いっぱい食べて、いっぱい泣いて、いっぱい寝て。 次の日は、お腹を壊した。 頭痛いし、顔は腫れてるし、お父さんには真剣に心配された。 大丈夫、大丈夫だよ。 私は、もう、大丈夫。 大丈夫、大丈夫、大丈夫。 まだまだ傷は生々しくて、風に触れるだけでかさぶたが剥がれそう。 じくじく疼いて、血が滲んでる。 気にしないようにして、それでも何度も剥がして痛みを思い出す。 それでも大丈夫。 私は大丈夫。 そう繰り返せば、きっと大丈夫になる。 いつか、気にならなくなるぐらい、傷跡は薄くなる。 辛いことばかりじゃなかったもん。 今は思い返すだけで痛いけど、哀しいけど、辛いけど。 それでも楽しかったもん。嬉しかった。幸せだった。 だから大丈夫。 私は大丈夫。 大丈夫だよ。 後悔と、申し訳なさと、哀しさと、痛み。 今はそれな苦しいのでいっぱいだけど。 いつか、嬉しくて、楽しかったことだけ思い出せるように、なりたい。 いつも家を出る8時3分前。 今日は8時10分前に出る。 8時に出て、8時10分に交差点に差し掛かる友ちゃんに会わないように。 ちょっと早歩きで、絶対に会わないように。 通学路は痛い。 途中の電信柱も、塀も、木も、すべてが友ちゃんを思い出す。 でも、学校に行く途中で泣いちゃうのは、さすがにみっともない。 だから垂れてきそうな鼻をすすって、空を見上げる。 今日はいい天気。 新しい人生を歩むのには、最高の日和だ。 その空にも友ちゃんを思い出しそうになる自分が、ちょっと呆れる。 本当に、友ちゃんしかなかった私。 もっと、色々なものを見よう。 楽しいことでいっぱいにしたら、いつかはこの空っぽの胸がふさがるはずだから。 さよなら、友ちゃん。 本当にさよなら。 10年間の想いは、さすがにすぐには吹っ切れない。 友ちゃんストーカーは、もう私のルーティンワークだったし。 私と登校しなくなって、西宮さんと一緒に登校する姿を見るのは辛かった。 校舎内で顔を合わせて、なんでもない顔をするのも苦しかった。 一度だけ、話しかけられて、逃げ出した。 それでも半年たって、ようやく痛みは薄れてきた。 趣味に打ち込んだし、バイトは楽しいし、友達と沢山遊びに行った。 楽しいことでいっぱいにして、友ちゃんの顔を見ても、傷はちょっと疼くだけになった。 友ちゃんはあの後、西宮さんと2ヶ月で別れた。 友ちゃんは女の子と付き合って、最短で1週間、最長で9ヶ月13日。 だから4ヶ月もった西宮さんは、結構長かったんじゃないかな。 友ちゃんから別れることもあるし、彼女から別れることもあるらしい。 私だったら、友ちゃんをふるなんて絶対ない。もったいない。 またこんなこと考えてる。駄目だ駄目だ。 まだまだだ。 でも、前だったら友ちゃんが別れたら、次は自分がもしかしたら、万が一、奇跡が起きたら、隣にいけるんじゃないかな、って期待した。 今は、しないよ。 もうそんな勘違いは、しないよ。 ある意味、幸せだったのかもしれない。 恋人になったら、別れの可能性ができてしまう。 お互いに深く踏み込む分、反動は大きくなる。 もう、顔も見たくない!って気になることもある。 それだったら、好きなだけ友ちゃんを見ていられた私は、もしかしたら幸せだったのかも。 なんて、かなり負け惜しみぽいけどさ。 負け犬の遠吠えぽいけどさ。 それでも、そう思うんだ。 今はもう、優しい気持ちで友ちゃんを思いだせるから。 そう、思うんだ。 その日は今にも雨が降り出しそうな、曇り空。 買い物に出かけた街中で、友ちゃんを見かけた。 友ちゃんは1人。 まだ、平気な顔をして会うのは辛いから、こそこそと物陰に隠れてしまう。 もう半年以上たつのに、やっぱり辛い。 情けないなあ。 息を潜めて、気配を消して、友ちゃんが通り過ぎるのをじっと待つ。 しばらくして、辺りを見回すと、友ちゃんの姿はなかった。 ほ、と息をつく。 「おい」 「うひゃあ!」 しかし後ろから声がかかった。 それはずっとずっと、好きだった声。 