「お前ら、最近マジでなんかおかしくね?」
「え、何が?」
「お前と菊池」

それは放課後、特に何をするでもなく橋本はファストフード店で鈴木とだらだらしていた。
今までこんな風に過ごす相手は菊池が多かったが、最近ではなんとなく気まずく、お互いバラバラな時間を過ごしている。
仲が悪くなったわけでもなく、多人数で遊ぶ時は気負わず話すし接する。
ただ、2人きりになると途端に息苦しくなる。
エロ話は禁止だし、話す内容を考えつつの会話はどこか上滑って空々しい。
そこに触れないように、それでいて自然な態度を心がけるその状況が、すでにとても不自然だった。
それがわずらわしく、お互い2人きりになるのを避け、なんとなく遠ざかっていた。

それは橋本にとっては、思った以上につまらない日々。

エロを抜きとしても、やはり一番気があうのは菊池だった。
この距離感が普通になる少しの間だとしても、他の友達と楽しく遊んでも、なんとなく物足りない。
だからと言って微妙なスタンスに突入して気まずくなるのも、イヤだった。

時折イヤに勘のいい鈴木の鋭いつっこみに、橋本は目を逸らしながらボソボソと返す。
面白がるような視線に、コーラを啜って口をつぐんだ。

「そ、そんなことねえよ」
「あれ、やっぱり嫌われちゃったの?」
「ちげえよ、この前も皆で遊んだだろ」
「んー、ていうか近頃2人では遊んでないよね」
「そんなことねえって、菊池カノジョいるし忙しいんだろ」
「かわいそー。橋本君、おホモダチに捨てられちゃったんだ」
「ぶっ」

思わずコーラを噴き出す橋本。
鈴木はそれだけは真面目そうな優等生の外見にふさわしく、しかめ面でウーロン茶を啜りながらうんうん、と頷く。

「て、てめ、お前、何言って」
「あれよねー、やっぱり男同士はリスク多いし。菊池は女をとったのね、ひどい男」
「ば、す、鈴木!?」
「切ない夜に体が疼いたら、俺が慰めたげる。ベッドの隣は空いててよ?」
「なんで知ってんだてめえ!!!」

椅子がガタン、と大きな音をたてる。
立ち上がって机を叩いた橋本に、周りの客の目が集まった。

「は?」

顔を真っ赤にさせて肩で息をしている橋本と対照的に、鈴木は目を丸くさせて首をかしげた。

「……お、お前、菊池に聞いたの、か…?」
「へ?」

きょとんとして、間の抜けた声をあげる鈴木。
それに気づくこともなく、橋本はじっと鈴木を見つめる。

「…………」
「…………えーと」

しばしの沈黙。
鈴木はもう一口ウーロン茶を啜ると、静かに机に紙コップを置く。
そして、片手で空中をおさえるような仕草で、橋本を椅子に座るように促した。

「えーと、とりあえず橋本君、シットダウンシットダウン」
「え、あ、うわ、やべ。す、すいません!」

周りの視線が自分に集まっていることにようやく気付いた橋本は、誰ともなく頭をぺこぺこと下げ、椅子に座った。
恥ずかしさにしかめた男らしい作りの顔が、不機嫌そうに見える。。
ガラの悪い男子高生の悪ふざけかと思ったのか、すいている店内の客は係わり合いにならないように目を逸らした。

「それでー、えーと」
「……なんだよ」
「え、ていうかお前らマジでホモダチなの?」
「は、いや、え、お前知ってって」
「いや80%冗談だったんだけど……」
「ええ!?ていうか80%てなんだよ!?残り20%は本気かよ!」
「マジかよ……」

橋本の抗議は綺麗にスルーして、どこか呆けた声を上げた鈴木は顔を伏せた。
そこでやっと橋本は鈴木の言葉がなんの根拠もない悪ふざけであったと気付いた。
先ほどとは違う焦りで、身を乗り出す。

