10/02/28 一番

彼と一緒にカレーを作った。
料理をしながら鼻歌を歌う彼はとても上機嫌で、楽しそうだった。
そんな彼を見ているだけで、僕も楽しく、嬉しい。
彼は本当に、いつのまにか料理が上達していた。
でもにんじんをウサギ型に切る必要はないと思う。
後、カレーに納豆を入れようとするのもよしたほうがいいと思う。

彼が僕の我儘を聞いてくれたので、逆に聞いてみた。
僕に何か望みはないのか、と。
俺は全て言っていると言っていたが、彼は悩みを内にため込んでしまうところがある。
なんでも言ってほしい、と告げた。

そうしたら、彼は、これは我儘で聞かなくてもいい、と前置きしてから望みを言ってくれた。
彼を、一番好きになってほしい、と。
聡さんよりも、千秋よりも、好きになってほしい。
彼の一番は僕だから、僕の一番も、彼になってほしい、と。

何を言われたのか、一瞬だけ理解できなかった。
彼の一番が僕だと言う、その言葉が、認識できなかった。
思わず問いかけると、殴られた。
本当に最近馬鹿とよく言われるし、殴られる。
僕はそんなに馬鹿なのだろうか。
怒ってから、けれど、顔を赤くして照れくさそうに、言ってくれた。

恋人なのだから、一番は僕なのだと。

その赤らんだ目元を見て、彼に触れたくなった。
彼を抱きしめたくなった。
衝動が、抑えられなくなってしまいそうだった。

彼の一番が、僕なのか。
本当なのか。
僕は誰かの一番になれるような存在なのか。

でも、彼はそう言ってくれる。
彼は嘘をつくような人間ではない。
ということは、本当に彼の一番は、僕なのだろうか。

僕は、どうなのだろう。
好意に順位付けなど、したことない。
好意に順位をつけても、いいものなのだろうか。
好きと言う感情に、違いはあるのだろうか。

少しだけ、考えさせてほしいと言った。
彼の想いには、誠実に応えたいと思った。
彼はしょうがない、と納得してくれた。

彼はもう一つ望みがある、と言った。
キスしたい、と言ってくれた。

久しぶりの彼の唇は、少し荒れてかさついていた。
舌で舐めて湿らすと、柔らかくほどけた。
痺れるような快感が、全身に走った。

これでは、彼の望みではなく、僕の望みだ。

10/03/01 敬愛

聡さんの研究室を訪れた。
聡さんはいつだって、どんなに忙しくたって、僕を快く迎えてくれた。
本当にどんなに礼をいっても、言いつくせない、大事な人だ。
浴びるように愛情を注いでもらって、それでも僕は彼を手を振り払おうとしている。
これで聡さんに嫌われたら、と思うと、心が痛んだ。
怖かった。
ただ一人、僕を見てくれた人だった。

どうしたんだ、怖い顔をして、と聞かれた。
僕は、彼を守ると約束した、だから聡さんにこれ以上彼にひどいことを言ってほしくない。彼と別れろ、というようなことも言ってほしくない。聡さんのことは尊敬しているし、これからもずっと愛している。けれど、僕は彼を守りたいと思う。彼とずっと一緒にいたいと思う。だから、もし聡さんがこれ以上彼を傷つけるなら、僕は聡さんと一緒にいられないかもしれない。
ひどいなあ、美晴。ずっと一番に美晴を愛してきた叔父さんを捨てるの?と言われた。
捨てたくない。聡さんはずっと、いつまでも大切な人だ。でも、僕は彼を守りたい。聡さんがなんと言おうと、彼が、好きなんだ。

自分の想いを全て告げると、聡さんは苦笑した。
ようやくの反抗期だな、と言って笑った。
そして、それでいいんだよ、と言ってくれた。
保護者なんていつかはうざくなるものだ、それを振り払えて一人前だ。それでいいんだよ。保護者よりも大切な人が出来て当然だ。それが成長だよ、と言ってくれた。

全身を掻きむしりたくなるような、寂しさと悲しさに襲われた。
息が苦しくなった。
ずっとつないでくれていた人の手が、今離された。
心細く、頼りない気分になる。

でも美晴、俺はずっと美晴を愛しているよ。俺たちは家族だ、たとえお前に恋人が出来ても、いずれ別に家族を持っても、俺たちはずっとずっと家族だ。それは変わらない。お前はいつまでも、俺のかわいい美晴だ。

変わらない優しい顔で、聡さんはそう言った。
大好きな、頼れる、大切な、尊敬する、愛する叔父。

美晴は何度言っても信じてくれないけど、俺は兄さん達に頼まれたから美晴の面倒を見ていたんじゃない。お前といるのが楽しいから一緒にいたんだ。恋人が出来ても、叔父さんの相手も少しはしてくれよ。

そして最後に、でもふられたら俺がちゃんと慰めてあげるからいつでもおいで、と言った。
僕は、ふられないように頑張ると答えた。
聡さんは朗らかに、頑張れよと言って笑った。

