いっぱい食べて、いっぱい泣いて、いっぱい寝て。
次の日は、お腹を壊した。
頭痛いし、顔は腫れてるし、お父さんには真剣に心配された。

大丈夫、大丈夫だよ。
私は、もう、大丈夫。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。

まだまだ傷は生々しくて、風に触れるだけでかさぶたが剥がれそう。
じくじく疼いて、血が滲んでる。
気にしないようにして、それでも何度も剥がして痛みを思い出す。

それでも大丈夫。
私は大丈夫。
そう繰り返せば、きっと大丈夫になる。
いつか、気にならなくなるぐらい、傷跡は薄くなる。

辛いことばかりじゃなかったもん。
今は思い返すだけで痛いけど、哀しいけど、辛いけど。
それでも楽しかったもん。嬉しかった。幸せだった。

だから大丈夫。
私は大丈夫。
大丈夫だよ。

後悔と、申し訳なさと、哀しさと、痛み。
今はそれな苦しいのでいっぱいだけど。

いつか、嬉しくて、楽しかったことだけ思い出せるように、なりたい。



***




いつも家を出る8時3分前。
今日は8時10分前に出る。
8時に出て、8時10分に交差点に差し掛かる友ちゃんに会わないように。
ちょっと早歩きで、絶対に会わないように。

通学路は痛い。
途中の電信柱も、塀も、木も、すべてが友ちゃんを思い出す。
でも、学校に行く途中で泣いちゃうのは、さすがにみっともない。
だから垂れてきそうな鼻をすすって、空を見上げる。

今日はいい天気。
新しい人生を歩むのには、最高の日和だ。
その空にも友ちゃんを思い出しそうになる自分が、ちょっと呆れる。

本当に、友ちゃんしかなかった私。
もっと、色々なものを見よう。
楽しいことでいっぱいにしたら、いつかはこの空っぽの胸がふさがるはずだから。

さよなら、友ちゃん。
本当にさよなら。



***




10年間の想いは、さすがにすぐには吹っ切れない。
友ちゃんストーカーは、もう私のルーティンワークだったし。

私と登校しなくなって、西宮さんと一緒に登校する姿を見るのは辛かった。
校舎内で顔を合わせて、なんでもない顔をするのも苦しかった。
一度だけ、話しかけられて、逃げ出した。

それでも半年たって、ようやく痛みは薄れてきた。
趣味に打ち込んだし、バイトは楽しいし、友達と沢山遊びに行った。
楽しいことでいっぱいにして、友ちゃんの顔を見ても、傷はちょっと疼くだけになった。

友ちゃんはあの後、西宮さんと2ヶ月で別れた。
友ちゃんは女の子と付き合って、最短で1週間、最長で9ヶ月13日。
だから4ヶ月もった西宮さんは、結構長かったんじゃないかな。

友ちゃんから別れることもあるし、彼女から別れることもあるらしい。
私だったら、友ちゃんをふるなんて絶対ない。もったいない。

またこんなこと考えてる。駄目だ駄目だ。
まだまだだ。

でも、前だったら友ちゃんが別れたら、次は自分がもしかしたら、万が一、奇跡が起きたら、隣にいけるんじゃないかな、って期待した。
今は、しないよ。
もうそんな勘違いは、しないよ。

ある意味、幸せだったのかもしれない。
恋人になったら、別れの可能性ができてしまう。
お互いに深く踏み込む分、反動は大きくなる。
もう、顔も見たくない!って気になることもある。

それだったら、好きなだけ友ちゃんを見ていられた私は、もしかしたら幸せだったのかも。

なんて、かなり負け惜しみぽいけどさ。
負け犬の遠吠えぽいけどさ。
それでも、そう思うんだ。
今はもう、優しい気持ちで友ちゃんを思いだせるから。

そう、思うんだ。



***



その日は今にも雨が降り出しそうな、曇り空。

買い物に出かけた街中で、友ちゃんを見かけた。
友ちゃんは1人。
まだ、平気な顔をして会うのは辛いから、こそこそと物陰に隠れてしまう。
もう半年以上たつのに、やっぱり辛い。
情けないなあ。

