確かに、ここは柳瀬と手を組んでおいたほうが得策だ。 あの犬を柳瀬に押し付けて、桜川から引き離す。 そうすればどんだけすっきりするだろうか。 「俺は、お前が、あの犬を手籠めにするために、なんかする必要ってあるか」 だからわざわざ聞いてやったのに、柳瀬はどこか呆れたように眉を上げる。 「手籠めって、お前どうして本当にそう言語センスが昭和なんだ?」 「うっせ、ばーか!」 「変な語彙力だけあるよな」 こいつと手を組むなんてそもそも無理だったのかもしれない。 人を馬鹿にばっかしやがって。 他の奴なら完全に沈黙するまでボコるとこだが、こいつは強いし、家の権力もあまり通じない相手だ。 ていうかこいつの実家には関わりたくない。 つまり仕返しは不可能だ。 それが更に腹が立つ。 「もう、いい。俺は寝る」 ベッドに入り、布団をかぶる。 「前に言っただろ、お前は桜川に助言すればいい。あの犬を突き放すのがあいつのためだってな」 すると柳瀬は淡々とそんなことを言った。 布団を払いのけ、体を起こす。 そういえば、前にそんなことを言われた気がした。 すっかり忘れていたが。 「そういや、そんなこと言ってたな」 「お前は鳥か」 「なんでだよ」 「三歩歩くと忘れる」 「喧嘩売ってんのかてめえ!」 「売ってないけど、売ってほしいなら売るぞ?」 「購買拒否だ!」 「そうか」 こいつと喧嘩なんてなんの得にもなりやしねえ。 そんな無駄なことはする気はない。 「お前は極力桜川を怒らせないように、本当に助言として、言えばいい。甘やかしすぎだ、少し突き放すのがあいつのためだってな」 まあ、確かにあいつは、あの犬を甘やかしすぎだ。 あんな弱いヘタレ犬、もっと厳しくしつけてやればいいのに。 でもそんなの、ずっと言ってるけど、本当に効果あるのか。 「………それだけでいいのか?」 「ああ、それで十分だ。ただ、絶対に喧嘩はうるな。そうだな、そこに少し、お前がヤキモチでも妬いてやれば完璧だろうな」 その言葉に、かっと頭が熱くなる。 「や、ヤキモチなんて妬くわけねーだろ!」 「そうか。演技でもなんでもいいからやってくれ。それで効果が上がる」 柳瀬は俺の怒りなんて気にせず、淡々と答える。 ヤキモチってなんだよ。 そんなもん、妬くわけがない。 でも演技なら仕方ないか。 それで、あの犬を排除出来るっていうなら、やってやらなくもない。 「まあ、お前があいつを怒らせたらそこで終わりだけどな」 「………怒らせない、か」 それが一番難関かもしれない。 怒らせようとすると、面白がらせてしまい、普通の軽口をしては怒らせる。 桜川は本当にめんどくくせえ。 「別に怒らせてもいいが、俺の名前は出すなよ」 まあ、こいつはそういうやつだよな。 名前を出してやると言おうと思ったが、それは俺のためにもならないので思いとどまる。 こいつは、あの犬を引き離すまで、味方にしておいた方がいい。 桜川にも、それとばれないようにしておくべきだ。 こいつがあの犬を、手籠めにするまで。 「そういや、お前はなんであんな犬がいい訳?」 「犬だからいいんだ」 「は?」 柳瀬はそこで本から目を離し、こちらを見た。 薄く笑って、はっきりと言った。 「ずっと犬が飼いたかったんだ、俺は」 ぞわりと、寒気がした。 「………いやー、ないわ。ドン引くわ」 「だろうな」 完全にイカれてやがる。 やっぱりこいつとは極力関わりあいになるのはやめておこう。 触らぬ神に祟りなしだ。 そして今日も今日とて、可愛らしい少年に組み伏せられる。 腕を後ろで戒められ、ベッドに顔を押し付けられている。 「くっそ、ぜってー、今日は俺がお前の上に乗ってやるつもりだったのに!!」 