「へえ、大ちゃん、男が好きなの」

しかし、アサノはあっさりそう流した。
うんうん、と頷きながらワインをまた傾ける。

「大ちゃんをふるなんて、また見る目のない男ねえ」
「…………」
「ま、男なんて腐るほどいるし、大ちゃんならいい人すぐに見つかるわよ」
「いや、そうじゃねえだろ!もっとこう違う反応があるだろ!」
「え、な、何?アタシなんか変な反応した?」

あまりにも薄い反応に俺は思わず、ばん、と机を叩いて立ち上がる。
突然俺が立ち上がったことで、アサノは驚いてワイングラスを取り落としそうになる。

「もっとこう!え、お前ホモだったの!?とか、ああ、女みたいな顔してるもんな、とか!キモいとか、寄るなとか!」
「え、そういう反応の方がいいの?」
「いいわけあるか!」

そんな反応されたら、俺はアサノを殴り倒しているだろう。
殴り倒してアサノのメシ全部食ってから逃亡してやる。
そう言うと、アサノは困惑したように眉を寄せた。

「…アタシどうしたらいいのかしら?」
「えーと、もっとこう、熱いリアクションを期待してだな」
「そんなこと言われても……」

今までカミングアウトした人間と全く違った反応に、なんとなく物足りなさを感じる。
まあ、実際ひかれたり笑われたりしたら、俺は暴れるけどな。
にしても、アサノの反応は薄すぎる。
そして、そこで思い出した。
そういえば、アサノにはちゅーもされてるし、それにこいつそもそも。

「そういや、お前オカマだったな」
「オカマって、………その言い方はやめてちょうだい」
「ニューハーフの方がいいのか?」
「そうじゃなくて………、まあ、いいわ」

軽くため息をついて、アサノは頭を軽く振った。
ウェーブのかかった長い髪がぱさ、と揺れる。

「なんだ、変なやつだな」
「………そうね、ごめんなさい」

睫の長い目を伏せて、アサノは素直に謝った。
俺はとりあえず納得がいって、椅子に座りなおした。
まあ、よくよく考えたらそんな反応されるより、アサノみたいな方がいい。

気を取り直して目の前にあるなんだかよく分からないけどとりあえずうまい魚を口に入れる。
腹がいい感じに膨れてきたから、さっきよりゆっくりと味わうことができる。
魚が口の中でとろける。
かすかに爽やかなハーブぽい味がして、魚の臭みが全くない。
ホントにうまい。
なんなんだ、この胸にこみ上げてくる感情は。
生きてるって素晴らしい。
ふと気付くと、アサノが俺を見て目を細めていた。

「……なんだ?」
「ううん。幸せそうに食べるなあ、って思って」
「俺は今、最高に幸せだ」

このままここでとろけてしまいそうなほど、幸せだ。
心が満ち足りている。
ああ、幸せって、こんなところにあったんだ。
今日ふられたことなんて、どっかにいってしまう。
悲しいことは悲しいけど、こんなうまいメシがあるなら、3-2ぐらいで幸せ一歩リード。

そのまま、しばらく無言で食事に専念していた。
アサノは専ら酒を飲んでいて、俺が食ってる所を楽しそうに見ている。
最初は気にしなかったがその視線がなんとなく居心地悪くて、口を開く。

「アサノもやっぱり男が好きなのか?」
「ストレートな質問ねえ。アタシはどっちも好きよ?男も女も、性別なんて問題ないわ」
「バイか!」

噂に聞いていたこれがバイか。
男でも女でもどっちでもいいというバリアフリーな男か。
しかし、どっちでもいいというのは度し難い。
俺はアサノにフォークを突き付ける。

「この節操無しが!」
「ええ!?怒られるの?博愛主義者なだけよ!?」
「それが胡散臭いんだ!どっちでもいいなんて、潔くない!ちゃんとしたオカマの人に謝れ!このエセが!」
「…………えーと、その、ごめんなさい」
「よし」

オネエ系のくせにバイとは、なんて節操のない奴なんだ。
ちゃんと努力してオカマをやってる人に恥ずかしいとは思わないのか。
俺だって純粋に男が好きだ。
腹立たしく思うが、アサノがよこした魚を口にいれて、怒りは一瞬で溶ける。
駄目だ、この料理を前に怒りを継続なんてしてられない。
アサノはメシを口にいれて黙り込んだ俺に、ほっとしたように息をつく。