息を潜めて、気配を消して、友ちゃんが通り過ぎるのをじっと待つ。
しばらくして、辺りを見回すと、友ちゃんの姿はなかった。
ほ、と息をつく。

「おい」
「うひゃあ!」

しかし後ろから声がかかった。
それはずっとずっと、好きだった声。

「なんて声だしたんだよ」
「ごごごご、ごめん!」

恐る恐る後ろを振り返ると、そこには想像通りの姿。
半年前より、ちょっと髪が伸びた、友ちゃん。
近頃は逃げるようにあまり会ってなかったから、そんな変化に、今気付いた。

「買い物?」
「う、うん」

ばくばくと波打つ心臓を必死になだめて、根性を総動員で平気な顔をする。
逃げ出しそうになる足をしかりつける。
震える手を、握りしめる。

ああ、やだなあ。
全然、平気なんかじゃない。
駄目だ駄目だ。

平気な顔をしないと、気を使わせてしまうかもしれない。
笑って、平気な顔をしないと。
笑え、私。
頑張れ、今まで頑張ってきた成果を見せろ。

「友ちゃんは?」

それは、とても自然に言えたと思う。
自分でも褒めていいと思うぐらい。

「俺も買い物」

私と話す時は、いつだってそんな風に無表情で、短い言葉。
それが、いつだって辛かったよ。

「そっか。この辺までこないと、あんまりお買い物できないもんね」
「ああ、近場だとしょっぼい店しかないからな」

なんとなく、一緒に歩き出す。
立ち止まってるのは不自然だし。
向かう先は、一緒のようだし。

頑張ってるな、私。
普通に、しゃべってる。
普通のお友達みたいに。いや、知り合いかな。
とにかく、ウザくないよね。自然だよね。

ぽつぽつと、世間話を交わしながら、一緒に歩く。
それは夢見ていたシュチュエーション。
描いていた関係とは違うけど、それでもちょっとだけ嬉しい。

ああ駄目だ駄目だ。
そんなことを、思ってはいけない。

ごまかすように目を逸らした先に、こじんまりとしたお洒落なカフェがあった。

「あ」

思わず声が出る。
それは、あの日に食べた、ミックスベリータルトのお店。
なんか、見るたびに辛かった日を思い出すし、お腹壊したこと思い出すし。
あれきり、食べてなかった。

友ちゃんと、いつか2人で食べたいな、って思ってたカフェ。
こんな時に通りかかるなんて、なんか滑稽だ。

「どうしたんだ?」
「あ、え、えと、いや、ケーキおいしそーって思って」

友ちゃんは私の頭越しに視線を投げると、ちょっと小首をかしげた。
カフェが目に入ったんだろう、軽く頷く。

「何、あそこのケーキ好きなの?」
「う、うん。……最近は、食べてないけどね」

ダイエット続けてるし、食べる気にならないし、ね。
こみ上げてくる熱いものを、必死に飲み下して、私は笑顔を作り直す。

「あんまりケーキ食べると太っちゃうしさー」
「食ってくか?」

誤魔化そうとした私に、そんな声をかける友ちゃん。

「は?」

あまりに予想外の言葉に、思わず間抜けな声を出してしまう。
友ちゃんが、何を言っているのか理解できない。

「行くぞ」
「え、え、え、え?」

そう言って友ちゃんはさっさとカフェに足を向ける。
私は訳が分からないまま、友ちゃんの後ろを小走りで追いかける。
友ちゃんの半歩後ろを。

予測できない出来事が続いて混乱する頭を抱えて、いつの間にかあのカフェの、窓際の席に座っていた。
前にいるのは、友ちゃん。

これは、一体、どういう状況。

「お前何にすんの?」
「え、え、え、あ、えと、うん。ミックスベリータルト」

つい、口をついて出た言葉が、それだった。
最悪だ。
この状況で、あれを食べるのか。

いままで我慢してたけど、いつ泣き出してもおかしくない状況を作り上げてる。

どうしよう。
友ちゃんが目の前にいて、憧れてたカフェで、2人で、しかもミックスベリータルト。

どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

すでに、ちょっと、苦しい。
嬉しいとか、そう気持ちはない。
ただ、苦しい。

どうして、今更になってこんな状況になるんだろう。
せっかく、諦めることが、できそうなのに。

ひどいよ、友ちゃん。
せっかく、もう迷惑かけずにすむって、そう思ったのに。
ひどいよ。

黙り込んだ私に、友ちゃんから口を開く。

「お前が黙り込んでるの、珍しいな」
「そ、そう?近頃、しゃべってなかったし、何話たらいいかなー、って。あはは」
「そうだよな、お前、俺のこと、避けてたもんな」
「え、ええ?」
「話しかけようとしても、逃げるし、さっきも、俺から隠れてただろ」
「………」

