朝8時6分、次の交差点まで約3分。
几帳面な彼はいつも8時に家を出る。
そうして、8時10分にあの交差点を通る。
だから私のはこのペースで歩けば、彼に会うことが出来る。

背筋が綺麗に伸びた、けれどちょっと右に重心のよった歩き方。
時間通りに見えた姿に、私は自然と頬が綻ぶ。
意識せずに小走りになり、彼の背中を追いかける。
彼は、私を待ってくれたりはしないから。

「おはよう、友ちゃん。好きだよ」
「おはよう、みのり。俺は普通」
「そっか」
「そうだ」

9959回目。
また振られてしまった。
友ちゃんは、背が高いから歩くのが早い。
私にペースを合わせてくれたりはしない。
私はちょっと小走りで、彼の半歩後ろを歩く。

「ねえ、友ちゃん」
「ん?」

後ろを振り返ったりはしない。
背筋ののびた背中、私の好きな背中。

「好きです。えっちしようか」

ぴたりと足が止まる。
あ、後ろを振り返ってくれた。
表情はいつもどおりむっつりしてるけど、嬉しい。
嬉しくて、つい笑ってしまう。
が、友ちゃんはいつもどおりに拳で頭のてっぺんを殴った。

「いだい!」
「このボケ」
「痛いよ、友ちゃん」
「お前な、顔も体も普通。中流家庭で頭は悪い。せめて処女ぐらい大事にしとけ」
「なんで?」
「もしかしたら若い女好きの金持ちじじいの後妻にでも納まれるかもしれないだろ」
「友ちゃんの後妻には納まれない?」
「とりあえず妻がいないから後妻には納まりようもない」
「えーと、じゃあ、奥さん?」
「間に合ってる」
「そっか」
「そうだ」

9960回目。
うーん、体を使ってユーワクしてもだめか。
そもそも体も普通だからなあ。
あんまり宣伝効果なかったなあ。
失敗失敗。

「じゃあとりあえず付き合って?」
「どこまで?」
「人生の果てまで」
「今日は予定があるからだめだな」
「そっか」
「そうだ」

9961回目。
今日はこれくらいかなあ。
友ちゃんと一緒にいれるのは、朝のこの時間だけだから。
今日も惨敗。
残念残念。

後、39回かあ。



***





「それじゃあね」
「じゃあな」

下駄箱で、別れる。
まあ、勝手に私が友ちゃんについてってるだけだから、友ちゃんから離れるってのが正しいかな。
1人になった友ちゃんに、5組の西宮さんが駆け寄る。
友ちゃんの今のカノジョだ。
適度に派手で、適度に落ち着いてて、かわいい。
あ、睨まれちゃった。
うん、そりゃそうだよねえ。
こんな女がくっついてたらやだよねえ。

「うわ、あのストーカー女、また引っ付いてるよ」
「めっちゃウザ!」
「つーか怖いよ、マジ怖い」
「あんなに嫌われてて、よく毎朝やるよねえ。あたし恥ずかしくて無理」

後ろからはひそひそと、そんな声が聞こえる。
ひそひそ、でもないか。
聞こえよがしだ。
ある意味、いさぎいい。

まあ、そうだよねえ。
私もそう思う。
立派なストーカーかも。
端から見てたら、怖いかキモイかだよねえ。

でも、頑張りたいんだ。
後、39回。

そしたら、諦めるから。
それまで、待って欲しい。

後、39回。
ちょうど、友ちゃんと出会って10年。
うん、立派なストーカーだ、これ。
やばいな。

でも、ここまで来たら、そこまで、やりたいんだ。
だから、それまで、待って欲しい。
わがままで、ごめんなさい。

後39回。



***




友ちゃんに出会ってのはむかーしむかし。
私は友達作るのが苦手で、幼稚園のすみで楽しそうに遊ぶほかの子達をじっとみてた。
仲間に入れて欲しいけど、話しかけられなくて、ただずっと羨ましそうに見てた。

友ちゃんとのファーストコンタクトはそんな時だ。
今でもよく覚えてる。

いつものように隅でいじましく見てたら、いきなりボールが飛んできた。
ものすごい勢いで顔面に直撃して、私は痛みで涙すらでなかった。
目の前に星が出るような感じ。
本当に痛くて痛くて、顔を抱え込んでしゃがんだ。
そこに振ってくる、とてもはきはきとした高い声。

「ごめん!大丈夫か!?」

鼻が痛くて悶えていたけど、その声に顔をあげる。
それが私が友ちゃんを見た初めて。
ずっとずっと焼きついている姿。
太陽を背にした友ちゃんはまぶしくて、きらきらしてた。
友ちゃんは焦った様子で、私の鼻を撫でる。

