「…………」
「どうしたんだ、橋本?」

一回目のレッスンを終えた次の日、今日も今日とて橋本は菊池の部屋にいた。
部屋に通した途端、正坐になって座り、菊池をじっと見つめる。
菊池は自分もいつものよにベッドに背をもたれると首を傾げる。

「きょ、今日もやるよな…?」
「何?セックス?つーか、練習?」
「は、はい………」

菊池がずばりと切りこむと、橋本は視線を床に落とした。
フローリングの目を数えるように、そのまま顔をあげない。
菊池はその態度に、ますます不思議そうに橋本の様子を観察する。

昨日はとりあえず二人とも一回だけイった。
橋本の体をならすの目的なので、お互い久々の触れ合いにまだ熱を残していたものの無理はせずにそれで終えた。
昨日の時点は橋本の方が乗り気で、嫌がる様子はまるでなかった。
てっきり今日も昨日の続きをするものだとばかり思っていた。

「そのつもり、だったけど、なんで?」
「いえ………」

橋本はどこか緊張した顔で、まだ俯いている。
何かを言いたそうに口を開いては、閉じる。

「何、いや?」
「………いや、いやって言うか、なんつーか、思ったよりとんでもなくて怖いっていうか」
「へ?」
「いや、なんつーか、体が、こう、変というか」

いつもの通り、自分で突っ走って、現実を見て急ブレーキをかけたようだ。
菊池は今までその反応が来なかったことがむしろ意外だったので、小さく口の端を上げた。

「ああ、なるほど。何その処女みたいな反応」
「処女だっつってんだろうが!」
「そういやそうだ。痛かった?」

菊池は俯いている橋本を薄く笑いながら見ている。
それに気付かず橋本は小さく首を振った。

「いや、ほとんど痛くなかったのが……」
「まあ、まだ指一本だしな」
「うん………なんか、すっげ多分気持ちよかった」
「多分って」

ボソボソと話す橋本に、思わずつっこむ菊池。
ベッドに頬杖をついて余裕ある菊池と、固まったまま相変わらず視線が床をなぞっている橋本。
いつもとはまるで逆の態度だった。

「………いや、なんか気持ちいいとか感じる間もなくイってたというか」
「すごかったもんな、ドバドバ先走り出てたし」
「うん、苦しかったけど、なんかもう頭真っ白で。お前も一度やった方がいい、あれ」
「考えておく」

さらりと返した菊池に、橋本はようやく顔をあげた。
恨みがましそうな目で、久々にクールに飄々としている男を睨む。

「一回やったら絶対お前だからな」
「うん、まあ前向きに検討する」

政治家のようにはぐらかす言葉に、橋本は目を細めた。
菊池は肩をすくめる。
橋本は小さくため息をついて、とりあえずその問題を置くことにした。
今言いたいことを、改めて告げる。

「…で、だ。とりあえずまあ、結論として、次までちょっと時間置きたいなあ、というか」
「やってる間ノリノリだったじゃん」
「やってる間はいいんだ、やってる間は。ヤリ終わった後、筋肉痛だし腰重いし」

自分の体の反応が怖かったというのもある。
体の中を探られて、強制的に達した。
勉強したので、それが当然のこととは分かっている。
けれど、その強烈な刺激はある意味恐怖だった。

それに、確かに体も痛い。
ギシギシとして、軋む感じがする。

少しだけ、心の再整理も含め、時間を置きたかった。
橋本は上目づかいに菊池を恐る恐る見上げる。

「………だから、その、今日は、やめておきたいなあ、って」
「いいよ」
「やりたいのは俺も一緒だからなんとかそこんところ…て、え!?」

あっさり答えられ、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
思わず俯き加減だった顔を勢いよくあげる。
そこには、相変わらずベッドに頬杖した菊池がいた。