10/03/02 順位

何も変わらないという言葉通り、聡さんはご飯を食べに来て、色々話をして、家に泊まっていった。
普段と変わらない、聡さんだった。
家族は何も変わらない。
ずっと傍にいる人。
そう、教えてくれた。
どこまでも優しい、大切な人。

瀬古と森本に、好意に順位をつけてもいいのだろうか、と聞いてみた。
何を言っているか意味が分からないと言われた。
好き、に一番とか二番があってもいいのだろうか、と聞いた。
なんとなく順位付けするのに、罪悪感のようなものがあった。
僕みたいな人間が、そんなことをしていいのかと思った。
また、お前は馬鹿か、と言われた。
どうやら僕は馬鹿らしい。

順位付けする訳ではなく、順位付けはすでにされてるんだと言われた。
どういう意味かと問うと、お前は俺に好きだと言われたら、俺と付き合うか、と聞かれた。
ありえない話だから想像できない、と言った。
殴られた。

お前、前に他の女に告白されても、彼のことが好きだから断るって言ったよな。
確かに言った。
もう選んでるだろ。その仮定の女よりも、恋人を選んでいる。
新鮮な驚きを覚えた。
そういうことなのか、と思った。
そうだ、俺の誘いと恋人の誘い、同時に来たらどうすると聞かれた。
彼の誘いを選ぶ。
断言かよ、と殴られた。
でも、そうなのだ。

何に悩んでいたのか、馬鹿みたいだ。
というかやっぱり、僕は馬鹿なのだろう。

僕はもう選んでいたのだ。
そうだ、すでに聡さんよりも、僕は彼を選んだ。
彼の存在は、僕の中で最も大きな存在なのだ。

順位付けするのは、悪いことではないだろうか、と聞いた。
悪いことだったらこの世はとっくに滅んでる、と言われた。

そうか、彼を一番に思うことは、何も悪いことではないのだ。
好意に順位付けするのは、悪いことではないのだ。

10/03/03 兆候

昨日、好きに順位づけをしてみた、と瀬古に言ってみた。
興味なさそうにそうか、と言われた。
森本にどんな感じになったのか、と聞かれた。

一番は彼だ。
やっぱりそこなんだと言われた。
当然だ。
二番目は、聡さん、叔父だ、と言った。
普段から聡さんの話はしているので、そうかと言われた。
三番目は迷うが、千秋だと思う。
千秋の優しさと明るさにずっと癒されていた。
可愛く頼もしい、素晴らしい妹だと思う。
今度会わせろと言われ、なんとなく嫌だと思った。

その次辺りに、もしかしたら瀬古が来るかもしれないと告げた。
瀬古が椅子から落ちた。
そんなに嫌がらなくてもいいと思うのだが。
僕は君にかなり好意を持っているようだ、と言っておいた。

森本に、俺はどうだ、と言われた。
10位以内には入っていると思う、とだけ言った。
その後は中々順位付けが難しい。
瀬古がお前は本当に馬鹿だ、と言っていた。
森本が笑っていた。
たとえ瀬古が僕を嫌いでも、僕は瀬古がとても好きだと思う。

放課後、彼の家に遊びにいった。
今日も彼は、僕に我儘を言えと言う。
困るぐらい言えと言われて困った。
なんだか禅問答のようなやりとりに笑ってしまった。

彼が僕を抱きしめてくれた。
しなやかな腕の中はとても安心して、少しだけ欲望を覚える。
強く抱きしめられて、苦しくて、でも胸が温かいものでいっぱいになった。
僕も彼の体を抱きしめた。

そして我儘を言った。
僕の名前を呼んでくれ、と。
彼に名前を呼ばれる度、まるで僕の名前は宝石のように輝く。
僕の存在が、貴重なもののように感じる。

美晴、大好き。

繰り返される言葉に、眩暈がする。
彼の言葉はまるで蜂蜜のように甘い。

10/03/04  抱擁

彼が弁当を作ってくれた。
小さな稲荷寿司が綺麗に飾られて華やかでおいしかった。
りんごの皮がハート形に切られていた。
なんだか職人気質になっている気がする。
でも弁当の玉子焼きに納豆はやめた方がいいと思う。

瀬古が僕の弁当を見て、ずるい、よこせ、と言っていた。
僕の恋人が作ってくれたものだから、僕のものだ、と言った。
森本が、愛妻弁当すげえ、と言っていた。
すごくいい気分になった。
彼のことが、とても誇らしい。

今日も彼と会った。
彼と会うのはいつまでも飽きないし、楽しいし、嬉しい。
会うだけで、胸がいっぱいになる。

また我儘を聞かれたので、好きだと言ってほしいと言った。
彼の言葉は、宝石のように貴重で、綺麗だ。
きらきらと光って、僕の心の中に溜まっていく。

彼を抱きしめさせてもらった。
彼は、快く抱きしめさせてくれた。
運動をしていたのでしっかりとした筋肉質の体。
それなのに、なぜか壊れもののように感じて、恐る恐るそっと抱きしめた。
彼の匂いがして、胸がいっぱいになって、苦しくなった。
この貴重なものを、ずっと守っていきたい。
この腕の中で、ずっと守っていきたい。

