それはきっととても複雑で難しくて、けれどとても簡単なこと。 - 松戸 -「あのさ、ちょっと相談に乗ってもらってもいい?」 いつもの中庭で三人コーヒーを啜っていると、黒幡がいつも通りの無表情でそんなことを言った。 そろそろ冬に入ろうとするこの季節、中庭は少々寒い。 「へ、いいけど」 「うん、いいよ」 俺と大川は不思議そうに首を傾げながらも、同時に頷く。 改まって相談、なんてあまりないことだ。 「あ」 その時、別のテーブルにいたらしい工藤が黒幡の後ろから近づいてくる。 向こうで女の子たちが待っている。 こいつもそこそこモテるんだよな。 「黒幡」 工藤が後ろから黒幡の頬を撫でる。 黒幡はのけぞるようにして、工藤を見上げた。 「工藤、これから講義?」 「いや、終わったからバイト行くところ」 そう言って、工藤は目を細めて優しく笑う。 いつも爽やかで人当たりのいい奴だが、なんだかその微笑みは必要以上に優しい気がした。 その手が黒幡の首筋をそっと撫でる。 なんか、変な雰囲気。 黒幡は特に気にすることなく無表情で工藤を見上げている。 「工藤、昨日はありがとう」 「いや、また今度どう?」 「考えておく」 「前向きにご検討お願いします」 この前と同じ台詞をいって、最後に黒幡の唇を撫でると工藤は去っていった。 なんか見てはいけないものを見てしまった気分だ。 今のは明らかに友人としては、あり得ない距離感だろう。 「………」 「………」 思わず大川と目を合わせる。 そして口火を切ったのはやはり大川だった。 「ねえ、黒幡、工藤と、何かあった?」 「寝た」 『ええ!?』 聞いておいて大川は俺と同時に驚きの声を上げる。 俺は慌てて全く動揺していない友人の方に身を乗り出す。 「池さんは!?」 「元気だよ」 「いや、そうじゃなくて!」 なんでこいつは時々はどうしようもなく話が通じないんだ。 大川が悲痛な叫び声を上げる。 「この非処女童貞、ふしだらすぎる!」 「あ、もう童貞じゃない」 『は!?』 また同時に驚きの声をあげる俺と大川。 なんかお笑い番組のわざとらしいリアクションのようだ。 「先日脱童貞しました、男になった黒幡です。よろしくお願いします」 黒幡は表情を動かさないまま、ぺこりと頭を下げる。 ていうかここは笑うところなのか。 そうなのか。 冗談なのか。 どっからどこまでが。 「………」 「………」 再度顔を見合わせる俺と大川。 そしてやっぱりつっこみをいれたのは大川だった。 「池センパイと?」 「へ?」 「脱童貞相手」 「いや、あの人を抱こうとか思わないんだけど」 いや、まあ、そうかな。 あの大男を抱こうと思うとか、かなりな度胸だ。 本物の人ならああいうタイプの方がいいんだろうか。 ていうかまあ、だからといって黒幡だったら抱きたいとも思わないんだが。 男に性的魅力を感じるって、どの辺に感じるものなんだろう。 なんて現実逃避気味に考えていると、大川が更につっこむ。 「じゃあ、誰と!?」 「工藤の知り合いの女性。紹介してもらった」 「なんで!?」 「女の人と寝てみたくて」 三度、大川と顔を見合わせる。 いや、寝てみたいって。 俺だって寝たいよ、それは。 ていうか工藤と寝て、工藤の知り合いと寝てって。 なんか混乱してきた。 「………」 「………」 相変わらず、黒幡の行動は意味不明だ。 どういう思考回路を辿って、そうなったのかさっぱり分からない。 「どっからつっこめばいいんだ、これ」 「えーと、そうだなあ」 大川とぼそぼそと相談すると、黒幡は不思議そうに首を傾げる。 しばらくして大川が覚悟を決めたようにふっとため息をついて、黒幡に向き直る。 そして、静かな声で言った。 「黒幡」 「何?」 「女はどうだった?」 「そこからかよ」 思わずつっこんでしまった。 先にもっと聞くことがあるだろう。 池さんはどうしたのか、とか、なんで女と寝ようと思ったのか、とか。 けれどいきなりのフリに、黒幡は動じず答える。 「おっぱいは素晴らしいものです」 「お前は真顔で何を言っているんだ」 力強く迷いない答え。 