「よし、菊池」
「なんだよ」

花火大会の夜の後。
もうすぐ夏休みも終えようとしている。
そろそろ宿題もどう誤魔化そうか考えなければいけない頃だ。

しかし、二人の距離はいまだ縮まらないまま。
夏は終わりを告げようとしていた。

何度か橋本は誘ってみたが、菊池は応じなかった。
よほどこの前のことがショックだったのか、暗い顔で首を横にふるのみだった。
その痛々しい姿に、橋本が自分が下だという立場も忘れていたく同情した。
菊池の立場だったら、とてもいたたまれないだろう。
自分なりに精いっぱい傷つけないようにしたつもりだったが、橋本の気遣いも菊池の心を救うにはいたらなかったようだ。

二人は触りっこもしないまま、ただうだうだと毎日を過ごしていた。
さすがに、若い橋本の体はそろそろ限界だった。
最近は一人でやってもあまり楽しくない。
せっかく解消できる相手がいるのに、相手はいまだ沈み込んだままだった。

そこで、橋本は改めて決心をする。
菊池と再度、向かい合おうと今日は心を決めてきた。
想いを交わした相手と、もう一度心を確かめようとする。

「ちょっとそこに座れ」
「座ってるだろ」
「そうだな」

ベッドにもたれるように床に座っていた菊池は憮然と返す。
もっともらしく頷いて、橋本は本題を切り出す。

「この前失敗した件だが」
「失敗言うな!」
「分かった。悪かった。俺が悪かった」

途端に、菊池が過剰に、反応して身を乗り出してきた。
顔を赤くして、気のせいか涙目だ。
橋本はちょっと目をそらして、それを見ないことにしてやった。

「それで、その件だが」
「………その話はもういいよ」
「いい訳ないだろ!俺の下半身の問題でもあるんだよ!ちょっと黙っとけ」
「………はい」

今度は橋本が声を荒げて、菊池に指を突き付ける。
突きつけられた方は、思わず素直に返事して黙り込んでしまった。

「とりあえず、この前最後まで至らなかった……至るってなんかエロいな」
「致す、とかもエロいよな。ヤるっていうより卑猥」
「うん、遠まわしにするとなんか余計にエロいな」
「興奮するよな」
「恥骨とか興奮しない?」
「嬲るって字ってすっげエロいと思うんだけど」
「そうそうそ、ていや、そうじゃなくて!」

盛大に話が脱線しそうになって、橋本はそこではたと気づく。
首を思いきりふって、落ち着こうと深呼吸をする。

「なんだよ」
「とりあえず、この前ラストダンジョンまでいけなかった件だが」
「その言い方も激しく微妙なんだが」
「いいから聞けよ!」
「お前がつっこませてるんだよ!!」
「お前がつっこむ話をしてるんだよ!!」

そこで一旦二人とも黙り込む。
お互い視線を合わせて睨みあい、そして同時に目をそらした。
しばしの沈黙。
橋本が何度目か分からない脱線を乗り越えて、もう一度深呼吸をする。

「で、だ。とりあえず黙って聞いておけよ」
「………うん」

手を立てて菊池をけん制すると、菊池は素直に頷いた。
それを見届けて満足そうに、橋本も大きく頷いた。

「やっぱり、最後までいけなかったのって、準備が足りなかったと思うんだよね」
「………うん?」

話の真意が見えなくて、菊池は首を傾げる。
橋本は、真面目な顔で先を続けた。

「やっぱさ、何をやるにも準備って必要じゃん。オ●ニーが痛くなくなるまでも、結構時間がかかった。準備をしないと、何事もうまくいかない。そういうものだ」
「………」
「ていうことで、準備をしよう!」
「は?」
「てことでこれ!」

そこでにかっと笑って橋本は、後から何か紙袋を取り出した。
菊池の部屋に来る時に持ってきて、なんだろうと気にはなっていたものだ。
それをまじまじと見て、菊池は何か嫌な予感が這いあがってきた。
その紙袋には、どこか見覚えがある。