ばれてたんだ……。
何にも、成功してないんだなあ。
友ちゃんに、気を使わせたくなかったのに。
何一つ、うまくいかないんだから。

「まあ、でも、当然だよな」

友ちゃんが、ぽつりとそう言った。
それきり、落ちる沈黙。
それは、どういう意味なんだろう。

沈黙が重くなってきたとき、ちょうどよく注文したものがやってきた。
ミックスベリータルトと紅茶。友ちゃんは、コーヒーとチーズケーキ。

「お前、タルト好きなの?」
「う、うん、大好き」

笑顔を作り続ける。
いやな思いをさせたくないよ。
迷惑かけたくないよ。

これ以上、痛い思い、したくないよ。

「今日はなんの買い物?」
「え、あ、ビーズ」
「ビーズ?何に使うの?」

こんなに私のことを聞いてくる友ちゃんは、初めてだ。
いつも私が話して、友ちゃんは適当に受け流してた。
哀しかったよ。

「ビーズアクセ作るの、好きなの。まだまだ下手くそだけど」
「へえ、お前昔から手先器用だったもんな」

そんなことを、覚えていてくれるのが、嬉しい。
ひどいな、友ちゃん。
残酷だな。

もう、好きになんて、なりたくないよ。
もう、泣きたくないよ。
諦めたいんだよ。

これ以上嫌な奴になりたくない。
自分を嫌いになりたくない。
友ちゃんに、嫌われたくないよ。

「え、へへ。私頭良くないけど、根気はあるからさ。こういう作業ずっとしてるの、好き」
「それは、知ってる。お前、本当に一つのことに熱心になれるもんな」

そう言って、友ちゃんが笑った。

笑った。
優しそうな、笑い。
ずっと、見せてもらえなかった、笑顔。

ずっと、見たかった、笑顔。

「……っ」

息が詰まった。
言葉が出てこない。

気にならなくなっていた傷が、疼く。
何かが出てきそうで、手をつけていなかったタルトを急いで口に入れる。

すっぱくて、甘くて、おいしい。
ふわふわの生クリームが溶ける。

ああ、本当に私馬鹿だ。
なんでこのタルトを頼んじゃったんだろう。
ショートケーキとかモンブランとか、なんでもあるのに。

その味は、あの日の苦しさと辛さと痛みを、思い出させる。

「俺さ、お前のこと何にも知らなかった」
「………」

フォークを動かし続ける。
そうしないと、泣いてしまいそうだから。

「ビーズアクセ作りが趣味なことも、タルトが好きなことも、話すと結構面白い奴なことも」
「………」
「なんか、傍で纏わりついてるのが普通で、お前を意識したことがなかった。みのり、って人間がいるってことを認識したことがなかった」
「………」
「お前に付きまとわれなくなってから、なんか、そんな感じがした」
「………」
「ああ、俺、お前にずっとひどいことしてたな、って」
「………」

なんで、このタルトはホールじゃないんだろう。
すぐになくなってしまう。
飲み込むものがなくなったら、塞ぐものがなくなったら。
この熱いものが出てきてしまう。

「ごめんな」
「え……?」
「お前の告白に、ちゃんと向き合わなくて、ごめん」
「と、もちゃん…?」
「みのりを、ちゃんと見てなくて、ごめん」
「………」
「こんなこと、今更言っても、ただの俺の自己満足でしかないんだろうけどさ」

タルトがなくなってしまった。
もう、飲み込むものはない。
こみ上げるものを、押さえるものがない。

熱いものが、胸に溢れて、目に伝わる。

「好きになってくれて、ありがとう。ずっと告白してくれて、ありがとう」

涙が、こぼれた。

10000回の告白。
辛かったよ、苦しかったよ、痛かったよ。
自分が情けなくて、みんなに申し訳なくて、伝わらない想いが哀しかった。

それでも、友ちゃんを好きでいれた日々は、楽しかったよ。
一緒にいれて、嬉しかったよ。

10000回の勇気は、それでも、あなたに届いてた?


「俺は……」



好きでした。
友ちゃんが好きでした。

ずっとずっと、好きでした。









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