そんであの小さいケツにガンガンつっこんでやるつもりだった。 ひーひー泣いて許しを乞うまで、責め続けるつもりだったのに。 それがどうしてこうなるんだ。 「じゃあ、ご希望通り今日はお前が上に乗れよ」 桜川は可愛らしい顔に、満面の笑みを浮かべてそう言った。 そして言葉通り体を起こされ、体勢を入れ替える。 桜川にのしかかり、見下ろす形。 いや、確かに、こんな風に見下ろしたかった。 見下ろしたかったのは間違いない。 「は?」 「騎乗位ってやつだな?あ、あんまり体重かけんなよ。膝をつかずに頑張れ。お前なら出来るだろ?」 だが、俺が、桜川をまたいでいたら、意味がない。 「はあ!?」 「さあ、頑張って下さいね、先輩」 そして可愛い顔をした悪魔は、花がほろこぶように笑った。 「お前は、鬼か………」 布団に横たわった体は、もう一ミリも動かせそうにない。 腰も膝もケツも、がったがただ。 膝をつかないように腰を振ったせいで、色々なところに筋肉が痛い。 特に太ももの筋肉が引きつれて、もう動けそうにない。 うまく動けなくてもどかして、なかなかイケないし、散々だった。 「いやあ、可愛かったわ。泣いて許して、とか、もう辛いとか、お願い、もうイカせてとか」 「うわああああああ」 「お前絶対Mっ気あるって」 「うっせー!お前がドSなだけだ!」 隣で満足そうに俺の頭を撫でていた男は、にやりと笑ってとんでもないことを言い出す。 もどかしいわ、体勢が辛いわで、泣きながら許しを乞うたのは確かだ。 でもあんなの、セックス中の演出ってやつだ。 ノリと勢いの演技だ。 そう、演技だ。 「くっそ………、なんで勝てねーんだよ………」 「才能の差」 桜川はしれっと言い放つ。 このところは真面目に俺も鍛錬しているのに、この力量差。 その言葉に、納得してしまいそうになる。 「努力は才能に勝てないと言うのか!」 「まあ、才能がなければ努力しても一定のところまでしかいけねーな」 「世の中不公平だ!!」 「お前が言うな。お前散々いたいけな美少年ども食ってきたんだろうが」 俺はいい。 俺はいいんだ。 俺がいくら無理やり誰かを犯そうと、力でねじ伏せようと、好き勝手にしようといい。 それが、俺だからだ。 でも俺がされるのは、駄目だ。 「俺は別なんだよ!」 「開き直るな」 軽く頭をはたかれる。 くそ、こんなことすら抵抗できない。 「しかしお前一時期俺を避けてたくせになんで急にまた来たわけ?」 「それはあの犬が」 「秀一?」 桜川が興味を引かれたように、体を起こす。 あの犬の名前へ対する反応に、イラッとする。 こいつがこれだけ反応を示すのは、あの犬だけだ。 やっぱりあの犬は、さっさと排除しなければいけない。 そういや、なんで、こいつがあの犬を構うとこんなムカつくんだ。 いや、あいつがうろちょろしてて、うざいだけだ。 そうだ、うざいんだ。 「あいつが、俺に言ってきたんだよ」 「なんて?」 「お前を放置してたら、すぐに俺に飽きるぞって」 よし、いいタイミングだ。 柳瀬の言うことを実行するなら、今がチャンスだ。 こいつを怒らせないように、極力冷静に、あの犬を甘やかしすぎだと言う。 「秀一が?」 「ああ」 落ち着け。 下手なことを言うと、怒らせる。 だが、急に大人しくなっても、俺らしくない。 その間をとれ。 「あいつも、一応御主人様離れしようと思ってんじゃねーの」 「………」 「お前さあ、あいつ甘やかしすぎじゃねーの」 「ああ?」 不機嫌を表して、声が低くなる。 こいつに征服されることに慣れた心が、一瞬竦む。 あほか、ビビるな。 「お前が甘やかすから、あいつあんなに依存心の塊なんだろ」 「なんだてめえ、俺にケチつけてんのか」 落ち着け。 落ち着け、キレかえすな。 