「おい、聞けよ!!」
「………なんだ」

俺が怒りのままドアを開けて怒鳴りつけると、柳瀬は面倒くさそうにだが、一応返事をした。
この鬱陶しそうな反応はいつものことだから、気にならない。
こいつに愚痴るのも、ただこいつは特に何も言わずに壁代りになるからだ。
誰にも言いふらさないしな。
反応は別に望んでいない。
だから、別に投げやりに返事をされようがなんだろうが、気にならない。

「桜川の奴、なんなんだ、あいつ!」
「また、桜川か」

うんざりとしたように溜息をつかれたが、気にしない。
柳瀬は珍しく本を読んでなかった。
ベッドに足を投げ出して座りながら、ケータイをいじっていた。

「俺が蔵元とヤった後に、あいつに会ったんだけどよ!」
「ああ」
「あいつ何言ったと思う!セフレが他にセフレ作っても気にしないとか、笑って言いやがった!」

ああ、今思い出してもムカつく。
なんだあのどうでもよさそうな態度は。
少しは動揺しやがら、あの野郎。

柳瀬はケータイから顔をあげて、呆れたように眉をひそめた。
心底馬鹿にしたように大きなため息をつかれた。
くそ、こいつにもムカつく。

「で、何が不満なんだ?」
「何がって…、その態度がムカつくじゃねえか!」
「桜川にどういう態度をとってほしかったんだ」
「それはっ………」

勢いこんで言おうとして、言葉に詰まる。
俺は、桜川にどういう反応を期待してたんだ。

殴られる。
いや、殴られたくなんかねえよ。
俺はマゾじゃねえ。

怒られる。
いや、それもない。
だから俺はマゾじゃない。

泣かれる。
ていうかそもそも桜川が泣くはずない。
それに別に泣かせたい訳じゃない。
いや、めっちゃめちゃに犯して泣かしたいってのはあるけど。

なんかぐるぐるしてくる。
俺は、あいつにどう言う反応を期待してたんだ。
考えれば考えるほど、混乱してくる。

頭が痛くなってきた。
なんかもう、とにかくあいつの態度がムカつく。
あの反則な存在がムカつく。
そうだ、とにかくあいつがムカつくんだ。
そうだ、そういうことだ、とにかくムカつくんだ。
理由なんてない。
あいつの存在がムカつく。
それだけだ。
そうだ、それだけだ。
それだけ、だよな。

黙り込んだ俺に、柳瀬は分からないぐらいに口の端を歪めて失笑した。

「なんかもう、呆れを通りこして微笑ましくなってくるな」
「な、何がだよっ!」
「頑張れ。幼稚園から小学校高学年レベルぐらいまできたんじゃないのか」
「なんだ、てめえ、ケンカ売ってんのか!砂にすんぞ、こら!」
「別に売ってないが、やるのか?」

なんでもないように、柳瀬は無表情に俺を見返す。
その無感情な声に、俺は即座に言い返した。

「やらん!」
「俺はお前のそういうところが結構気に入っている」

柳瀬はくっと喉に詰まるような声をあげて、かすかに笑った。
笑っていても、柔らかさなんて一つもない。

こいつとやっても、なんの得にもならない。
強さとかの問題じゃない。
いや、確かにこいつは強いが。
こいつの強さは桜川とはまた違う。
桜川はまだ、常識がある。
いや、すでに存在が非常識だが、まだ考え方とか行動が理解できる。

こいつは、理解できない。
普段は穏やかで割と理性的だが、根本的に壊れてる。
何本か神経がぶっちぶちにちぎれている。
こういうのは、相手にするだけ損だ。

「くああああああ、とにかく変なこと言うんじゃねえよ!ムカつく!」
「分かった分かった。ほら、これやるから落ち着け」

柳瀬はベッドサイドのお菓子箱から、クッキーを取り出し放り投げてくる。
咄嗟に受け取るが、まるでガキをなだめるような態度に更に腹が立つ。

「こんなもんいるか!」
「そうか。俺は少し出てくる」

柳瀬はケータイを閉じると、ベッドから起き上がった。
いてもいなくても一緒だが、八つ当たりする相手が消えるのはよろしくない。

「おい、この俺の話を放っておいてどこ行くんだ!」
「チョコを食べに」
「またか!!」

柳瀬は顔に似合わず、いつでもどこでも甘いものを食べている。
また、購買部にでも頼んで新しいお菓子を仕入れたのだろう。
けれど止めようとしても無駄だ。
吐きだす相手もいなくなり、腹の中がぐるぐるしたまま俺は自分のベッドに転がる。
柳瀬は出て行く前に、一度だけこちらを振り返った。

「まあ、あまり考えすぎるな。感情のままに動けばいいだろう」
「どういうことだよ」
「そのムカツキを、桜川に言ってみろ」
「もうあんな野郎の顔もみたくねえよ!」

柳瀬がくっと、喉の奥で笑った音がした。
うっすらと笑って、最後に一言残していく。

「好きにしろ。後悔しない程度にな」

相変わらず、意味不明な事ばかり言う奴だ。
あんな奴に愚痴ったのが馬鹿だった。
だが、あいつ以外にやっても、馬鹿にされて言いふらされるだけだ。
くそ、ああ、どいつもこいつもムカつく。

俺は枕に顔を埋めて、ただひたすら怒りを抑えていた。





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