「………」 目を開けると、先輩の顔がすぐ近くにあった。 男らしい眉に、高い鼻、厚めの唇が、バランス良く配置されてる。 計算されているんじゃないかと思うぐらい、綺麗に配分された距離。 「………せん、ぱい」 なんで、一緒のベッドで寝ているんだろう。 まだ眠気の冷めない頭で、辺りを見回すと、どうやらここは先輩の部屋のようだ。 ここは、先輩のベッドの上で、先輩の腕の中。 先輩の匂いが、する。 「えっと」 昨日は確か、風呂入って寝る用意して、でも、先輩と鷹矢はまだ酒を飲んでいて、俺も一杯飲んで。 その後は記憶がない。 先輩がここまで運んでくれたのだろうか。 鷹矢は、どうしたのだろうか。 「せん、ぱい」 起こさないようにそっと、ベッドから這い出す。 隣に座りこんで、先輩の整った顔を触れる。 自分自身が芸術品のように輝いている、美しい人。 「ん」 衝動に任せて、その顔に触れるか触れないかの距離でキスをする。 産毛に触れて、ざわざわとした微かな感触に背筋に快感が走る。 先輩の匂い、先輩の体、先輩の手。 ああ、触れたいな。 もっともっと触れたい。 キスしたい、撫でまわしたい、舐めまわしたい、触れたい触れたい触れたい。 「は、あ」 でも、疲れた顔をしている先輩を起こすのは忍びない。 最近は本当に忙しそうで、あまり寝ていないのかもしれない。 でも、触れたい。 あの手で触れて欲しい。 あの手で俺をめちゃくちゃに乱してほしい。 もう随分ヤっていない。 この人に突っ込まれていない。 「んっ」 起こしちゃいけない。 でも、我慢できなくなって、自分で下着の中に手を突っ込む。 それはもう勃ちあがっていて、ビリビリと、腰が重くなる。 先輩の足元に移動して、尻をついて膝をたてベッドの上で座り込み、パジャマ代わりのジャージと下着をずり下げて、本格的に性器を握る。 「は」 欲求不満な体はすぐに熱くなって、手の平がぬめりを帯びてくる。 先輩を見ていると、その手に触れられることを思い出して、性器がびくりと震えた。 喉が渇いて、何度も何度も唾を飲み込む。 唇を湿らすために、舐める。 先輩は、どういう風に触れた。 俺のどこを、あの手は辿る。 思いだして、自分の手を、記憶と同じように動かす。 「あ、ん」 性器に触れるだけじゃ我慢できなくなって、片手でTシャツをめくりあげ勃ちあがっていた乳首に触れる。 電流のような刺激が走って、体が跳ねた。 「んっ」 夢中になって、乳首をつまみ、転がしながら、性器をさする。 それでも物足りない。 いつも先輩のモノを飲み込むところが、じんじんと疼いてくる。 あそこに突っ込まれて、ぐちゃぐちゃに掻きまわされて、ローションと精液が泡立つぐらい出し入れされたい。 「あ」 「おい、人の上で何してんだ、変態」 手を口に持っていこうとしたところで、胡乱げな声が下から響いた。 そちらに視線を送ると、先輩が眠たげな顔でこちらを睨んでいた。 その目に、またじわりと体が熱くなる。 先輩が、俺を、見ている。 「あ、起きたん、ですか」 「隣で息荒げて公開オナニーショーしてる奴がいりゃ寝てらんねーだろ」 「すいません、もうちょっとなので、そのままオカズになってて、ください」 息がだんだん上がってきて、性器はもうすでに腹にくっつきそうだ。 でも、物足りない。 もっともっと、気持ちよくなりたい。 「ん、ああ、ふっ」 口の中に手を入れて、指をたっぷりと湿らす。 その手でまた乳首をいじると、気持ち良くて涙が出てくる。 先輩がだるそうに体を起こして、ベッドヘッドにもたれかかってこちらを見る。 先輩が見ている。 それだけで性器が震えて、先走りが零れる。 「変態。お前オナニーする時、自分で乳首も弄ってるのか?」 「あんたが、教えたんじゃ、ないですか」 先輩の前で何度か、オナニーをさせられた。 その時に乳首をいじるように教え込まれたのだ。 それにここまで感じるように開発したのは、先輩だ。 「はあ、ねえ、先輩、見て。乳首、すごい勃ってるんです。じんじんして、熱いんです。あ、はあ、乳首だけで、イっちゃいそうです」 「この淫乱。そんなに見せつけるのが楽しいのか?」 「はい、俺は、淫乱です。もっと見てください」 先輩にもっと見えるように足を開き、腰を付きだし、更に弄る。 視線を感じるだけで気持ち良くて、今にもイってしまいそうだ。 「それだけで足りるのか?」 「足り、ない」 自分がごくりとつばを飲み込む音が、耳に響く。 乳首を弄っていた濡れた指を、足の間に伸ばし、引くつく場所に触れる。 「自分でケツの穴までいじるのか?」 「ん、んん、うぅん」 先輩の声に誘導されて、指を一本差し込む。 気持ちのいい場所には届かないけれど、物足りなかった場所が埋められたことに満足して、声が出る。 