「なんて声だしたんだよ」 「ごごごご、ごめん!」 恐る恐る後ろを振り返ると、そこには想像通りの姿。 半年前より、ちょっと髪が伸びた、友ちゃん。 近頃は逃げるようにあまり会ってなかったから、そんな変化に、今気付いた。 「買い物?」 「う、うん」 ばくばくと波打つ心臓を必死になだめて、根性を総動員で平気な顔をする。 逃げ出しそうになる足をしかりつける。 震える手を、握りしめる。 ああ、やだなあ。 全然、平気なんかじゃない。 駄目だ駄目だ。 平気な顔をしないと、気を使わせてしまうかもしれない。 笑って、平気な顔をしないと。 笑え、私。 頑張れ、今まで頑張ってきた成果を見せろ。 「友ちゃんは?」 それは、とても自然に言えたと思う。 自分でも褒めていいと思うぐらい。 「俺も買い物」 私と話す時は、いつだってそんな風に無表情で、短い言葉。 それが、いつだって辛かったよ。 「そっか。この辺までこないと、あんまりお買い物できないもんね」 「ああ、近場だとしょっぼい店しかないからな」 なんとなく、一緒に歩き出す。 立ち止まってるのは不自然だし。 向かう先は、一緒のようだし。 頑張ってるな、私。 普通に、しゃべってる。 普通のお友達みたいに。いや、知り合いかな。 とにかく、ウザくないよね。自然だよね。 ぽつぽつと、世間話を交わしながら、一緒に歩く。 それは夢見ていたシュチュエーション。 描いていた関係とは違うけど、それでもちょっとだけ嬉しい。 ああ駄目だ駄目だ。 そんなことを、思ってはいけない。 ごまかすように目を逸らした先に、こじんまりとしたお洒落なカフェがあった。 「あ」 思わず声が出る。 それは、あの日に食べた、ミックスベリータルトのお店。 なんか、見るたびに辛かった日を思い出すし、お腹壊したこと思い出すし。 あれきり、食べてなかった。 友ちゃんと、いつか2人で食べたいな、って思ってたカフェ。 こんな時に通りかかるなんて、なんか滑稽だ。 「どうしたんだ?」 「あ、え、えと、いや、ケーキおいしそーって思って」 友ちゃんは私の頭越しに視線を投げると、ちょっと小首をかしげた。 カフェが目に入ったんだろう、軽く頷く。 「何、あそこのケーキ好きなの?」 「う、うん。……最近は、食べてないけどね」 ダイエット続けてるし、食べる気にならないし、ね。 こみ上げてくる熱いものを、必死に飲み下して、私は笑顔を作り直す。 「あんまりケーキ食べると太っちゃうしさー」 「食ってくか?」 誤魔化そうとした私に、そんな声をかける友ちゃん。 「は?」 あまりに予想外の言葉に、思わず間抜けな声を出してしまう。 友ちゃんが、何を言っているのか理解できない。 「行くぞ」 「え、え、え、え?」 そう言って友ちゃんはさっさとカフェに足を向ける。 私は訳が分からないまま、友ちゃんの後ろを小走りで追いかける。 友ちゃんの半歩後ろを。 予測できない出来事が続いて混乱する頭を抱えて、いつの間にかあのカフェの、窓際の席に座っていた。 前にいるのは、友ちゃん。 これは、一体、どういう状況。 「お前何にすんの?」 「え、え、え、あ、えと、うん。ミックスベリータルト」 つい、口をついて出た言葉が、それだった。 最悪だ。 この状況で、あれを食べるのか。 いままで我慢してたけど、いつ泣き出してもおかしくない状況を作り上げてる。 どうしよう。 友ちゃんが目の前にいて、憧れてたカフェで、2人で、しかもミックスベリータルト。 どうしよう。 どうしよう。 どうしよう。 すでに、ちょっと、苦しい。 嬉しいとか、そう気持ちはない。 ただ、苦しい。 どうして、今更になってこんな状況になるんだろう。 せっかく、諦めることが、できそうなのに。 ひどいよ、友ちゃん。 せっかく、もう迷惑かけずにすむって、そう思ったのに。 ひどいよ。 黙り込んだ私に、友ちゃんから口を開く。 「お前が黙り込んでるの、珍しいな」 「そ、そう?近頃、しゃべってなかったし、何話たらいいかなー、って。