その目はどこまでも真剣で、なんだか感動すらしそうになる。 頭が痛くなってきた。 「おっぱいって、いいな。ふわふわして、ふかふかして、触っていると、幸せな気分になる」 「だからお前は何を言っているんだ」 「おっぱいのふわふわには、夢と希望がつまってるんだと思う」 「おい、黒幡、落ち着け」 なんだが哲学でも語っているように、珍しく熱く真剣だ。 話していることはおっぱいなんだが。 しかしいやらしさは一切感じない。 いつも特に女とかには興味なさそうだったのに、どうしてこんなことを言っているんだ。 「ていうか胸とか言えよ。おっぱいとか言うな」 「だって、胸じゃないんだよ。なんか違うんだよ。あれはおっぱいだ。おっぱいって、呼び方以外、認められない」 「なんだその意味のわからないこだわりは」 どうしたんだ、こいつ。 いつもは生きてるのかってぐらいにローテンションなのに。 脱童貞で何かが壊れてしまったのか。 ああ、もうどこからつっこめばいいのかさっぱり分からない。 いや、おっぱいが素晴らしいってのは俺も同感だが。 「あっははははは、あはは、あは、面白い!黒幡、どうして時々そう面白いの!」 「面白いか!?」 大川が指をさして大笑いし始める。 シモネタに一歩も引く様子はない。 さすがはミス無神経大川だ。 しかしそこはひいてくれ、頼む。 「じゃあ、ほらほら黒幡、私のおっぱい触ってみる?」 悪乗りした大川が、黒幡に自分の胸を突き出す。 ストライプのニットはそのふくらみがより強調されて、見てるこっちがドキドキしてくる。 いいな、黒幡、俺も触りたい。 ってそうじゃなくて。 「…………」 黒幡は大川の胸元を観察するようにじっと眺める。 そしてゆっくりと首を振った。 「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」 「どういう意味だてめえ!」 まあ、確かに大川のふくらみはちょっとばかりささやかだ。 黒幡の追い求めているふわふわでふかふかとはちょっと違うだろう。 「ごめん、俺はもっとこう………」 「その手つきはやめろ」 黒幡の手がおわん形を作り、苦悩するように眉を寄せる。 だから真面目な顔で何を言っているんだこいつは。 「上等だ!おっぱいは大きさじゃないってことを教えてやる!」 「落ち着け大川!」 立ち上がって黒幡に胸を押し付ける勢いの大川の背中を引っ張る。 ああ、こっちもあっちも忙しい。 「ごめん、大川。別に貧乳が嫌いって訳じゃないんだ」 「誰が貧乳だ!ちょっとばかり小さいだけで、形はいいんだから!」 「だから頼むから二人ともやめてくれ!」 おっぱいおっぱいこんなところで言わないでくれ。 周りの目が痛い。 ああ、見られてる見られてる。 俺はなんとか大川を座らせて、とりあえずコーヒーを飲ませる。 それから黒幡の頭を軽くはたいた。 「いいか、黒幡、女性の胸についてあれこれ贅沢言うのはよくない。おっぱいはすべからく尊く愛しいものだ。いいな」 「………そうか。そうだな。すいませんでした」 黒幡は素直に頷いた。 こいつもそうだが、俺も一体何を言っているんだ。 「大川、お前はもう少し自分を大事にしてくれ」 「だって」 大川は口を拗ねるように尖らせた。 こいつは美人なのにどうして中身がこうなんだ。 もったいない。 違う、このままじゃ話が進まない。 えっと、何を言おうとしていたんだ、最初は。 「それでだ、とりあえず最初に戻るぞ。えーと」 「おっぱい?」 「そこじゃない。どんだけお前はこだわってるんだ」 黒幡は初めてのおっぱいがよほどお気に召したようだ。 いい経験をしてなによりだ。 そうだ、経験だ。 「なんで、いきなり女と寝てるっていうか、工藤とも寝たのか。池さんと別れたのか?」 「別れるっていうか、付き合ってない」 「池センパイとえっちはまだしてるの?」 「してる。最近あの人しつこい」 少しうんざりしたように、ため息をつく黒幡。 なんか生々しくてやだなあ。 