直接的な快楽を得る場所は前立腺だが、すでにそこは性器として何かを受け入れるだけで気持ちよさを感じる。 「そんなにケツつきだして、チンコいじって、物欲しそうに舌だして、どこから見ても発情期の雌犬だな」 「あ、んぅ、足りない。先輩、せんぱい、ああ」 もっともっと、太くて熱いものが欲しい。 けれど先輩は触れてくれない。 先輩が見ているのに、先輩が触れてくれない。 「ん、イけない、イきたい……。んっ。ね、先輩、ねえ」 性器と尻を音を出して弄り、声をあげて、先輩に強請る。 先輩はくっと喉で笑って、足を伸ばしてきた。 「あ、ああああ!」 その足が性器のてっぺんに触れた途端、俺は達していた。 精液がぽたぽたとベッドに落ちる。 先輩の足も、汚してしまう。 「踏まれていくなよ。このドM野郎」 「………は、あ」 「ベッドを汚すな」 頭が真っ白で、まだ快感が抜けきらない。 力の抜けた体を倒して、先輩の足についた自分の精液を舐める。 苦みのある液体は、美味しいものではない。 けれど被虐的な行為に、脳みそが痺れて行く。 「ん」 「ほんっとーに変態だな、お前は」 足を舐めながら視線を向けると、先輩のモノの服を押し上げているのが分かった。 嬉しくて、頬が緩んでくる。 先輩が俺の体で、興奮している。 「先輩の、勃ってます。ね、飲ませて」 「お願いしてみろよ」 俺は先輩の足にキスを落としながら懇願する。 指の股に舌を這わせると、先輩がわずかに体を震わせる。 その反応が楽しくて喉の奥で笑ってしまう。 「先輩の白いの、いっぱい飲ませて。ね、お願い。あんたのザーメンを俺の口にぶちまけて」 「AV顔負けだな。恥ずかしくないのか?」 「あんたのせいです。責任をとって?」 先輩が呆れたように笑って、肩をすくめる。 そしてズボンをずり下げて、まだ少ししか勃ちあがっていないそれを取り出す。 「仕方ねえな。ほら、エサだ」 「ありがとうございます」 俺は喜び勇んで、それに食らいつく。 久々の先輩の匂いに、イったばかりなのにまた勃起してしまいそうだ。 しゃぶるとどんどん勃ちあがっていく素直な反応が、愛しい。 先輩の息も上がって行って、ちらりと上目遣いに見上げると興奮に頬が赤くなっていた。 「ん、ふ」 「うまそうにしゃぶってるな」 「あっは、おいしい」 喉の奥まで誘いこんで、しごき、舌で舐める。 どんどん先走りが零れてきて、口の中から唾液と共に溢れて行く。 「んぅん、む、濡れてきました。先輩のチンコおいしいです」 「食うなよ?」 「食べたい」 先輩を食べてしまいたい。 足の先から頭のてっぺんまで、食らい尽くしてしまいたい。 この人を、自分のものにしてしまいたい。 「あ、峰兄?」」 その時コンコンとノックの音がして、鷹矢の声がした。 ああ、鷹矢、泊まったのか。 それなら、朝御飯、作らなきゃ。 「鷹か?」 「あ、えっと、起きてる?」 でも、今は、先輩の精液を飲むまで収まりそうにない。 鷹矢がドア一枚向こうにいるのに、先輩のモノから口が離せない。 本当ならこのままケツに突っ込んで欲しいけど、鷹矢に嫌われたくはない。 これが別の人だったら最後までヤるところだけど、一回俺もイってるから少しは理性が働く。 「ん、ごめん、鷹矢、後15分待って!」 「え、あ、うん?」 「すぐ行くから、下行ってて」 「うん?分かった」 何をしているのかは分からないようで、ドアの前から離れて行く気配がする。 それから俺はもう一度先輩の足の間に顔を埋める。 先輩は楽しげに笑っていた。 「15分でイかせられるのか?」 「先輩こそ、15分もつんですか?」 もう一度見上げると、先輩のものが俺の口の中で更に大きくなった。 「やってみろよ、変態」 望むところです、先輩。 先輩はスランプは脱したようだが、あの日すぐに二日間アトリエに籠ってから、今も外を飛び回っている。 また個展を開く予定らしい。 支援者や鳴海さんとの打ち合わせで忙しいようで、家にいつかない。 もう一月以上ちゃんとセックスしていない。 あんな相互オナニーみたいなのじゃ、全然物足りない。 先輩の創作活動を邪魔する気は全くないので襲うこともできないが、そろそろさすがに辛くなってきた。 「はあ」 性欲はそんなに強くない方だったのに、先輩に触れられないと思うとなんだか余計に体が疼く。 2週間に一回ぐらい寝れればそれで満足なんだけど、こんなに放置されるとなんだか体が変になりそうだ。 俺って本当に淫乱だったんだな。 男とは寝るなと言われてるから、亜紀さんにでも頼もうかな。 またいつでも誘ってねって言われてるし。 今日はバイトだけど、明日からも先輩が忙しいようだったら連絡をとってもいいかもしれない。 そんなことを考えていると机に置いてあった携帯が震えて着信を知らせる。 気づくまでにちょっと時間がかかったが非通知の着信は諦めることなく、しつこく俺を呼んでいた。 