カウント4。



沢山沢山告白して。
隣に並んで。
手をつないで。

一緒に帰って。
一緒にご飯を食べて。
一緒に買い物して。

おうちに遊びに行って。
他愛のない話をして。

休日に約束して。
待ち合わせて。
お休みなのに一緒に遊びに行って。
一日中一緒にいた。

後は何が残ってるんだろう。
やり残してことはないかな。
夢見てたこと、沢山あったのに。
ずっとずっと、あれしようこれしようって考えてたのに。
まだまだあった気がするのに。
後、何がしたかったんだっけ。

毎日毎日が、本当に夢のようで、胸いっぱい頭いっぱい。
日々を過ごすだけで精いっぱい。
何かしよう、なんてこれ以上考えられない。

もう、後三日しかないのに。
もっともっと、何かないかな。
一緒にできること、何かなかったっけ。

「どうしたの、みのり?早くご飯食べちゃって。あんたトロいんだから」
「あのね、お母さん、恋人になったらすることって何かな?」
「は?」

突然の私の質問にお母さんは眼を丸くする。
目玉焼きをつついていた箸を止めて、顔をあげる。
そして呆れたようにため息をついた。

「また、友ちゃん関連?」
「うん」
「………あんたの将来が本当に心配だわ。ちゃんと勉強してるの?」
「してるしてる。ね、ね、お母さんが彼氏としたことって何?」

お小言が始まりそうなのを遮って、私はしつこく繰り返す。
まだ何か言いたそうだったが、もう一度ため息をついて、そうねえ、と箸を持ったまま考えてくれる。

「懐かしいわねえ。あの頃はケータイなんてなかったから家に電話したのよねえ。お母さんが出たらなんて言おう、とか。ああ、思い出しただけでドキドキしてくるわ。今考えたらあれもよかったわね」
「うんうん」
「後は交換日記なんてのもやったわね。遊ぶところなんてロクになかったから、河原でデートとかして。大学の頃はディスコとかね。踊りまくったわあ。あの頃は私もモテモテだったわあ。ああ、懐かしいわあ」

きゃーとか言いながら箸を振り回すお母さんに、今度は私がため息をつく。
それに気付いて、お母さんが首を傾げる。

「どうしたの?」
「………参考にならなかった」

時代設定が違い過ぎる。
ディスコって。
交換日記って。
家電って。

どれひとつとして、やりたいと思わない。
いや、日記はちょっと心惹かれるが、友ちゃんが承諾するはずがない。
私の沈んだ顔にお母さんはふんと鼻を鳴らすと、もう一度目玉焼きをつつき始めた。

「失礼な子ね。友ちゃんはいいから、さっさとご飯食べなさい。片付かないったら」



***




「あ、あのね、千賀ちゃん」
「何?」
「えっと、恋人になったらすることって何かな」

今度は千賀ちゃんに聞いてみた。
千賀ちゃんだったらきっと、お母さんよりもずっと参考になる答えをくれるはずだ。
なんたって頼もしい、かっこいい私の友達。

「へ、デート?」

突然の質問に、千賀ちゃんは不思議な声を上げた。
まあ、そうだよね。
突然聞かれたらそうとしか出てこないよね。

「もっと、他には!?」

机に乗り上げるようにして身を乗り出す。
その鬼気迫る私の様子に気圧されたのか、千賀ちゃんが少しだけ身を引く。

「な、何?」
「ごめん、でも、ほかなんかないかな!」
「えー、恋人ですることって」

視線を巡らせて、千賀ちゃんがボブショートの髪をかきあげる。
そういう仕草はおんなじ女の子なのにドキリとするほど色気がある。
大人っぽい千賀ちゃんに、素敵な答えがもらえるのではとドキドキしながら、答えを待つ。

「キスとかえっちとか?」
「ぶっ!」

そして思わず吹き出した。
飲み物飲んでなくてよかった。
あ、千賀ちゃんに唾が飛ばなくてよかった。

「何ふきだしてんの」
「ううん、ちょっとなんかこう、予想外の答えが」

そうか。
確かに恋人っていうのはそういうのをする仲か。
そういえばそうだ。
千賀ちゃんが怪訝そうに眉を寄せる。

「予想外って、何あんたたち、キスもしてない」
「してないしてない!そんなもったいない!」

とんでもない言葉に、私は即座に否定する。
そんなこと、あるはずがない。
ありえるはずがない想像だ。

「………もったいないって。なっさけないなあ、あの男も」
「滅相もないよ!ありえないよ!それはダウトだよ!」

全力で首を横にふって、全否定する。
だって、ありえない。
私と友ちゃんがキスとかえっちとか。
そりゃ、告白を繰り返してた時はえっちしようとか言ってたけど、それはあくまで実現不可能だからだ。
ネタも尽きたから言った言葉だ。
実現なんて、考えたこともない。
だってそんなの、友ちゃんに悪い。
私なんかとキスとかえっちとか、考えるだけでも申し訳ない。