「大ちゃんもまた、変な美意識の持ち主ねえ…」
「だって、どっちでもいいなんて、それはハクアイ主義者っていうか、いい加減だ」
「うーん、下半身なんてどうでもいいじゃない。心よ心、人間は」
「下半身だけじゃない!上半身だって違う!」
「でっぱりが逆なだけじゃない」
「逆なのが超重要!」

ていうか柔らかさも違うし、やっぱり性格も違う。
女はうるさいしウザいしずるいしいい加減だ。
そもそも渋谷のデカち○こには興奮するが、千夏のデカ乳に勃○はしない。
でっぱりはでっぱりでも大きな違いだ。
こいつはどっちでもいいのか。
なんていい加減な奴なんだ。
俺が憤慨していると、アサノは話を逸らすように溜息をつく。

「ま、いいわ。とにかく、大ちゃんはゲイなのね」
「うん」
「また潔いカミングアウトね」
「だって、今更取り繕ってもしょうがねえし」

ここまで知られたら、別に隠す必要もない。
ていうかキモがられないし、それなら全然いい。
俺はどちらかというと隠しておくのが苦手だし。

そこで一旦話が止まる。
おじさんが現われて、今度は肉料理が運ばれてくる。
これまた、小さいけど匂いからしてものすげえうまそうだった。
アサノはもう一本ワインを頼んだ。
ていうかこいつ、いつの間に一本空けたんだ。
おじさんがいなくなってしばらくして、アサノは質問をしてきた。

「パートナー、見つかったことあるの?」
「彼氏?今まで、2人付き合った」
「あら、普通の高校生で、それはすごいわね。そうね、大ちゃんかわいいものねえ。クラっとしちゃう気持ちわかるわ」
「かわいいって言うな!!」

確かに俺は並みの女よりもかわいい自信はある。
目が大きくて、口は小さくて、髪はつやつやで、大変な美形だ。
しかし、それはそれだ。
自分で言うのはいいが、人に言われるのはムカつく。
特に、アサノみたいなイケメンに言われると、とても腹立たしい。

「ごめんごめん、その子達とは別れたの?」
「3日で別れた」
「大ちゃんたら超クール。あら、でも大ちゃん初キスだって、さっき……」
「だって、あいつら俺をヤろうとするんだぞ!」
「………え?」

好きで好きで仕方なくて、頑張って仲良くなって、想いを告げて両想い。
さあ、キスするぞ!やるぞ!って時に、あいつらは決まって俺を押し倒そうとする。
いくら好きでもそこは譲れない。
俺が!押し倒すんだ。
なんて図々しい。
しかも、譲れないというと、奴らは俺の前から去って行った。
なんて男らしくない奴らだ。
あんな奴らに騙されたなんて、俺の人生の汚点だ。

「俺がヤるんだ!俺が男役!俺がつっこむの!」
「え……大ちゃん、タチ、なの……?」
「タチってなんだ?」
「えーと、男役なの?」
「当たり前だろ!!」

何を今更言ってるんだ。
俺が男役以外の何に見えるってんだ。
こいつも目がおかしいのか。
アサノは俺のフォークを突き付けての言葉に、視線を宙に逸らす。

「へえ、そう………」
「なんだよ」
「いいえ、なんでもないわ。なんでもないの」

手をパタパタとふって、誤魔化すように笑う。
俺が更に睨みつけると、アサノは怒らないで、と肉を切ってよこした。
しょうがないから誤魔化されてやった。
そしてまた熱くて肉汁たっぷりで、ワインソースみたいのがかかってる肉を口にいれて、俺の怒りはすっかり溶けてしまう。
この料理を作った人。
俺は、あんたが大好きだ。
愛してる。
それをニコニコと見てから、アサノは自分を指さした。