「はい?」 『あの………守?』 年配の女性の、頼りなさげなか細い声。 記憶にある声だが、すぐに誰だか思い至らなかった。 「はい、どなたですか?」 多分、あり得ないことだと思っていたからだろう。 あの人が俺に電話をかけてくる訳が、ないのだから。 『私、お母さんよ』 お母さん、という言葉がこれほど不快に思ったことはなかった。 この前の電話で、この人は俺の母であることをやめたのだと思っていた。 それよりずっと前に、やめていたのかもしれないけれど。 今更何を言ってるんだろう、この人は。 「………」 『………あの、ね』 「何か、ご用ですか?」 じくじくと、いまだに癒えていない傷が、疼いて血が溢れだす。 けれどこの前のように思考が乱れることはなく、冷静に答えることは出来た。 この人達の前で、理性を失うことすら、腹立たしい。 これ以上この人達の思うとおりには、したくない。 俺にはいらない人達なんだから。 『………ごめんなさい。この前は、悪かったわ』 「いえ、突然お電話したこちらが悪かったですから」 『そんな、他人行儀な言い方、しないで?本当にごめんなさい。私どうかしてたの。急に電話してきて、焦っちゃって。本当はすごく、嬉しかったの。あなたをずっと心配してたわ。電話してくれて、ありがとう』 それをこの前言われていたら、俺はどれだけ嬉しかっただろう。 きっとあなたの気まぐれな愛情に縋って、涙を流して這いつくばったことだろう。 「はあ」 けれど、今はもう、その言葉の全てが空々しい。 今更、そんな言葉を貰っても、ただ嫌悪感が増すだけだ。 『ごめんなさい。悪かったわ、この前は本当に。許して』 「いえ、気にしてないので。ご用件はそれだけですか?」 あなたが必要だった。 あなたを愛していた。 あなたといれるだけで幸せだった。 『もう一度、会いたいわ。あなたの顔が見たいの。あなたが元気にしているか、知りたいのよ』 だからもうお願いだから、これ以上あなたを嫌いにさせないで。 美しいセピア色の思い出だけは、忘れたくなかったのに。 額縁に飾られて保管されていた大切な過去すら、破られ踏みつけられ醜い落書きになっていく。 「………あなたが言ったことです。俺はもう、あなたたちに関わる気はありません。ご安心ください。お互い、関わらない方が幸せです。お元気で。お体に気をつけてください」 『守!守待って、待って頂戴!』 必死な声は、まるで演劇か何かのように大げさで悲痛だった。 先輩の前で泣いて喚く、うるさい女達の媚びる声によく似ている。 ああ、気持ち悪いな。 俺とあなたはやっぱり血が繋がっているね、母さん。 ヒステリックで弱く脆い醜悪なあり方は、俺たちはよく似ている。 共感と嫌悪感のグロテスク。 だからこそ、こんなことになったのかな。 誰だって出来の悪い自分を見ていたくはない。 「………」 『お願い、私が悪かったわ。ね、家に帰ってきて。皆待ってるのよ。お義父さんも、和君もあなたに会いたがってるの。あのね、実はね、あなたの妹もいるのよ。きっとお兄ちゃんに会いたがってる。愛っていうの、もう四歳でね、とても可愛いの』 近づくなと言ったその口で、家族ではないと拒絶したその言葉で、今度は正反対のことを語る。 自分で言っていて、笑えてこないのだろうか。 「………」 和樹が、何か言ったのだろう。 俺を懐柔しろと、言われたのかな。 ああ、やっぱり和樹はよく分かっているな。 あいつは本当に頭がいい。 確かに母さんに言われたら、きっと俺は言うことを聞いていただろう。 今はもう遅いけれど。 俺の大切なものは、もう揺るがない。 「俺は会いたくありません。今の生活が大事なんです。今までありがとうございました。生活を乱してすいませんでした」 『守!』 「さようなら」 何かを最後に言っていたが、聞きたくなかったのでさっさと切る。 和樹が何かの目的があって、俺に取り入ろうとしているのだろう。 なんとなく、何か想像がつく気がするけど。 「はは」 結局母さんが動くのは、和樹のため。 あなたは最後まで、俺を見てくれなかったですね、母さん。 俺の心をほんの少しでも、知ろうとはしてくれなかった。 いっそあのままもう話すことがなければ、それでも過去のあなたを愛していられたかもしれないのに。 最後の未練を断ち切ってくれて、ありがとうございます。 ごめんなさい、俺はあなたの望むいい子にはなれませんでした。 だからもう、あなたも俺の母じゃなくて、いいんです。 「………さよなら、母さん」 それでも胸は痛む。 それでもあなたはかつては俺を愛してくれていた。 だからこそ、胸は痛む。 けれど、もう、あなたは、俺を必要としていない。 それなら。 「俺も、あなたは、いらないです」 あなたは、俺に、必要ない。 |