「夏休みの宿題は、夏休みの内に片付けないと駄目だよな、橋本」

それから何度か色々経験を重ねて。
橋本の体で、菊池の指が触れてないところはないんじゃないがぐらいディープな触れ合いを繰り返して。
むしろ最後までいってない方がおかしいぐらいなエロエロな関係を二人は築いていた。

菊池の言葉に、橋本は目に見えて渋面を作る。
対して菊池は、全開の笑顔だ。

「いや、まあ、いいんだけどさ。覚悟も決まってるし、体も慣れてきたしさ」
「うんうん」
「………だから頼むからがっつくのはやめろ。逃げないから。ていうかむしろそれで逃げたくなるから。そしてここは教室だ」

今日は夏期講習の日で、周りには当然のことながらクラスメイトが沢山いる。
宿題をやってない、うつさせて菊池ーと言った途端に強引に曲げられた会話に橋本はさすがにうんざりとした顔を見せる。

「うん、帰ったらな。約束な」
「だからさ………」

言いかけて、もう何を言っても無駄だと思ったのか、橋本は口をつぐんだ。
何かを悟ったような顔で、目をつぶってため息をついた。

「ま、いいや。じゃ、帰ったらな」
「うん!」

昔のクールで大人ぶった菊池はどこへ行ったのか、無邪気に頷く菊池。
その目は新しいおもちゃを買ってもらえる子供のようにキラキラとしている。
話している内容は全く無邪気でもなんでもないが。
再度大きくため息をつく橋本。

そんな話をしている2人の机に、影がさした。
つられて顔を上げる橋本と菊池。
そこには少しだけ日に焼けて、夏休み前より少しだけかわいくなった仲本の姿があった。

「ねえねえ、ハシー。菊池君」
「お、仲本?」
「ねね、今日プール行かない?」
「プール?」
「そそ、みんなで行こうって盛り上がっててさ」

突然のお誘いに、橋本は首を傾げる。
今日の講習は昼までだ。
確かに近場ならいけないこともない。

プール。
女子。
水着。

一瞬の間にそんな単語が橋本の脳裏を駆け巡り、橋本は椅子から立ち上がる勢いで仲本に詰め寄った。

「仲本、水着着るの!?」
「そりゃ着るよ」
「ビキニ!?」
「………ハシ、ひくよ、それは」

欲望全開の言葉に、仲本は蔑んだ目で嫌そうに顔を歪めた。
そんな仲本に気付きゃしない橋本は更に鼻息荒く問いかける。

「誰が行くの!?」
「えっと、女子はエミと、モリと、矢口と、カナで、男子が」
「あ、男子はいい。そっか秋川も行くのか………」

秋川恵美は、クラスでも美少女と評判の女子だ。
スレンダーな体ながら、胸は大きく清楚系。
ぶっちゃけ、橋本の好みにどんぴしゃだ。
年下ならば、と何度も思ったかしれない。

更に軽蔑した目で、仲本は橋本を見下す。
橋本は何を考えているのか、顔が緩み始める。

「……ハシ、何考えてるか分かりやす過ぎ」
「いや、だってさ」
「んじゃ行く?」
「あ、でも」

橋本はちらりと隣を見る。
そこにはむすっとして、不機嫌そうに口を閉ざす男。
そして仲本に視線を移す。

仲本は、菊池が好きだったはずだ。
あれから特に変わった様子なく接していたが、こんな風に遊びに行くのはいいのだろうか。
ここは空気を読んで辞退するべきところなのだろうか。

それに、なんとなく気まずい。
菊池と、なんというかそんな仲になってしまった。
いわば、橋本のせいで仲本はふられた、と言ってもいいのかもしれない。
いや、でもあの時は橋本は別に菊池とはそうなっていなかったし。
焦ったようにちらちらと視線を彷徨わせる橋本。
その視線をどう思ったのか、仲本は困ったように苦笑した。

「おいでよ。二人が来ると楽しいし」

それは、もうなんとも思っていないという意思表示のようだった。
変な気をまわしてしまった自分を、少し恥ずかしく感じる。
仲本は、もうふっきっているのだ。
その潔さは、かっこよくて、綺麗だ。

「あ、じゃあ、い」
「行かない」

行く、と返事をしようとした橋本の言葉は遮られた。
それは大きくはないが、低く強い拒絶。
びっくりして、橋本は声の元を辿る。
そこには、不機嫌そうに頬杖をついた菊池。

「俺達、用事あるんだ。な、橋本」
「へ?」
「てことなんだ」

いや、俺も言ってないし、とつっこもうとしてそんな空気じゃないことに気付く。
細められた目、笑ってない口元、低い声。
菊池は、限りなく不機嫌だった。
それに気付いたのか、仲本も少し身を引く。

「あ、そ、そう?」

仲本をびびらせたのに気付いたのか、菊池は少しだけ表情を緩めた。
ちらりと笑って、手を顔の前に立てる。

「ごめんな、仲本。まだ今度誘って」
「う、うん。わかった。ごめんね」
「うん、ありがと」

そう言ってにっこりと優しく笑う菊池に、仲本は顔を赤らめた。
そのやりとりに、橋本はムカっとする。

なんだ、このかっこつけが。
どこでも愛想ふりまきやがって、モテ男が。
いい加減にしろよ、気のない女にまでいい顔してんじゃねえよ。
お前みたいのがいるから俺まで女が回ってこないんだ。