「ねえ、じゃあ大ちゃん、私なんてどう?私はタチでもネコでも全然オッケーよ」
「ネコ?」
「女役」

俺はその言葉に、じっとアサノを見る。
ニコニコと優しげだがどこか胡散臭く笑う顔は、本当に整っている。
彫りの深い眼、整っているが太い眉、厚い唇、通った鼻筋。
パーツパーツは整って女性らしいのに、なぜか女性には見えない。
男臭いフェロモンをはなっていて、なんかエロい奴だ。
正直、見とれてしまうほど、顔はいい。
体も、触りたくなるほど、筋肉質でがっしりとしている。
思わず撫でくりまわしてしまいそうになる。
だが。

「却下だな」

俺はそう切り捨てた。
アサノは不満そうに口をとがらせる。

「えー、なんでよ」
「俺はお前みたいなチャラチャラしたのはタイプじゃない」
「ひどーい、人間を外見で判断しちゃだめよ!人間はハートよ!ハート!」
「お前は確かに無駄なイケメンでナイスバディだが、長髪茶髪は好きじゃない!それにいきなりそんなことを言う軽い奴はダメだ!」
「若いのに、まるで昭和の頑固親父ね。えー、じゃあ、どんなのがタイプなのよ」

そう言われて、ちょっと考える。
俺のタイプは、渋谷とか今日振られた柔道部の1年とか、ああいうタイプだ。
黒髪で、坊主で、男くさくて、汗臭くて、体育会系馬鹿で。

「え、そ、そうだな…。真面目で純粋で一本義で、でも優しくて不器用な感じの。筋肉質で背が高くてできればスポーツやってる奴。がっしりしたタイプな。顔はそんなに気にしない。でもできれば男らしい顔の奴がいいかな」
「ガチムチ系かしら。ていうか結構理想が高いわね、それ。ハードル高いわ」
「え、これでも最低基準だぞ!?」
「………もうちょっと現実を見なさい」

呆れたように、アサノはため息をつく。
千夏にもたまに言われる言葉だ。
こいつらは分かってない。
俺はこれ以上ないほど謙虚で理想が低いと思う。

「まあ、でも、学校でパートナー探すのは大変でしょ。ノンケでさえ大変なのに。ましてゲイなんて、いても隠れてるだろうし」
「………男子校の方がよかったかなあ」

それはいつもちょっぴり思うことだ。
好きになった奴がいても、大体彼女がいるとか好きな女がいるとか。
奪い取ろうとも思うが、中々うまくいかない。
男子校だったら、もっと彼氏が見つかりやすかったんじゃないだろうか。
千夏がどうしても男子校には行くなと言ったから、同じ高校にしてやったが。

「男子校だからってゲイがわんさかいるって訳じゃないのよ。隠そうとしてるだろうし、やっぱり」
「そうなのか!?」
「そりゃそうよ。逆に男子校の方が下手したら大変よ。迫害されるわよ」
「………そっか」
「それに、まあ、共学よりは多いかもしれないし、性欲の暴走で青春の過ちを起こしちゃうかもしれないけど、大ちゃんは、ねえ…?」
「なんだよ!」
「………どう考えても穴だらけにされるわ」

ぼそりと何かアサノが言ったが、小さい声だったので聞き取れなかった。
なんかむかつくことを言われたような気がしたが、もう一切れ肉を渡されたので黙った。

「やっぱり出会いを目的としたところで見つけないとね。昔はゲイ雑誌ぐらいしか情報収集できなかったけど、今はネットもあるし、大分出会いの機会は広がったわよ」
「怖いだろ!そんなところ!一人でいけるか馬鹿!」

それは、ちょっとは考えた。
そういう人たちが集まるところがあるという話は聞いたことがある。
だが、なんかピアスとかジャラジャラして、ゴムの黒い服着た人がいっぱいいるイメージがある。
鎖とか持っちゃったり。
そこら辺で誰でも構わずヤっちゃったり。
どう考えても怖い。
俺はできれば高校生らしいかわいい付き合いがしたい。
誰でもいいって訳じゃない。
そう言うと、アサノは困ったように眉を寄せた。

「また随分と偏った知識ね…。怖くないところだってあるわよ」
「見分けがつくか!」
「それに、ネットでの出会いもあるわよ。専用のSNSとかもあるし」
「ネットで見ず知らずの人間としゃべれるか!ていうか俺はパソコンは使えない!」