「いや、違う!違うからな!俺と菊池はそういう仲とかじゃなくて!」
「………」
「おい、鈴木、聞けって。おい!」

必死に言い訳にもならない言い訳を言い募る橋本に、鈴木は顔を上げない。

もしや、ショックをうけたのだろうか。
確かに、自分もいきなりファーストフード店で前フリなくカミングアウトをされたら引くかもしれない。
ていうか引く。
友達でいるのが、イヤになるかもしれない。
別に、本当に橋本と菊池はそういう仲ではないが、ちょっぴりスキンシップが過剰すぎたりしたようなしてないような、どことなく後ろめたい気分が十分にあるのは確かだ。
鈴木は悪ふざけが好きだし下ネタばっかりだし、性格は決してよくないが嫌われるのは嬉しくない。
一緒にいると楽しい、友達の1人だ。
なにより、鈴木に知られたら次の日には全校生徒に知れ渡っていそうだ。

「す、鈴木、い、今のはちょっと間違って…」
「………」
「だから俺と菊池は普通の友達で……」
「………ぶ」
「触りあいっことかキスとか絶対にしてないし……」
「……ぶはっ」
「フェラとか………鈴木?」

奇妙な声をあげて、鈴木が机につっぷした。
その様子に気付いて、橋本がテンパった言い訳をやめて、鈴木に視線を戻す。
鈴木は小刻みに震えて、何か憤りを押さえているようにも見える。
そこまでショックをうけたのかと、心配になり鈴木の肩に手を置こうとしたその時。

「ぶあ、ぶはっ、ぶははははははははは!!!ぎゃっはははは!!!!」

鈴木は唐突に顔をあげ、橋本を指差して笑い始めた。
目尻に涙すら浮かべて、顔を真っ赤にさせて笑っている。

「え、おい、鈴木!?」
「おま、おまえら何やってんだよ!俺を笑い殺す気か!ぶ、っはははは」
「は?」
「面白いそれ面白い!お前ら最高!超うける!やべえ、すげえ!」
「あ?ちょ、鈴木!??」
「うわー、すげー!あほだー!!こいつらアホだー!!!やべ、ツボった!マジ入った!」

最初何がなんだか分からず、鈴木を見つめているだけだった橋本だったが、だんだんと失礼極まりない鈴木の態度に怒りがこみ上げてくる。
何に怒っているのかよく分からないが、とりあえず笑われていることがムカついた。

「てめえ、笑いすぎだろ!」
「いや、だってお前それネタだろ!体はってんな、おい!すげえお前神!」
「誰がネタ披露してるんだよ!」
「ぎゃっははははは!」

机を叩いて大興奮しながら、鈴木は笑い続ける。
橋本はその頭を思いっきり殴りつけたが、それでも鈴木は止まらない。

「いい加減に止まれ、てめえ!」
「ごめ!無理!マジ無理!だって、菊池と橋本だろ!?やべ、マジうける!何、どっち上、どっち下!?あいつテクどうよ!?」

そうして2人のテンションが最高潮に上り詰めた時、安っぽいプラスチックのテーブルに影が差した。
2人が同時にそちらを向くと、そこには引き攣った営業スマイルを浮かべる中年男性。

「お客様、恐れ入りますが他のお客様のご迷惑になるようなことは…」
『……すいませんでした』

目が笑っていない店員に、2人は素直に頭を下げた。


***




そんな一騒動があったあくる日。
橋本は教室の扉の前で、立ちすくんでいた。
恐ろしくて、扉が開けない。

昨日、2人でファストフード店を追い出されたのち、必死に「悪ふざけの延長でそんなことになってしまった、疚しいことは何もない」と言い募る橋本は「なんかお腹空いちゃったー、お腹が空きすぎて思わず口が滑っちゃうかもー」とかほざく鈴木にクレープと牛丼をおごらされた。
おかげで橋本の財布は大打撃だ。
しかも多大な犠牲を払った口止め料だが、相手はあの鈴木だ。
生まれてきた瞬間に自分の父親の不倫相手を暴いたといわれる鈴木だ。
その悪ふざけだけで出来ているという性格が、どこまで信用できるか分からない。
というか信用ができない。