冷静に、それでいて、いつもの俺らしく、話せ。 「キレんじゃねーよ。単に、あいつも自立しようとしてるみたいだし、お前も過保護すぎるんじゃねーのって言ってるだけだろ」 そう言うと、怒りに目を吊り上げ、射殺しそうな目で俺を見ていた桜川の目から、殺気が薄れる。 顔には出さないようにしながら、内心ほっと息をつく。 「やっぱ、俺、過保護かなあ」 「じゃねーの?あいつの行動全部監視してんじゃねーか」 「だってよ」 桜川は、珍しく肩を落としてしょぼんとした様子を見せる。 ぶちぶちと口の中で何かを言ってから、急に自分の頭をガシガシと掻き始める。 「あー、もう!」 綺麗なふわふわとした栗毛の髪を惜しげもなく乱しながら、天を仰ぐ。 苛立ったように、ぎりっと歯を噛みしめる。 「だってさー、心配なんだよ。あいつ、俺しか頼れる人間いねーしさ」 「って、お前が乳母日傘で育ててるから、友達もできねーんじゃねーの」 「………」 あいつが、桜川以外といるところを見たことがない。 痛いところをつれたのか、桜川が黙り込む。 それからベッドに仰向けに転がったまま俺を見下ろす。 「お前、意外と難しい言葉知ってるよな、馬鹿のくせに」 「俺は頭もいいんだよ!」 こいつも柳瀬も馬鹿にしやがって。 俺は元々文武両道で、昔は神童とか言われてたんだよ。 「でも、そうかあ、少し、俺も、過保護すぎたかなあ」 「じゃねーの?少し突き放してみれば?」 「突き放す、かあ。でもなあ、下手に突き放して再起不能になってもなあ」 少し突き放されて再起不能って、どんだけメンタル弱えーんだよ。 まあ、うじうじしてて、弱そうではあったがな。 「あー、なんで俺、お前にこんなこと言ってんだろ」 「知らねーよ」 桜川の今更の言葉。 ぞんざいに返すと、桜川が口の中でまたぶつぶつと言った。 そしてそれから、ふと気づいたように、また俺を見下ろしてにやりと笑う。 「そういやお前、俺がお前に飽きるの嫌だったわけ?」 「な、そんなわけねーだろ!」 頭がカッと赤くなる。 こいつ何言ってんだ。 こいつが俺に飽きるのなんて、万々歳だ。 もう、好き勝手犯られたりしねー。 「じゃあ、なんで秀一のその言葉で来たんだ?」 「そ、それは」 じゃあ、なんで来たんだ。 飽きるなら飽きるでいい。 いや、違う。 そうじゃない。 「あ、あいつがなんかお前のこと知ってますって態度もムカついたし、まだ勝負ついてねーし!」 そうだ、それだ。 勝負がまだついてないから。 俺が勝つまで、勝負は終わらない。 ヤられっぱなしなんて、俺には似合わない。 それが理由だ。 そういうことだ。 「お前ってさ、なんで、時折そんな可愛いわけ?」 そこでいきなり、桜川が満面の笑みを浮かべる。 そして、不意に、のしかかってきた。 「んー!」 唇をふさがれ、口の中を好き勝手に掻き回される。 突然の狼藉に反応が出来ない。 そもそも俺の体はもう、ボロボロで、疲れ切っている。 指一本動かせない。 「ん、な、あ、や」 なのに桜川は俺の舌を吸い、唇を食み、好き勝手にその手を無抵抗な俺の体にはわしてくる。 その手が、股間までやってきた時、これがただのじゃれ合いですまないことを知る。 「ちょ、まて、俺今太ももと腕ガタガタなんだけど!」 「お前が可愛いから悪い。今度は正常位だから安心しろ。お前はマグロで寝てればいい」 にっこり笑う桜川はやっぱり下手な女より全然可愛くて、天使のようだ。 桜川ならともかく俺が可愛いってなんだと言いたいのに、心臓がなんか、変な風に動悸している。 「優しくしてやるから、大人しく足とケツ開いて、かわいくひんひん鳴いてろよ、零」 そして天使のような悪魔は顔に似合わない下卑た言葉を言い放った。 |