クリックしてネットをちらちら見ることぐらいは出来るが、決まった所にしかいけない。
タイピングも、一本足打法だ。
前にゲイのエロ画像があって見ようとしたら十万円とか要求された。
他にもいきなり警告みたいのがいくつもいくつも出てきて消えなくなったりした。
千夏を呼びつけてなんとかしたが。
それ以来、千夏には決まった所にだけ行くように言いつけられている。
パソコンは、怖い。
あの悪魔の箱は何が起こるか分からない。

「我儘ねえ」
「こんな俺にでも彼氏ができる方法を教えろ!」
「いつからそんな話になったんだったっけ…、まあいいけど」

アサノは赤ワインで唇を湿らせると、ちょっと考えを巡らせる。
しばらくして、俺に視線を戻してにっこりと笑った。

「じゃあ、私が連れてってあげましょうか」
「どこに?」
「所謂ゲイバー。そこまでハードじゃなくて、初心者でも入りやすいところ。客の質も悪くないわ。大ちゃん好みのタイプがいるのは、また別のお店になるんだけど、まあ、とりあえず社会勉強でどう?」

ぶっちゃけ、そういう場所に興味がないとは言わない。
というかすごいある。
実は行ってみたい。
さっきみたいな黒づくめの兄さん達が所構わずやってるような所じゃなければ、行ってみたい。
でもやっぱり、ちょっと怖い。

「………怖くないか?」
「怖くない」
「俺、学生だぞ」
「あ、お酒と煙草は駄目よ。それは禁止。でも他はまあ、私服で行くなら大丈夫よ。ご両親と千夏ちゃんに心配かけない程度で帰るけどね。あくまで社会勉強よ」

まるでなんだか子供扱いのようでむっとする。
でも確かに、両親はともかく千夏はうるさいだろう。
一人で行くなんて、もってのほかだ。
アサノが一緒で、早く帰ってくるなら、大丈夫だろうか。

「…………お前も行くんだよな?」
「ええ、連れていくって言ってるでしょ?大ちゃんだけ行ってこい、なんて言わないわよ」
「………途中で置き去りとかにしないな?」
「疑り深いわね。しないわよ。ずっと大ちゃんと一緒にいるわ」
「本当に本当だな?嘘ついたらヘアピン100本飲ませるからな!」
「なんでヘアピン」
「針100本なんて持ってねえもん。ヘアピンなら千夏が持ってる」
「飲まされたくないから、嘘はつかないわ」

アサノは苦笑しながら、視線を合わせて俺に諭すように言う
その言葉に、俺は小指を差し出した。

「よし、それなら行ってやる!ありがたく思え!」
「…………何?」

俺に小指を突き出されて、テーブルの向こう側でアサノがきょとんと眼を丸くする。
こいつは結構表情が豊かだな。
それにしても、察しの悪いやつだ。

「指きりに決まってるだろ?」
「……………

アサノは、今度こそ黙り込んだ。
目を丸くしたまま、俺の小指をじっと見つめる。

「なんだ?」
「ぷ、くっくくくくくく」

アサノはテーブルに肘をついて、顔を手の平で覆って笑い出した。
こらえようとして、こらえられないように体を震わせる。

「なんだよ!!」
「な、なんでもない。お前、本当に面白いな」
「何がだよ!感じ悪いな!!!」
「いや、そうだな。そう、指きり。指きりね」
「もういい!」

アサノの笑いっぷりが馬鹿にされてるようで腹がたって、俺は手を戻そうとする。
しかし直前で、節くれだった長い指が俺の小指に絡まる。
硬い指先に、少し心臓がはねた。

「はい、ゆーびきりげーんまん」

振りほどこうとしたが、アサノの小指は予想以上に強い力でからみついている。
仕方なく俺は、そのまま手を上下にふった。

「嘘ついたらヘアピン100本のーます!指切った!」

半ば投げやりに最後まで歌って、指を切った。
俺の不機嫌と逆に、アサノは上機嫌ににこにことしている。
くそ、腹立たしい。
俺はアサノの皿をつかむと、肉を全部自分の皿に移してやった。
アサノは一瞬驚いたように眉をはねたが、今度こそつっぷして笑いだす。

「くっくくくくくく、あは、はっ」
「お前、本当に感じ悪い!」
「ご、ごめんなさい、あ、あは、あ、はははは」

その後、おじさんがまた給仕をしにくるまで、アサノは笑い続けた。





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