「いや、まあ、いいけどさ」

千賀ちゃんは心底呆れたように溜息をついて、肩をすくめた。
他には、と聞いても分からない、と面倒くさそうに答えられた。

「うーん、困ったなあ」
「今度は何くだらないことで悩んでるの?」
「友ちゃんとすること、ほかに何が残ってたかなあと思って」

返ってきたのは、嫌そうな一言。

「あほらし」
「うううーん、なんか他にいっぱいある気がするんだよねえ」
「勝手に幸せに悩んでて」
「うーん」

頭を抱える私を白い目で見ながら、千賀ちゃんはジュースを飲み始めた。
もう付き合ってくれる気はないらしい。
まあ、くだらない悩みだよね。
申し訳ない。

幸せな悩み。
そうだね、これはとても幸せな悩みだ。



***




「ねね、友ちゃん」
「何?」

そしてとうとう下校時間。
結局私は友ちゃんに聞くことにした。
なんの答えも浮かばなかったからしょうがない。
もう最終手段だ。

「恋人ですることって何かなあ」
「何ってそりゃ………」

言いかけて、友ちゃんはじっと私の顔を見つめる。
私はその顔を見上げて、ただ待つ。
けれど、友ちゃんはふいっと顔をそらした。

「友ちゃん?」
「いや、デートとか?」
「だよねえ」

やっぱり、そういう答えだよね。
ひとまとめにしちゃうよ。
細分化して、考える方が馬鹿らしいのかな。
もっとなんかこう、他にないかなあ。

うう、と小さくうなって頭を抱える。
すると、友ちゃんが、再度こちらに視線を向けてくれた。

「どうしたんだ?」
「後、友ちゃんとしてないことって何かなあって思って」
「してないことって、そりゃ………」

友ちゃんがまたじっと私の顔を見つめる。
私はまたその顔を見上げて、その続きを待つ。
けれど、友ちゃんはまたふいっと顔をそらした。

「何?」
「いや、なんでもない」

なんだろう。
なんか、変なの。
なんか、私変なことしたかな。
いや、変なこと言っている自信はあるけど。

「どうかした?私、なんかした?」
「いや」

問いかけても、友ちゃんは軽く首を横にふった。
それからもう一度こちらを向いてくれた。
いつものように表情の動かない顔が、少しだけ優しげに緩められている。

「まあ、考えなくても、普通にしてればいいだろ」
「そうかな?」
「二人でなんかしてりゃ、とりあえず恋人ですること、だろ」

その言葉が、すとん、と胸の中に落ちてくる。
これ以上ないほど、すっぽりとあるべきところに収まる。

「そっか」
「そうだ」
「そっかあ」
「そうだ」
「やっぱり友ちゃん、頭いいねえ」
「納得したか」
「うん」

やっぱり友ちゃんは頭がいい。
私の疑問になんだって、答えてくれる。
いつだって頼りになる、頼もしい友ちゃん。
素敵な友ちゃん。

自然と、頬が緩んでくる。
嬉しくて、胸がほこほこしてくる。
だから、私はひとつ、勇気を出す。

「あのね、友ちゃん」
「なんだ?」
「手、つないでいいですか?」

黙って、大きな手が差し出される。
少し汗ばんだ小さくて丸い手をその上に載せる。

「ふふふ」

零れてくる笑いを抑えきれずに見上げると、友ちゃんも笑っていた。
ぎゅっと、握りしめられる。
少し寒くなってきた季節に、その手はとても温かい。

ああ、そうだね、友ちゃん。
これでいいんだ。
ただ、二人でいれればいいんだね。

それだけで、満足だ。
ただ、二人でいるだけで、それだけでこんなに幸せ。

とても幸せ。
いっぱいいっぱい幸せ。
後、三日もこんなに幸せでいられる。

大好きです、友ちゃん。
今、私は、とても幸せ。

二人で、いれる。
それが、幸せ。

だから今日も、とても幸せ。



後、残り3。





5   TOP   3