登校途中もすでに自分のことが知れ渡っているようで、周囲が笑っているようで気が気じゃなかった。
扉をあける勇気が、中々もてない。

「何やってんの、お前」
「うひゃあああ!!!」
「ああ!?」

後ろから唐突にかけられた声に、橋本は周囲に響き渡るような悲鳴をあげた。
つられて声の主も驚いた声をあげる。

「へ、あ、菊池!?」

振り向いたところにある見慣れた茶髪に、更に驚く橋本。
菊池は橋本の行動に目を白黒させながら、首を傾げる。
朝は機嫌の悪い菊池が呆れたように息をつく。

「何、朝から1人で極めてんだよ」
「いや、ちがくて、えーとだな」
「いいからとりあえず中入るぞ」
「待て!あけるな!そこは危険だ!」
「はあ?何1人でダイハードしてんだよ」
「だめだ!早まるな!」

橋本の静止に耳も貸さず、菊池は勢いよく扉を開けてしまう。

「うわあああ!」

まるで爆弾が爆発するかのように橋本は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

「はよ」
「うっす」

扉のすぐ横の席に座ってる近藤が軽く手をあげ、菊池がそれに応える。
他のクラスメイトは菊池と橋本にちらりと目をやり、またそれぞれの会話に戻っていった。

「ところで橋本、何してんの?」
「さあ、今日のジャンルはアクションスリラーなんじゃねえの」
「ふーん」

橋本が恐る恐る顔をあげると、いつもどおりの教室の風景。
昨日の鈴木のように、橋本を指差して笑うものはいない。
覚悟を完了していただけ、その反応は拍子抜けだった。

「……あれ?」
「はっよーん」

近藤の席でだべっていた鈴木が手をひらひらとさせて橋本に笑いかける。
橋本はその顔を認めると、何やらむかむかと込みあげるものを感じた。
毅然と立ち上がると、無言で近藤の机に近づく。
鈴木の腕を力強く掴むと、何も言わず教室の外に連れ出した。

「おい、橋本?」
「いやん、橋本君激しい。痛くしちゃいや」
「うるせえ、来い!」

菊池の戸惑った声や、鈴木の軽口に付き合う余裕もなく鈴木を無理矢理引っ張っていく。
鈴木は黙ってそれに従う。

人気のない渡り廊下の隅まで来たところで、ようやく橋本は立ち止まった。
鈴木が腕をさすりながら口を尖らせる。

「もう、橋本君たら強引なんだから」
「てめえ、なんで誰にも言ってないんだよ!」
「え、言って欲しかったの?」
「いや言うな!」
「どっちだよ」
「言わんでいい」

言ってて自分が何を怒っているのかよく分からなくなってきた。
言いふらしてないのなら、それは何の問題もない。
ただ、鈴木が言いふらさないというのが予想外で不気味だった。

「だって、お前が言いふらさないなんておかしいだろ!」
「人聞き悪いなー、ひどーい」
「お前の半分は悪意とノリで出来ている!」

鈴木に掴みかからんばかりに興奮する橋本に、優等生の外見を持つ男は冷静だ。
ひらひらと手をふって、笑顔を崩さない。

「言いふらさないってば」
「お前がそんないい人か!」
「あのね、俺楽しいこと好きでしょ?」
「あ!?」
「確かに俺は悪ふざけ大好きだけどね、それ以上に俺は楽しいことが好きなの」
「え、あ、うん?」

ペースを崩さないままにこにこと笑いながら穏やかに話す鈴木に、毒気を抜かれたように橋本は頷く。
目をパチパチとさせながら、鈴木をまっすぐに見つめた。
鈴木は大人しくなった橋本に向かって指を一本たててみせる。