しつこいって、それが今回の浮気の原因なのか。 「池さんが嫌になったのか?」 「………」 そこで黒幡は目をパチパチと瞬かせる。 目はそれほど大きくないが、黒目が大きいせいで人形のような顔だ。 「そうだ、それ、相談したかったんだ。ごめん、おっぱいに囚われてた」 だめだ、つっこむな。 ここはつっこむ場所じゃない。 「俺さ、先輩以外の人と、寝てみたくて」 「なんで?」 大川が首を傾げて不思議そうに問う。 なんだ、池さんに飽きたのか。 何気に遊び人なのか、こいつ。 「最近、変なんだ。俺さ、先輩の作品以外、あの人のことなんて心底どうでもよかったんだ」 さりげにひどい台詞を吐く。 まあ、前々から、人格はどうでもいいから作品だけは愛してると言って止まなかったしな。 ある意味つきぬけている。 けれど、黒幡は困ったように眉をさげてため息をついた。 「なのに、最近、変なんだ」 「どんな風に?」 「あの人におかえりって言われると、動揺するんだ。あの人が笑うと、あの人に触りたくなる。優しくされると、泣きたくなる。あんな人、どうでもいいのに」 またまた、俺と大川は顔を見合わせる。 なんだ、これはノロケなのか。 それをつっこむ前に、黒幡は先に続ける。 「なんでかなって考えて、あの人とセックスしてるからかなって思って」 「どうしてそうなるの!?」 「他の人間とあの人との違いを考えて、肉体関係かと思って」 「………で、他の人間と寝て、どうなった」 余りにも斜め上の思考回路に、声が呆れてしまう。 前々からずれてると思っていたが、やっぱりずれている。 いや違うな、池さんが絡む時だけ、ずれるんだ。 「忘れてたんだけど、俺、セックスそんな好きじゃなかった」 「そんなこと忘れんな。ていうかお前どんだけ贅沢なんだよ。謝れ、俺に謝れ」 「え、すいません」 好きじゃないくせにヤりまくってるとかどんだけ羨ましいんだ。 いや、相手は池さんと工藤と女一人か。 羨ましいんだが羨ましくないんだか微妙だ。 黒幡は小さくため息をつく。 「男でも女でも、面倒くさかった。いや、気持ちいいし、おっぱいはいいものだった。うん、おっぱいは素晴らしい」 「だからとりあえずおっぱいは置いておいてくれ」 「あ、うん。気持ちいいし、嫌いじゃないんだけど、進んでやりたいものではなかった。俺オナニーでいい。面倒だし」 黒幡の贅沢な台詞に、また苛立ちが少し沸く。 けれど、その後に言葉は続く。 「でも、時々、先輩とは積極的にセックスしたくなるんだ」 そして困り切って途方にくれた顔で、俺と大川に聞いてくる。 「これって、どういうことなんだろう」 どういうことなんだろうって。 そんなの。 「池さんが、好きなんじゃないのか?」 それしか、理由がないだろう。 あまりにも明確な答え過ぎて、どうしてここまで迷走するのかが分からない。 黒幡は心底嫌そうに眉を顰める。 「………あの人のどこに好きになる要素があるんだ」 「恋は、長所でするものじゃないでしょ?」 大川の、珍しくまっとうなつっこみ。 長所で恋が出来ればいいんだが、世の中には駄目なところが愛しいっていう形もある。 人間ってのは難儀なものだ。 「でも俺、あの人が女と寝ててもやっぱりなんとも思わないんだけど。むしろセックスはたまにでいいから積極的に女と寝てくれと思う。恋してる時って、嫉妬するものじゃないの?」 まあ、それは確かに一般的な恋ではないかもしれない。 俺だったら彼女が浮気したら、怒り狂うだろう。 「恋愛の形も、一つじゃないでしょ?嫉妬しないからって好きじゃないとは限らないじゃない。私はするけどさ」 「………」 大川の答えに、黒幡は黙り込んでしまう。 確かに一般的ではないが、傍にいると触りたくて泣きたくてセックスしたいって、それは恋ではないのだろうか。 けれど目の前の地味な男は、それを認められないようで難しい顔をしている。 だから俺は別口から聞いてみることにした。 「恋とか恋じゃないとかは置いておくとして、お前はどうしたいんだ?」 「どうしたい?」 「池さんと、一緒にいるのが嫌なのか?」 