度底辺の少年は頭を抱えてうずくまる。
「皆ありがとう!快く引き受けてくれて!やっぱり持つべきものは友達だよね!」
「俺と加奈ちゃんの仲じゃない」
「そうそう。私もそんな楽しそうなもの見逃せない〜」
「だ、だから俺は……」
まだもごもごと何か言っている吉川の首根っこを掴んで黙らせ、4人は生徒会室を出た。



「でももう放課後だから、そんなに生徒残ってないね」
のんびりと辺りを見回しながら神崎が言う。
一際長身のため、視線が遠くまで届くようだ。
加奈とは従兄弟であり、よく似た硬質のさらさらの黒髪をしている。
一重の切れ長な目をしており、一見梨園の御曹司のようにも見える。
「同じ学年って言ってたけど、クラスは分かるの〜?」
その隣を弾むような独特なテンポで歩きながら、寺西が聞く。
こちらは典型的な派手美人。彫りが深くはっきりとした目鼻立ち。
その中でも大きな目が一番魅力的だ。ゆるくウェーブのかかった明るい色の髪はそんな彼女を引き立てている。もう一つ目に引くのは制服の上からでも分かる、見事な胸部の盛り上がりだろう。
「………なんで俺まで」
ずっと一人で文句を言い続けているのは吉川。
丸っこい目とふわふわの茶髪。更には一般の高校1年生よりは小柄な体と挑戦的な性格で、どっからどうみても小型犬。
もちろん意見は瞬殺される。
「緑の校章してたから、たぶん1年だとは思うんだよね。で、かなり背が高かった。叶と同じぐらい」
きょろきょろと辺りを見回すのは貴島加奈。
つややかな肩より長い黒髪、黒目がちの大きな目。
華奢な手足に小柄な体。日本人形とよく例えられる立派な美少女だ。
ただし中身は暴君ネロ。

放課後の学校は人がまばらで閑散としていた。
校内には人が少ない。
残った人間は授業を終えた後の解放感でざわついている。
一時を友人と過ごす生徒、部活動へ向かう用意をする生徒。
外からは運動部の歓声が響いてくる。
「加奈ちゃんが知らないって事は付属じゃないんだよね?」
「うん、付属の連中なら顔ぐらいなら知ってるし」
「じゃあ〜編入組か〜。編入組の1年生を片っ端から当たってったら分かるかな〜」
「他に特徴は?」
神崎に問われて加奈は腕を組んで昨日のことを思い出そうとする。

まず1人目を一発で地面に沈めた見事な足。盛り上がる大腿筋。
2人目を返す足で回し蹴り。引き締まる大臀筋。
残る1人を拳で黙らせる。雨に濡れた制服からうっすら見える、美しい後背筋。

「特徴は……めっちゃいい男……」
どこか遠くを見ながらうっとりと加奈が言った。
「参考にも何にもならねえよ」
ぼそりと言う小型犬。
ヘッドロックが決められる。
「う〜ん、どんな男前なの〜?顔がいいの〜?」
「顔は……」
「顔は?」
「……目が二つ。で、口が一つ…かな」
「それでその人は鼻が一つだったりしたのかな?」
「うん」
スパターン、と3人から頭がひっぱたかれた。
「何すんのよ!」
「本人がそんなんでどうするんだよ!」
「確かにね〜、それじゃ探しようもないわね〜」
「片っ端から、昨日女の子助けませんでしたか?とか聞いてもね」
一気にやる気をなくした3人。
「で、でも一目見れば分かるの!絶対分かる!」
握りこぶし固める加奈。
「それ、俺らが手伝う余地ねえじゃねえか…」
吉川のつっこみ。
加奈は少し考えると、

「……そっか」

ぽん、と手を打った。
スパーン。
もう一度はたかれる。
「はい、それじゃお疲れ様。生徒会の業務に戻りましょう」
「頑張ってね〜加奈ちゃん〜、見つかったら教えてね〜」
「あー無駄な時間使った」
そのまま三人は去っていった。

「この薄情もの!それでも付き合うのが友達でしょうが!」

加奈の叫びが響き渡った。


*




夕暮れの通学路。
電信柱の影が長く長く道路に落ちている。
少し大きな国道の道を、4人は一緒に帰っていた。
加奈は努力が無駄に終わって肩を落としている。
「まあまあ、同じ学校なら絶対会えるって」
「そうよ〜、加奈ちゃんなら見つけられるわよ〜」
「どうでもいいけど、お前の仕事たまってるからな。明日には片付けろよ」
3人の励ましの言葉など入らないぐら沈んでいた。
「………どこにいるのかな。私の運命の人…。」
そうして切ないため息をつく。
「キモ」
後ろから背中に蹴りを入れた。
「全く、だからあんたは女心が分からないつーのよ。この切ない胸の痛みを思い知れ!」
げしげしと連打する。
足を上げすぎて、スカートの中が見えそうだ。
「お前にだけは女心なんか語られたくねえよ!」
ちょっと前に駆けて、攻撃を回避する。
「あ、俺ちょっと買いたいものあるんだけど寄ってっていい?」
じゃれあう2人を特に気にすることなく、神崎が通学路途中の結構大きめなスーパーを通りがかりに言った。
3人は特に異論もなく従った。


「1人暮らしは飯作るのがねー。あ、今日はキャベツが安い」
「会長ったら所帯じみてて男前〜」
「でっしょー。もう家事の腕はプロ裸足よ」
「素敵〜」
「あ、加奈ちゃん、勝手に人のカゴにお菓子を入れない。買わないよ」
「けち」
わいわいと騒ぎながら買い物する。

4人はこうして一緒にいることが結構多い。
他に予定がある時は別だが、特にない時はこうしてだらだらと一緒に時を過ごす。
時には1人暮らしの神崎の家で泊り込んだりもする。
付き合いも長く、気の置けない仲だった。

「しっかしキムチを自分でつけちゃう男子高校生ってなんかヤダ」
「自分でつけたほうがうまいんだよ。俺のは本格派ですよ」
「なるほど、会長の今の彼女、韓国料理好きなんですね」
「余計なこと言わないでいいよ、吉川くん」
穏やかににっこり笑っているが、目は笑ってない。
「……すいません」
「お、うちの制服発見。お仲間だ。しかも男。主婦仲間かしら」
神崎が前を眺めながら言う。
他の3人は釣られてそちらに目をやる。
「あ、本当だ〜。お肉のお値段じっくり見てる〜。主婦仲間ね」
「あれ、あいつ……」
吉川が何か言いかけた時だった。

あの後ろ姿は……もしかして。
加奈は狭い通路を走りだす。隣の主婦にぶつかって文句を言われる。
が、今の加奈には聞こえない。

あの、あの後姿。
あのシャツの上からでも分かる後背筋。
すらりと伸びるしなやかな腕。
いい形したケツ。
一見細身ながら、よく見ると筋肉質な美しい長身。

「いたー!!私の筋肉!」

お肉売り場に辿り着くと、ずっと探していた目当ての人間のシャツを握り締め、加奈は叫んだ。





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