「別にいいよ」

橋本が目を丸くしていると、菊池は再度頷いた。
言いだした橋本の方が驚き、つい身を乗り出してしまう。

「どうしたんだ、菊池!?なんか悪いものでも喰ったか!?」
「なんでだよ。単に今日はいいって言ってるだけだろ」

なんてことないように小首を傾げる菊池に、橋本はますます驚く。
更に距離をつめて菊池の襟首に手をかけた。

「ど、どうしたんだよ、本当に、大丈夫か?」
「だからなんでだよ!」
「だって、お前あんなヤリたくてガツガツしてたじゃねえか!」
「………まあな………」
「どうしたんだ!?俺の体に飽きたのか!?ひどい菊池君、最低!」

いつにない菊池の態度に、橋本は混乱して自分でよく分からないことを口走る。
さすがにずっと信じてもらえない菊池も腹がたって、怒鳴り返した。

「だからどうしてそうなるんだよ!飽きねえよ!ヤリたい!早くつっこみたい!」
「う………」

言われて、橋本は顔を赤くして黙り込む。
菊池も黙りこんだ橋本に、同じように少し赤くなる。
なんとなく気まずい沈黙が落ちた。

「………そこで照れるな」
「は、はい」

しかしやはり黙りこんで、橋本は赤くなったまままた俯いた。
菊池も照れ隠しのように視線を彷徨わせていたが、しばらくして小さくため息をつく。
柔らかい茶色の髪をくしゃくしゃとかき回して気まり悪げにボソボソとぶっきらぼうに話す。

「別に、お前に無理させる気ないし。体辛いんだろ?」
「う、うん。股関節とか筋肉痛」
「まあ、普段使わない筋肉だしな。なら、今日はいいよ。別に」

橋本がちらりと菊池をうかがうと、菊池はちょっと照れたように、それでも柔らかい笑顔を浮かべた。

「ゆっくり、二人で頑張るんだろ?」

橋本が、息をのんで黙り込む。
菊池は照れくさそうに苦笑する。
しばらくして、橋本が座ったまま二、三歩ずり下がった。
胸を押さえて、焦ったように叫びだす。

「うおお、やべえ、今すごいトキめいた。何これ、菊池相手にトキめいた!」
「まあ、今まで俺には全く余裕がなかった。それは謝る、本当に」
「どうしたんだよ、菊池!急にすごい大人になって!」

すごい暴言をはかれているにも関わらず、菊池は珍しく怒らない。
笑顔を浮かべたまま、顔を真っ赤にする橋本を見つめる。

「お前が逃げないって、分かったからな」

言われて橋本は、床につっぷした。
小さく丸まったまま、起きあがらない。

「なんだよ」
「…………なんかもう、今」
「何?」
「ヤってもいいって、気になりました」
「…………」

丸まった橋本のもとまで菊池もずり寄り、その頭をくしゃりと撫でる。
ぴくりと反応した橋本だが、その手を振り払わない。

「無理すんなよ」
「いえ、なんか、すっごい、菊池と今、ヤりたい」
「………大丈夫か?」

低く問うと、橋本はゆっくりと顔をあげた。
赤らめた目元で、菊池を見上げる。

「うん。いけると思う」
「………そっか」

その言葉にやっぱり優しく目元を緩めると、菊池は小さく橋本の額にキスを落とした。
橋本もようやく体を起して、菊池の唇にお礼のようにキスを返す。

「………あのさ、橋本」

何度もキスを繰り返しす合間。
菊池は橋本の体を引き寄せる。

「うん?」
「お前が俺にトキめいたって言ってたけど」

キスの気持ち良さにうっとりとしていた橋本が、薄く眼を開く。
そこには、真剣な顔で自分を見ている菊池がいた。

「俺は、いっつもお前にトキめいている」
「うおおおおおお、かゆうううういい!無理!ごめんなさい!」
「たまには茶化さず受け取っておけ!」

途端に暴れ出した橋本を、菊池は不機嫌に床に押し倒した。





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