あはは」 「そうだよな、お前、俺のこと、避けてたもんな」 「え、ええ?」 「話しかけようとしても、逃げるし、さっきも、俺から隠れてただろ」 「………」 ばれてたんだ……。 何にも、成功してないんだなあ。 友ちゃんに、気を使わせたくなかったのに。 何一つ、うまくいかないんだから。 「まあ、でも、当然だよな」 友ちゃんが、ぽつりとそう言った。 それきり、落ちる沈黙。 それは、どういう意味なんだろう。 沈黙が重くなってきたとき、ちょうどよく注文したものがやってきた。 ミックスベリータルトと紅茶。友ちゃんは、コーヒーとチーズケーキ。 「お前、タルト好きなの?」 「う、うん、大好き」 笑顔を作り続ける。 いやな思いをさせたくないよ。 迷惑かけたくないよ。 これ以上、痛い思い、したくないよ。 「今日はなんの買い物?」 「え、あ、ビーズ」 「ビーズ?何に使うの?」 こんなに私のことを聞いてくる友ちゃんは、初めてだ。 いつも私が話して、友ちゃんは適当に受け流してた。 哀しかったよ。 「ビーズアクセ作るの、好きなの。まだまだ下手くそだけど」 「へえ、お前昔から手先器用だったもんな」 そんなことを、覚えていてくれるのが、嬉しい。 ひどいな、友ちゃん。 残酷だな。 もう、好きになんて、なりたくないよ。 もう、泣きたくないよ。 諦めたいんだよ。 これ以上嫌な奴になりたくない。 自分を嫌いになりたくない。 友ちゃんに、嫌われたくないよ。 「え、へへ。私頭良くないけど、根気はあるからさ。こういう作業ずっとしてるの、好き」 「それは、知ってる。お前、本当に一つのことに熱心になれるもんな」 そう言って、友ちゃんが笑った。 笑った。 優しそうな、笑い。 ずっと、見せてもらえなかった、笑顔。 ずっと、見たかった、笑顔。 「……っ」 息が詰まった。 言葉が出てこない。 気にならなくなっていた傷が、疼く。 何かが出てきそうで、手をつけていなかったタルトを急いで口に入れる。 すっぱくて、甘くて、おいしい。 ふわふわの生クリームが溶ける。 ああ、本当に私馬鹿だ。 なんでこのタルトを頼んじゃったんだろう。 ショートケーキとかモンブランとか、なんでもあるのに。 その味は、あの日の苦しさと辛さと痛みを、思い出させる。 「俺さ、お前のこと何にも知らなかった」 「………」 フォークを動かし続ける。 そうしないと、泣いてしまいそうだから。 「ビーズアクセ作りが趣味なことも、タルトが好きなことも、話すと結構面白い奴なことも」 「………」 「なんか、傍で纏わりついてるのが普通で、お前を意識したことがなかった。みのり、って人間がいるってことを認識したことがなかった」 「………」 「お前に付きまとわれなくなってから、なんか、そんな感じがした」 「………」 「ああ、俺、お前にずっとひどいことしてたな、って」 「………」 なんで、このタルトはホールじゃないんだろう。 すぐになくなってしまう。 飲み込むものがなくなったら、塞ぐものがなくなったら。 この熱いものが出てきてしまう。 「ごめんな」 「え……?」 「お前の告白に、ちゃんと向き合わなくて、ごめん」 「と、もちゃん…?」 「みのりを、ちゃんと見てなくて、ごめん」 「………」 「こんなこと、今更言っても、ただの俺の自己満足でしかないんだろうけどさ」 タルトがなくなってしまった。 もう、飲み込むものはない。 こみ上げるものを、押さえるものがない。 熱いものが、胸に溢れて、目に伝わる。 「好きになってくれて、ありがとう。ずっと告白してくれて、ありがとう」 涙が、こぼれた。 10000回の告白。 辛かったよ、苦しかったよ、痛かったよ。 自分が情けなくて、みんなに申し訳なくて、伝わらない想いが哀しかった。 それでも、友ちゃんを好きでいれた日々は、楽しかったよ。 一緒にいれて、嬉しかったよ。 10000回の勇気は、それでも、あなたに届いてた? 「俺は……」 好きでした。 友ちゃんが好きでした。 ずっとずっと、好きでした。 |