「ぱんぱかぱーん!ア●ル拡●用どうぐー」
「あほかああああああ!!!!!!」

某ネコ型ロボット風の口調で、橋本が取り出したのは見るからに卑猥な道具の数々だった。
見覚えがあるはずだ。
それはいつか道端に叩きつけて踏みにじったあの道具だ。

「しかも増えてんじゃねえかああああ!!!!」

あの時確か一つだったそれは、大小様々に色どり豊かな形をした数種類の道具が追加されていた。
頭痛を抑えきれず頭を押さえながらつっこむ菊池に、しかし橋本はにこにこと動じない。

「おい、橋本!」
「鈴木に相談したらくれたんだよね。これで助走から始めればって」
「だからお前はなんでよりによってあいつになんでもかんでも相談する!!」

更に頭痛がいや増す。
これでまた、鈴木にからかわれるネタが一つ増えただろう。
というか、何よりも鈴木になんでもかんでも漏らしてしまう橋本に怒りを覚える。
しかし橋本は相変わらず悪びれず、何を言っているのかと首を傾げる。

「だって、あいつしか相談する奴いないじゃん」
「俺がいるだろうが、俺が!」
「だってお前なんか結構ダメージ受けてるみたいだったからさ」

それを聞いて、菊池も言葉を失う。
確かにその話からここのところ逃げ回っていたのは菊池の方だ。
心の傷が大きすぎて、沈み込んだまま戻ってこなくなっていた。

「いや、でも、あのな………」
「てことで、これ使ってみよう!」
「…………」

いっそ爽やかなぐらい、橋本は屈託がない。
まるで手に持っているのは、新作のゲームだと言うように無邪気に顔を輝かせている。
呆れるとか怒りとかを通り越して、何か神々しさすら感じてくる。

「………なんでお前、そんな乗り気なんだよ」
「やー、だってなあ」
「……黙っておけば、お前突っ込まれずに済むんだぞ」
「なんか、一回だけでもうやる気なくなったって、結構ショックだぞ!俺の体はそんなもんか!そんなに粗末なものか!」
「いや、そうじゃないけど、ていうかむしろよかったけど………」
「別に積極的に突っ込まれたい訳じゃないけど、なんかショックだ!傷つく!てことで手を出すならさっさと出せ!」
「…………」

思わず菊池はすいませんでした、と謝りそうになった。
それほど、何か訳のわからない迫力があった。
一回目を伏せて、そして、橋本の説得にかかる。
そのグロテスクながら卑猥な形の道具を一つとり、橋本の目の前に突きつける。
昔の彼女と戯れに使ったことはあるが、今回は事情が違う。

「本当にちゃんと考えてるか?これ、突っ込むんだぞ?」
「いや、まあ、この前の時、結構気持ちよかったし、いけるかなーって」
「ちゃんと考えてるのか?大丈夫か、想像してるか?」
「小さいやつからやれば結構いけるだろ」

しかし、目の前にそれを突き付けられても、橋本はあっさりと返した。
もしかしたらいつものように考えなしに突き進んでいるだけなのかと思い、一番グロテスクなものを突き付けたが、動じない。
ちゃんと、考えた上での結果のようだ。

菊池は、一瞬泣きそうに顔を歪めた。
そしてそれが橋本に見えないように顔を伏せる。

「………なんで、お前本当にたまにそんなに男前なんだよ」
「たまにってなんだよたまにって」

絞り出すような弱々しい声に、橋本は明るく茶化してみせた。
その態度に、菊池は目をぎゅっとつぶった。
顔を伏せて見えないが、黙りこんだ菊池に橋本は今度は恐る恐る問いかける。

「嫌?」
「いや、嫌じゃないけど………」

そして、しばらく沈黙してからゆっくりと顔をあげた。
どこか頼りない、子供のような顔。

「………本当にいいのか?」
「うん。俺お前と早くイタしたい」

徹底してさわやかに朗らかに、橋本は笑ってみせる。
菊池は、たまらずその背にすがるように抱きついた。
まるで甘えるように、橋本の肩に顔をなすりつける。

「………」
「どうしたんだよ」
「なんかもう、本当に、くっそ………橋本のくせに……」
「の●太みたいな言い方をするな!」

ひどい言い草に言い返しながらも、橋本はその背をぽんぽんと叩く。
そして宥めるように肩に乗った頭をなでた。

「本当に、ありがと………」
「おう、二人で頑張ろうぜ!」

橋本にもギリギリ聞こえるくらいにか細い声に、橋本は男らしくはっきりと答えて見せた。





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