「………」 「池さんと一緒にいるの、楽なんだろ?一緒にいたいんじゃないのか?」 池さんと一緒にいるのは俺と一緒にいるよりも楽で、だから一緒いるといった。 利用されても、作品が見れるし、傍にいるのは楽だと言っていた。 恋だとかはとりあえず置いておいて、一緒にいたいならそれでいいと思うんだが、何を今更黒幡は迷っているのだろう。 「………」 「黒幡?」 黒幡は俺の顔をじっと見て、ぽかんとした顔をしていた。 そして、それから口元に手を当てて、視線を彷徨わせる。 「そう、か」 「黒幡?」 「そうだ、な。嫌だ。嫌なんだ。分かった。嫌なんだ」 それから視線をまた俺の顔に戻して、一つ頷く。 自分に言い聞かせるように、何度も繰り返す。 「俺、嫌なんだ。ああ、だから認められなかったのか。ああ、そうか」 何度も何度も頷いて、大丈夫かと心配するぐらいにそうか、と繰り返す。 「分かった、ありがとう。松戸。そうだ。俺、馬鹿だな。好きでもなんでもない人間と好きでもないセックスをしてみようって思うぐらいには、とち狂ってるんだ」 そして苦しげに眉を顰め、けれど唇を歪めて笑う。 苦いものを噛みしめてしまったような顔で、笑った。 「それくらい、俺は先輩にのめり込むのが、怖いんだ」 目を閉じて、ため息をつく。 それは、とても笑ってはいるけれど苦しそうな表情だった。 「あの場所を帰る場所だって、認識するのが、嫌なんだ」 深く深くため息をついた黒幡に、大川が不思議そうに首を傾げる。 「難しいこと考えるんだね。好きなら好きでいいじゃん」 「だって、いつか捨てられるのに、進んで傷を深くする必要はないだろう?」 「ああ、まあ、池センパイ、だしねえ」 確かにあの自由で俺様で女好きな人が、ずっと一所にとどまるとは思いがたい。 いつか捨てられると思ったら、臆病になるのも当然か。 黒幡が困ったように笑う。 「俺、心が弱いんだ。安心出来るところにしか巣を作りたくない」 「そう、か」 それは、確かにそうだ。 俺だって傷付くって分かっていたら臆病になってしまう。 自分の感情を恋だと気付かない方が、楽かもしれない。 だから、黒幡も認めたくなかったのか。 「どうしよう」 「………と、言われてもなあ」 「ねえ」 もう何度目になるのか、大川と顔を見合わせる。 モテる人の恋人になるっていうのは、こういう悩みがあるのだろうか。 ていうか本人も相手も環境も特殊過ぎてなんとアドバイスしたらいいか分からない。 別れろっていっても、そもそも付き合ってない。 諦めろって、何を諦めるんだろう。 そのまま一緒にいろって言ったら、黒幡辛いのだろうか。 「私なら、それでも好きなら、いつか捨てられるって思っても、その時まで楽しもうって思うかなあ」 大川はとりあえず自分の身に置き換えて答えることにしたらしい。 俺も、同じようにものすごい頑張って自分の身を置き換えてみる。 えっと、モッテモテな彼女を持ってて、いつか捨てられるかもっていうイメージでいいのか。 あ、池さんが出てくる。 池さんが彼氏。 無理です、ごめんなさい。 違う、えーっと、ものすっごいかわいいアイドルが彼女だったりしたら。 「俺は、どう、かな。俺なら大丈夫って、浮かれて思っちゃうかも。何があっても、俺達なら乗り越えられる、ぐらい思っちゃうかもな」 「それで結局ふられるんだ」 「そうそう、ってやかましい」 大川のいらないつっこみに裏拳で答える。 まあ、そんなモテる彼女なんて出来たことないけど。 黒幡はそれでも俺たちの答えに、納得したように頷く。 「二人は、それでも、終わりが見えてても、突っ走るんだ」 「ていうか恋の始まりで、終わりを見通したりしない」 「俺も」 終わりが最初から見えている恋なんて、したことない。 恋の始まりは、いつだってずっと一緒にいるんだって思って始まる。 終わりなんて、考えない。 「そう、か」 黒幡は考え込むように視線を遠くにして黙りこむ。 今の俺たちのアドバイスは、こいつに役に立っているのだろうか。 「大丈夫、黒幡。