「わ、鼻血だ!」

私は鼻血を出していた。
本当に痛かった。
手で拭うと、べったりと血がついて更に頭がくらくらした。

「わ、わわわわ、大変だ!」

そう言って、友ちゃんは私の手を取って、駆け出す。
私は鼻血をだらだら流しながら、友ちゃんの後ろを追いかける。

その手は温かくて。
その背中が頼もしくて。

私はその時、恋に落ちたのだ。



それからずーっとずっと友ちゃんに告白してる。
殴られても、罵られても、付きまとった。
うーん、痛い女だなあ。
それでも、いつか想いは叶う日がくるんじゃないかなあ、って思ってた。
うん、思ってたんだ。



***





金曜日で、明日は土曜日でお休み。
なんとか友ちゃんと一緒に帰れた。
友ちゃんはいつも通りの無表情で頷いてくれた。
私が帰り道誘うのも、もう何年ぶりだろう。
中学上がってからは、全く一緒にかえったことなかったなあ。
隣で歩くのは、ドキドキする。
いつもドキドキしてる。
友ちゃんの背中が、大好きで仕方がない。
見ているだけで、わくわくする。

そして、ちょっぴり寂しい。
背中しか、見れないから。
横には、いけないから。

西宮さんにはものっそい睨まれちゃったけど。
まあ今日限りです。
ごめんなさい。

「一緒に帰ってくれてありがとう、友ちゃん。好きだよ」
「まあ早く帰りたかったから別にいい。俺は普通」
「そっか」
「そうだ」

9998回。
あー、もうすぐ終わりかあ。
とっても楽しかったな。
哀しくて、辛くて、痛かったけど。
でも、楽しかったよ。

友ちゃんを好きでいること、楽しかった。
友ちゃんといれて、嬉しかった。

「もう、友ちゃんに出会って10年だねえ。10年間好きです」
「そんなになるか。早いな。10年間、俺は色んな奴を好きになりました」
「そうだったねえ」
「そうだ」

9999回。

ちょっと、手が震える。
声も、震える。
あ、怖いな。
でも、頑張らなきゃ。
ここまではやるって決めてたんだから。

ここまでで終わるって、決めてたんだから。

明日は土曜日で、学校はお休み。
ケーキをホールで買ってある。
お気に入りの音楽と、お気に入りのDVDも用意して。
お気に入りのお茶を入れよう。
だから、どんなに泣いても大丈夫。

もうすぐ友ちゃんと別れる交差点。
だから、それきり別れられる。
無様な姿は見せることはない。
優しいこの人を、煩わせることはないだろう。

夕暮れで、誰もいなくて。
うん、絶好のロケーション。
ムードあるな。
よっし、気分が盛り上がってきた。
この日を見計らって、告白回数調整してきたし。
当たって砕けろ、いってみよう、やってみよう。

友ちゃん優しいから、罵倒したりはしないだろうけど。
でもやっぱり痛いだろうな。

あんまり、痛くないといいな。

「友ちゃん、あのね」
「ん?」
「私ね、友ちゃんが好きだよ」
「うん」
「大好きだよ」
「うん」
「友ちゃんは、私のことどう思ってる?」
「馬鹿」
「なるほど、馬鹿は嫌い?」
「馬鹿は好きじゃないな」
「…私は好き?」
「嫌いではない」
「……そっか」
「そうだ」

覚悟してたけど、やっぱりすっごく痛かった。
だって、もうチャンスないし。
いつもみたいに返事するの、間が空いちゃった。
息が、出来なかった。

10000回。
終わっちゃった。

残念。
でも、決めたことは、ちゃんと、やらないとね。
早くしないと、泣いちゃいそうだし。

「うん、分かった」
「そうか」
「今まで、ありがとね、友ちゃん」
「ん?」
「今まで、付き合ってくれて、ありがとう。色々付きまとって、ごめんなさい」

私はぺこりと頭を下げる。
深々と。
顔、見れない。

「……みのり?」
「とても、楽しかったです」

でも、やっぱり最後まで嫌な思いさせるのは、どうかと思うよね。
最後ぐらいは、ウザイ女は、ヤだな。
泣いたりしたら、絶対ウザイよなあ。
後になって、去り際だけはよかったよなあ、とか思ってくれないかな。

……無理か。

でもとりあえず、笑ってみよう。
笑おう。
笑え。

笑えた。

「ありがとう、友ちゃん、好きでした」
「何言ってんの、お前」
「それじゃあね。ばいばい」
「おい」

もうギリギリだ。
とりあえず後ろを向く。
向いた瞬間、猛ダッシュ。
鼻が詰まって、息ができない。
苦しい。
涙も鼻水も出てくるし、絶対やばい顔してるなあ。

でも後ちょっとだから、頑張ろう。


分かってたよ。
迷惑だってことぐらいずっと分かってたよ。
もうずっと前に気付いてた。
でもさ、頑張りたかったんだ。
嫌い!って言われればたぶん諦めもついたんだけど。
友ちゃん、優しいから。
私は、諦めきれなかった。
いつか、振り向いてくれるんじゃないかな、って思っちゃった。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。

10000回の勇気を、それでも振り絞りたかった。






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