「だからね、楽しいことは言いふらすけど、楽しくないことは言いふらさないの」
「……お前、昨日あんなに笑ってたじゃん」
「いや、俺的にはマジツボだけどね。うけるけど。他の奴らはそうでもないでしょ?」
「へ?」

理解できなく首を傾げる橋本に、鈴木は諭すようにその肩をぽんぽんと叩く。

「お前らがホモってことで引く奴らもいるだろ?そういうのイヤなの」
「いや、ホモじゃねえけどな」
「なんかそれで空気白けるのヤじゃん?仲間内で気まずくなりたくないし」
「……だからいいふらさねえの?」
「そ。えーっとね、言いふらして楽しくなるなら言いふらすけど、言いふらして場が引いちゃうのは言いふらしませんよ、鈴木君は」

少々呆気にとられたが、そのどこかずれた理由はとても鈴木らしく納得のいくものだった。
逆にお前が心配だから言いふらさないとかマジで言われるよりは全然信頼できる。
橋本はなんとなく決まり悪く、目を逸らして口をとがらす。

「なるほど」
「そ。わかってくれて?」
「うん。お前ただの口が軽い奴じゃなかったんだな。性格悪いけど、筋が通ってる」
「ありがとう、褒めてくて。鈴木照れちゃう」
「いや、褒めてねえ」
「そんな照れないで」
「照れてない。……でも、悪かった」
「ん?」
「いや、疑って悪かった。……その、言わないでくてありがとう」

橋本はちょっと俯き加減で、それでも素直に謝り礼を告げる。
一瞬、今度は鈴木が目を丸くした。
しかしすぐ後に、いつものように何かをたくらんでそうな笑顔を浮かべると、橋本の短い黒髪をくしゃくしゃにしてしまう。

「何しやがる、てめえ!」
「もう、橋本君たらかわいんだから!そりゃ菊池君もメロメロね!」
「だから俺と菊池はそんなんじゃねえ!」
「隠さなくってもいいのに」

鈴木はにこにことしながら手を離した時、ちょうど予鈴が鳴り響いた。
2人同時に肩をすくめ、顔を見合わせる。
一つふきだすと、自然と教室に足を向けた。
しばしの無言の時間。
鈴木の一歩後ろを歩きはじめた橋本は、前の背中に昨日からずっと気になっていたことを問いかける。

「あんさ」
「んー?」

鈴木は振り向かないままやる気のない返事を返す。

「…お前はひかねえの?」
「お前と菊池?」
「そう。いや別に本当に何にもねえけどさ」
「あー、いや楽しいしいいんじゃね?」
「楽しい?」
「俺はマジうけたし。お前ら楽しいならそれでいいんじゃん?」

楽しい。
確かに、菊池といるのは楽しい。
菊池と色々したのは気持ちよかった。
それでいいのだろうか。
なんとなくもやもやとしたものが残る。

それでも、本当になんでもないように言い放つ鈴木に、少なからず橋本は心が軽くなる。

「そっか…」
「そーそー、楽しいのが一番」
「……ん、ありがと」
「はいはい」

やはり後ろを振り向かないまま、鈴木は後ろ手にひらひらと手を振った。
その後姿に、何気に実はほんのりいい奴じゃん、と橋本は思いかけた。
しかし、ふとある事を思い出す。

「……あれ、てことはちょっと待てよ。お前最初から言いふらす気なかったんだよな?」
「うん」
「じゃあ、昨日俺はなんで奢らされたんだよ!」
「えーと、ノリとついで?俺腹へってたし」
「ふざけんなー!!!」

廊下に橋本の叫びが響き渡り、綺麗な右ストレートが鈴木の背中に決まった。



***




なんとなく、橋本もようやく理解できた気がした。
菊池の言っていたことが。
自分達の微妙な距離のヤバさとか。
それが周りに知られると怖いこととか。

そして、それを笑い飛ばす友人がいるってのは割りといいもんだってことを。






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