嬉しいか、と聞かれた。
彼が僕を信頼して、身を委ねてくれるのは嬉しい。
でもそれ以上に苦しい。
この苦しい感情が、後少しで、分かりそうなところにある。

彼が、怖い。
彼が、好きだ。

10/03/05 団欒

喫茶店に、彼の友人たちが集まっていた。
横井さんと楽しそうに話している彼を見るのは、やっぱり少しだけ不快感を覚える。
でも、彼が一番好きなのは僕なのだと思うとそれは静まった。
僕はとても図々しくひどい人間だと思う。
でも、きっと、それでいいのではないかと思う。

彼はとても楽しそうに笑っていた。
喫茶店は温かい空気に包まれていた。
みんな笑っていた。

帰り道で手をつなぎながら、彼が嬉しそうに幸せだ、と言った。
中学校の頃、もう俺このままいいことないんじゃないかな、って思った。
でも、今すっごい幸せだ、美晴のおかげだ、と言った。

僕は何もしてない、ただ、彼から色々なものをもらっているだけだ。
美晴は、一番最初に俺を認めてくれた、走る楽しさを思い出させてくれた、人と関わる楽しさを思い出させてくれた、と彼は言った。
そして、好きだと言ってくれた。

中学校の頃に、部活で色々人間関係の摩擦があったようだ。
彼はまっすぐで素直で頑張りやで、そして不器用だ。
守りたいと思う。
もう、何も彼を傷つけるものがないように、ただ守りたいと思う。
彼の笑顔を見ていたい。

10/03/06 結論

山のコンディションが悪いので、今日予定していた登山は延期となった。
彼は残念そうに肩を落としていた。
僕も残念だが、せっかくならいい思い出にして、彼に登山を好きになってもらいたい。

彼が横井さんに料理を習いに行くと言うので、僕は聡さんのところへ行った。
久々の聡さんの部屋は相変わらず物で溢れかえっているのに、整っていた。

どうしたのか、と聞かれたので、思考を整理したいので聞いてほしいとお願いした。
なんでも聞くよ、と言われた。

この前、自分が好きな人を順位付けしてみた。
俺は何位だった、と聞かれたので二位だったと告げた。
まあ、満足しておこうと言われた。

順位付けするのは、怖かった。
見たくないものが出てきそうで、怖かった。
でも、それは悪いことではない、と教わった。

そして見えてしまった。
僕はもしかしたら祖母や父や母が、それほど好きではないみたいだ。
勿論家族として尊敬している、愛している、大切だ。
でも、あまり好きではないらしい。
認めたくはなかったのだけれど、好きではないようだ。
僕は、嫌いな人間はいないと思っていた。
でも、僕は彼らが、嫌いなようだ。

認めたら彼らが僕のことを好きではないことを認めてしまうようで、嫌だった。
家族は愛し合っていて当然だと、思いたかった。
彼らの愛情に順位があると思いたくなかった。
僕も冬兄さんや千秋と同じぐらい愛されていると、思いたかった。
だから目を瞑っていた。

でも僕はもう、父や母に好かれていなくても、彼がいるし、聡さんもいる。
だから、認めてもいい気になった。

そうか、と聡さんが苦く笑った。

親に反発するなんて、子供が持つ感情としては当然だよ。 それに美晴は、彼らが嫌いとはいっても、感謝してるし、大事な存在なんだろう、と聞かれた。
それは勿論、かけがえのない大切な存在だ。

でも、もしかしたら嫌いだったから、それが態度に出ていたのかもしれない。
だから、父や母は、僕をあんなに気遣っていて、冬兄さんは怒って、千秋は心配したのかもしれない。
僕は家族と壁を作っていたのかもしれない。

それで美晴はどうしたい、と聞かれた。
僕はそれを認めた上で、もう一度家族と向き合いたいと思う。
多分、これは構われなくて拗ねている、僕の勝手な感情なのだから。

いいんだよ、美晴は我儘を言ってもいいんだ。
それぐらい、お前は傷つけられてきたのだから。
お前は賢くて、一人でなんでも出来てしまうから、兄さんたちは美晴に甘えてきた。
美晴が傷ついてるなんて、気付きもしなかった。
だから、少しくらい困らせても、当然なんだよ。

でも、もう僕も大人なのだから、いつまでも反抗期って訳にはいかない。
ちゃんと父や母と向き合いたいと思う。

美晴は本当にいい子だね。一つだけ。前にも言ったけど、兄さんも義姉さんも、後悔しているよ。本当は美晴をとても愛している。
それは、知っている。

だからこそ、僕もちゃんと彼らを愛したいと思う。




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