センパイに捨てられたら私のおっぱい揉ませてあげる」 「いや、それはいい」 「いい加減殴るぞ、お前」 「だって、大川のおっぱいは大川の彼氏のものだ」 「少しくらい貸してもいいよ」 それなら俺に貸してくれって、そうじゃなくて。 黒幡は、池さんに捨てられるのが怖いから、好きになりたくない。 ってことは、捨てられたくないって思ってるんだよな。 つまりはやっぱり、池さんが好きなんじゃないのか。 「ていうか、終わるって思わなくてもいいんじゃないか」 「え?」 「池さんが寄せ付けてるのって、お前ぐらいだし、もう半年は一緒に暮らしてるんだろ?池さん、お前に飽きたり追いだそうとしたりする様子あるのか?」 あの人がずっと傍に置いているのは、黒幡だけだ。 あの人をよく知る人ほど、それが珍しいことであると言っている。 黒幡は少し黙って、考え込んで、それからぼそりと答えた。 「………ない」 「じゃあ、もうちょっと、池さんのこと、信じてもいいんじゃない、かな。どうなんだろう。なんか自分で言ってて不安になってきたけど」 「束縛しない、誰と浮気しても怒らない、料理上手で家事全般得意。そんな奥さん、最高だと思うけどなあ。手放すかなあ」 ああ、それいいな。 俺も黒幡が女だったらものすごい嫁に欲しいスペックだ、それ。 「………信じる、か」 噛みしめるように、つぶやく黒幡。 あの人を信じるってものすごい高難易度ぽいけど。 「黒幡、今までの恋人はどうしてたんだよ」 「恋人いない」 「童貞で処女だったんだもんね。好きな人は?」 そこで黒幡は、珍しくとてもとても柔らかい顔をした。 見ているこっちが微笑んでしまいそうになるような、切なくて、けれど優しい顔。 「恋は、ないな。誰よりも大切な人が一人いるけど、多分恋じゃないしな。セックスはしようと思ったらできるけど、しなくてもいいし、あの人との絆何があろうとも、壊れないって信じてる」 それはたまに出てくる、黒幡の保護者のことだろうか。 とてもとても大好きな人だと、前に言っていた。 こんな優しい顔が出来るぐらい好きな人っていうのは、どんな人なんだろう。 俺にここまで恥もてらいもなく大切だと、絆が壊れないと言える相手はいるだろうか。 「ああ、先輩への、これが恋なら、俺、初恋なんだ。恋なのかなあ」 随分遅い初恋だ。 しかも疑問形。 難儀なことだ。 「なあ、これは恋かな?」 「むずかしー」 「難しい」 俺と大川は難題に頭を抱える。 限りなく恋に見えるけど、それは俺たちが定義することでもない。 考えるのに疲れたのか、大川が黒幡の背中をバンバンと叩く。 「感情のままにばーんと行っちゃえば!考えすぎだよ、黒幡は!たまには何も考えずにいっちゃえいっちゃえ!」 「感情の、ままに、か」 俺も黒幡の肩を軽く叩く。 そうだな、何を考えても、結局どうにもならない。 なるようにしか、ならないのだ。 理詰めで考えても、結局最後に残るのは感情だ。 「そうだなお前は難しく考えすぎだ!シンプルぐらいできっといいんだよ!」 好きになったらとことん付き合って、駄目になったら泣いて諦める。 結局恋なんて、そんなシンプルなものじゃないだろうか。 「いざとなったら俺らのところに帰ってこい!」 「そーそー、どーんと、このおっぱいを貸してあげる!」 そう言うと、黒幡はふっと眼を細めて笑った。 珍しい、黒幡の笑顔。 「ありがとう、松戸、大川」 それからはにかむようにして言った。 その照れくさそうな笑顔に、俺も大川も心がほわんと温かくなる。 「俺、お前らのこと好きだな」 ああ、俺も好きだよ、黒幡。 勿論友人として。 でも結局そういうことだろう。 笑ってもらえたら嬉しい。 優しくされたら泣きたい。 おかえりと言われて、心が騒ぐ。 全ては相手が特別だから、与えられる感情。 なんとも思ってない人間から、そんな感情は得られない。 どんなに難しく考えても、きっとそんなシンプルなこと。 まあ、友人としては、深入りする前にやめておけばって言いたくもなるけど、もう手遅れだろうから言わない。 |