今度は菊池と逆に、橋本がむっとして口を尖らせて黙り込む。
そんなのに気付かず、仲本は嬉しそうに笑って去っていった。
せっかく、諦めているようなのに、これじゃなんだか生殺しだ。
橋本は菊池に一言物申そうと、口を開く。

「あのな、菊池」
「橋本、来い」
「へ、あ?」

けれどそれは遮られて、腕をとられて立たされる。
椅子がガタガタと音を立てて、教室の視線が二人に集まる。

「何?菊池、何よ?」
「ツレション」
「は?女子かよ」
「いいから来い」

無理矢理腕をひっぱられ、教室の外に連れ出される。
なんか前にもこんなことあったなあ、と思いつつ橋本は仕方なくついて行った。
途中教室の中で、鈴木が楽しそうにへらへらとしているのを見つけた。

何を言っても聞いてくれなくて、菊池は黙ったまま男子トイレまで橋本を連れ出した。
据えた匂いがする夏のトイレで、突き飛ばされるように個室に押しこまれる。

「ちょ、おい!?」

さすがに焦ったように逃げ出そうとする橋本。
けれど菊池はすぐに自分も入り込み、後手に鍵をかけた。
そして強い力で橋本を壁に押し付ける。

「てめえ、何、女子に愛想ふりまいてんだよ」
「はあ!?」
「へらへらへらへらしやがって!何が水着だ!モテない男がキモいんだよ!女にいい顔してんじゃねえよ!」

いきなりの暴行と暴言に、橋本の頭にも血がのぼる。
さすがに理不尽な言葉に、菊池の襟首を掴む。

「な!それはこっちのセリフだ!誰にでもいい顔しやがって!無駄にモテてんじゃねえよ、この馬鹿!」
「俺がモテるのは仕様だからしょうがねえんだよ!お前はモテないくせに、女についていこうとしてんじゃねえよ!」
「て、てめえ、殺すぞ、こら!」

さっきから人の傷をえぐるような言葉の数々に、少なからず傷つく橋本。
口ではなかなか敵わないが、なんとか言い返そうと言葉を探す。

「何が水着だ。そんな性欲あんなら俺に使え」
「………な、て、え?」
「そもそも、今日は俺の部屋に来るんだろ!他の奴についていこうとしてんじゃねえよ!」

怒りが、急速に冷めていく。
菊池の襟首をつかんでいた手から、力が抜ける。
代わりに体を支配するのは、なんとも言えないむず痒さ。
顔に、血が昇って行くのが分かる。

菊池の怒りの原因。
それは、つまり橋本が仲本と仲良くしたせいなわけで。
それはつまり。

「………えっと、菊池君」
「なんだよ」
「なんていうか。すっげ照れるからやめて」

赤い顔を隠すように、橋本が顔を覆って俯く。
むずかゆくて、いたたまれない。
叫んで逃げ出したいほどの、恥ずかしさ。

顔を押さえて黙り込んだ橋本のシャツのボタンを菊池が無表情に外し始める。
一瞬何をされているのかわからず、されるがままになる橋本。
しかしすぐに気付いて貞操の危機を感じ、橋本は慌ててもう一度菊池を突き放した。

「な、何!?ちょ、や、やめろって」

必死で頭を突き放すものの、菊池はふんばってそのまま脱がし続ける。
真ん中あたりまでボタンを外すと、菊池はおもむろに橋本の鎖骨の辺りに口づける。

「んっ、った」

まるで噛みつくようにキスをされ、痛みに橋本は顔を歪める。
橋本の抵抗なんて気にもせず、菊池は何度も同じ場所をきつく吸う。

「お、おい、菊池ってば、痛い!」

そのまま、腰のあたりに手を這わせられ、ぞくぞくと背筋に快感が走る。
必死に体を遠ざけようとして、安いベニヤ板でできた壁が大きな音を立てる。
菊池は止まらず、鎖骨の辺りに口づけたまま橋本のベルトに手をかける。

「やめろって!俺はこんなきたねえところで処女捨てる気はねえぞ!」

危険を感じて、橋本が蹴りを入れると菊池がうめいてようやく体を離した。
息を荒げながら、橋本は狭い個室の中菊池から精一杯体を離す。
蹴られたものの、菊池は顔を上げると、満足げに笑った。

「よし」
「何がよしなんだよ!」
「これで浮気できねえだろ」
「は?」

菊池が指さした先、乱れた服の下、橋本の肌にはくっきりと赤い痕が残っていた。
胸の開いた服で見えるか見えないかの微妙な位置、それは先ほど菊池がきつく吸っていた場所。

「あああああ!?」
「うん、我ながら美しい」
「てめえ、何しやがる!?」

焦ってそこをこするが、当然のことながらそんなことで消えることはない。
菊池は真面目な顔で、諭すように橋本の目を見つめる。

「俺以外の前で服脱ぐな」
「ていうか、暑い時どうすんだよ!?家でも脱げねえじゃねえか!ていうかこれじゃ胸開いたの着れねえじゃねえよ!」
「脱ぐな。クーラーつけろ」
「俺の部屋ねえんだよ!」
「仰げ!」
「あほかああああ!!!!」

狭い個室の中、相変わらずの乱闘が始まる。
そして二人のどうしようもない争いは、チャイムによって遮られるまで続いた。





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